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ウラカン・ラミレス
Huracán Ramírez
1926/4/9 - 2006/11/1

メキシコの元ルチャドール(プロレスラー)。本名はダニエル・ガルシアDaniel García)。

来歴

兄はルディ・ガルシア、弟にデモーニオ・ロッソ、カテドラティコ、甥にエル・マテマティコ(ルディ・ガルシアの子)、ウラカン・ジュニア(デモーニオ・ロッソの子?)。娘の夫はエル・サントの孫のアクセル(ニエト・デ・エル・サント)。 1952年、ルチャ・ムービー「ウラカン・ラミレス」に出演したことがきっかけで、翌年に同名の覆面ルチャドールとしてデビュー。その後 1989年まで制作された同シリーズ 8本の内、1979年までの7本に出演した。フォール技のウラカン・ラナ・インベルティダを編み出したことでも知られる。

メキシコ、中南米、米国などで高い人気を持ち、1975年には新日本プロレスの招聘で来日。シングルでは藤波辰巳に勝利するも、アントニオ猪木には敗れた。1987年に引退。

2006年11月1日、心筋梗塞のため80歳で死去した。

タイトル歴

  • NWA世界ウエルター級
  • ナショナルウエルター級 : 3回
  • ノーザンミドル級

 
 
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井上治
1983/4/9

日本のプロレスラー。山形県米沢市出身。身長172cm、体重70kg。

みちのくプロレス所属選手としてデビュー。ザ・グレート・サスケの負傷欠場により急遽アトランティスのタッグパートナーとして「みちのくふたり旅」に出場するという大抜擢、大流血のデビューであった。

2003/11/2、みちのくプロレス10周年記念大会最終章『~メモリー~』に、大ベテラングラン浜田のタッグパートナーとしても大抜擢。

2004/9/20付でみちのくプロレスを退団し同年12月にSUPER CREWに入団。練習中による頚椎ヘルニア・腰椎ヘルニアになり、たびたび救急車で運ばれた。KAIENTAI-DOJOにも参戦。 カジュアルショップ・ジーンズメイト退職後、再び入院、手術 覆面レスラー、「こまち」の噂もある。

結婚して2人の子供もいるらしい





東城えみ
1976/4/9

本名:東條 江美子(とうじょう えみこ)は、日本の元AV女優、元女子プロレスラー。福島県いわき市出身。身長:161cm、スリーサイズ:B84・W58・H88。

略歴

女優としてデビュー。1999年頃からVシネマなどに出演。ヌードや濡れ場も披露した。

2001年にJDスター女子プロレス・アストレス2期生としてデビュー。2002年10月に第二頸椎骨折の重傷を負い、1年半にわたり長期欠場。2004年4月に復帰するが5月に電撃退団、その後9月に新間事務所に所属した。

2005年4月に新間事務所を離脱、同年8/4、新木場1stRINGでドレイク森松と「負けたら即AVデビュー」という条件でシングルマッチを行い敗北した。試合後リング上で撮影が行われ、10月に『緊急強行発売! 東城えみ電撃AVデビュー』(ナチュラルハイ)が発売され、AVデビューとなった。このことについてJDスター女子プロレスはホームリンクでAVの撮影が行われたことについて怒りを露にし、この作品の発売差し止めを要求した。それ以前ナチュラルハイ側から新木場1stRINGでAVの撮影を行いたいという申し出があった際に会場側は断っており、当日プロレスシーンのみの撮影を行いAVの撮影は行わない約束が交わされていたが会場スタッフの立会いはされずAVの撮影が強行されたことは波紋を呼んだ。

出演作品

映画

  • 驚異!勃起促進剤 (1999年10月08日、IIZUMI PRODUCTION/エクセス・フィルム)
  • 見られた情事 ズブ濡れの恥態 (2000年12月12日、国映/新東宝)
  • 模倣犯 (2002年06月08日、「模倣犯」製作委員会/小学館/東宝)
  • ワイルド・フラワーズ (2004年04月17日、「ワイルドフラワーズ」製作委員会/東京テアトル=ザナドゥー/レントラックジャパン)

Vシネマ

  • OL仕置人外伝・シュムサン 課長 星耕作の陰謀 (2000年04月28日、アンカー)
  • 令嬢看護婦 癒(いや)しのナースコール (2000年05月02日、レジェンド・ピクチャーズ)
  • 誘う悪女(おんな) (2000年05月21日、ミュージアム)
  • 搭乗日誌~国際線スチュワーデスデートクラブ~ (2000年07月14日、カレスコミュニケーションズ)
  • 雌になる女 (2000年11月22日、ジャンク)

アダルトビデオ


Hな女子プロレスラー特集
東城えみ おまとめ動画
スターダム / 風香 / JDスター DVD紹介





門恵美子
1976/1/28 - 1999/4/9

日本の女子プロレスラーである。大阪府出身。

学生時代はソフトボールの選手だった。

1999年、女子プロレス団体・アルシオンに入団し同年2月に行われたアジャ・コングとの試合でプロデビューを果たした。160cmと女性にしては長身の体格から将来の活躍が期待されていた。しかしデビューからわずか1か月足らずの3/31に福岡市で行われた試合中に吉田万里子に後頭部から落とされて昏睡状態に陥り、4/9に23歳の若さで死去。日本のプロレスラーが試合中の事故で死亡した事例は1997年のプラム麻里子以来2人目であった。
  



グラウベ・フェイトーザ 
Glaube Feitosa
1973/4/9

ブラジル出身の空手家、キックボクサー。極真会館ブラジル支部所属。ニックネームは「極真の怪物」。極真空手の段位は三段。

長い脚から繰り出される“ブラジリアンキック”と呼ばれるハイキックと、膝蹴りが得意。礼儀正しい真面目な性格で、相手を倒した際、「残心」の構えをとる。

極真会館ブラジル支部の出身であり師匠に磯部清次、先輩にフランシスコ・フィリォ、後輩にエヴェルトン・テイシェイラをもつ。

セコンドには、兄弟子のフランシスコ・フィリォ、極真会館専属トレーナーのファイ・ファラモエ、レイ・セフォーがついている。

来歴

極真会館ブラジル支部において、磯部清次に教えを受ける。少年時代のグラウベは長身だがガリガリに痩せた虚弱体質で、それを心配した父親と共に道場の門を叩いた。入門初期は股割りなどの柔軟運動一つにも苦労したという。

1995/11/3 -11/5、極真会館(松井派)主催の第6回オープントーナメント全世界空手道選手権大会に出場し、8位入賞。

1998/7/18、K-1初参戦となるK-1 DREAM '98でマイク・ベルナルドと対戦し、右フックで3ダウンとなりTKO負け。

1998/9/27にはK-1 GRAND PRIX '98 開幕戦でGP1回戦を佐竹雅昭と対戦するも、判定負け。

1999/11/5 -11/ 7、極真会館 松井派主催の第7回全世界空手道選手権大会に出場し、4位入賞。

K-1デビュー当初は顔面パンチ有りのK-1ルールになかなか適応できず成績は振るわなかったが、2003年頃から勝利が増え始めた。

2003/11/1 -11/ 3、極真会館(松井派)主催の第8回全世界空手道選手権大会に出場し、2大会連続の4位入賞。

2004/5/30、一撃にてアリスター・オーフレイムと一撃キックルールで対戦。右フックでダウンを奪い、最後は右アッパーで1RKO勝ち。

2004/9/25、K-1 WORLD GP 2004 開幕戦でアーネスト・ホーストと対戦。序盤はグラウベがペースを握っていたが、中盤からペースを握り返され、判定負け。

2005/4/30、K-1 WORLD GP 2005 IN LAS VEGASのUSA GP1回戦では、前年度準優勝のデューウィー・クーパーから判定勝ち。準決勝ではカーター・ウィリアムスに踵落としからの膝蹴りでKO勝ち。決勝ではゲーリー・グッドリッジを左ハイキックでKO勝ち。USA GP優勝を果たし、GPへの出場権を獲得。

2005/9/23、K-1 WORLD GP 2005 IN OSAKA 開幕戦でセーム・シュルトと対戦し、序盤はハイキックをシュルトの顔面にヒットさせるなどしていたが、後半盛り返され、判定負け。

2005/11/19、K-1 WORLD GP 2005 IN TOKYO 決勝戦のリザーブマッチでゲーリー・グッドリッジに判定勝ち。ピーター・アーツの負傷棄権を受け、準決勝で武蔵と対戦し、1Rに右ストレートでダウンを奪い、2Rに左跳び膝蹴りでKO勝ち(武蔵は5年ぶりのKO負け)するも、決勝でのセーム・シュルトとの再戦では、開始48秒左膝蹴りで失神KO負け。準優勝となった。

2006/7/30、K-1 REVENGE 2006 アンディ・フグ七回忌追悼イベントのメインで武蔵と対戦。3R終了間際に右ストレートでダウンを奪い判定勝ち。

2006/9/30、K-1 WORLD GP 2006 IN OSAKA 開幕戦でポール・スロウィンスキーと対戦。ローキック一本で攻めるスロウインスキーに対し、手数、パンチテクニックで圧倒して、大差の判定勝ち。

12/2、K-1 WORLD GP 2006 IN TOKYO 決勝戦では準々決勝でルスラン・カラエフと対戦し、ブラジリアンキックからのパンチ連打で1R1分11秒KO勝ち。準決勝ではピーター・アーツと対戦し、1Rにはブラジリアンキックでアーツをぐらつかせ、優位に立つが、2Rにパンチ連打でTKO負け。

2007/4/28、K-1 WORLD GP 2007 IN HAWAIIのスーパーファイトで元GP王者のレミー・ボンヤスキーと初対戦。蹴り技最高峰の対決と言われ注目を浴びた。結果は0-2の僅差の判定負け。

2007/9/29、K-1 WORLD GP 2007 IN SEOUL FINAL16のGP1回戦でハリッド"ディ・ファウスト"と対戦。1Rに左膝蹴り、左ストレートで2度のダウンを奪い判定勝ち。

2007/12/8、K-1 WORLD GP 2007 FINALの準々決勝で王者セーム・シュルトと3度目の対戦。2R中盤にグラウベのブラジリアンキックがヒットしシュルトをふらつかさせるもダウンには至らず、判定負け。

2008/4/13、K-1 WORLD GP 2008 IN YOKOHAMAのスーパーファイトでアレックス・ロバーツと対戦。2Rに左ハイキックで失神KO勝ち。試合後、谷川貞治K-1イベントプロデューサーは「バダ・ハリのヘビー級タイトルマッチの挑戦者候補はグラウベ」と話した。

2008/6/29、K-1 WORLD GP 2008 IN FUKUOKAで行われたK-1ヘビー級タイトルマッチで王者バダ・ハリと対戦。パンチ連打でダウンを奪われ、最後は右フックでKO負け。王座獲得に失敗した。

2008/9/27、K-1 WORLD GP 2008 IN SEOUL FINAL16で新鋭エロール・ジマーマンと対戦し、2度のダウンを奪われ、更にKO寸前まで追い込まれるも耐え抜き、試合終了間際にパンチ連打で猛反撃を見せるも時間切れ。大差の判定負けを喫した。

2009/3/28、K-1 WORLD GP 2009 IN YOKOHAMAにて澤屋敷純一と対戦。1Rに2度のダウンを奪い、更に2Rに左ストレートでダウンを奪った所でタオルが投入されTKO勝利となった。

2009/9/26、K-1 WORLD GP 2009 IN SEOUL FINAL16でエロール・ジマーマンと再戦し、0-2で僅差の判定負け。なお、グラウベはこの判定に対し「延長戦が妥当ではないか」と珍しく不満を唱えた。

現在では現役を引退する意向を表明している


 




ベルナール・アッカ
Bernard Ackah
1972/4/9

ドイツ出身のコートジボワールの総合格闘家、キックボクサー。日本でお笑いコンビ塩コショーとして活動している中、身体能力の高さを買われ総合格闘技デビュー。「闘うマスオさん芸人」の異名をもつ。
戦績
8試合5勝3負

対戦相手 勝敗
DEEP 47 IMPACT
2010/4/17
加藤実
DEEP CAGE IMPACT
2009/12/19
小阪俊二
DEEP 43 IMPACT
2009/8/23
柳澤龍志
DEEP 42 IMPACT
2009/6/30
RYO ×
HERO'S KOREA 2007
2007/10/28
ポアイ菅沼 ×
HERO'S 2007
2007/7/16
メルヴィン・マヌーフ ×
Dynamite!! USA
2007/6/2
ジョニー・モートン
HERO'S 2007
2007/3/12
シン・ヒョンピョ













 
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