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プロレス/格闘技
誕生日/忌日
8/19

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リリアン・ガルシア
Lilian Garcia
1973/8/19

アメリカ合衆国のリングアナウンサー、歌手である。サウスカロライナ州フローレンス出身。リングネームは本名と同じ。

父はアメリカ陸軍士官で、そのファミリーネーム通りスペイン系であり、少女時代は父の赴任地であったマドリードで過ごす。そのため、南部での興行などでは稀にスペイン語でコールする場合もある。

来歴

小さな頃から音楽に情熱を注ぎ、高校時代はバンドのボーカルを担当するなどプロの歌手を目指していた。サウスカロライナ大学を優秀な成績で卒業し、またミス・サウスカロライナのコンテストでは決勝にも勝ち上がった経歴を持つ。

1999年にWWEのリングアナウンサーとしてデビュー。今でこそWWE・RAWの看板リングアナであるが、クリス・ベノワをクリス・ジェリコと素で間違ってコールし場内を騒然とさせるなど、デビュー当初はコールミスが多かった。

WWEディーヴァの一人ではあるが、基本的にはストーリーラインには絡まない。稀な例として、2002年には先輩リングアナウンサーハワード・フィンケルと抗争になったことがある。また2005年にはギミック上、ヴィセラの恋人という元にストーリーが組まれたことがあったが話は尻切れとんぼに終わっていた。しかし2006年5月のショーの最中にチャーリー・ハースが彼女に激突、リングから振り落とされる事件が起こった(これがショーの内容なのか本当の事故なのかは不明であるが、WWEはこの事件を台本に載せていくことにした。以降、ハースとヴィセラの抗争に巻き込まれるなど、時たまではあるがアングルへ参加することもある。

彼女が興行開始前に歌うアメリカ、カナダなどの各国歌は、ショーのウリのひとつでもある。またプロの歌手としてCDデビューもしている。ただ、2005/2/4のさいたまスーパーアリーナ大会「ROAD TO WRESTLEMANIA 21 JAPAN TOUR」の際には『君が代』の独唱は行われなかった(タジリに習いはしたようだが、WWEが日本国内の君が代問題に配慮したため)。NFL、NBAなどの試合前でも同様に国家斉唱が行われるが、こちらにもゲストとして招かれて歌声を披露することも多い。 エディ・ゲレロと同じラテン系であり、親交があった。

約10年の長期に渡りWWEを裏から支えてきた彼女であったが、一般人男性との結婚を機に2009/9/21のRAW・TVショーをもって引退した。 しかし、2010/4/19のRAWではスーパースターたちが火山噴火の影響でヨーロッパ公演からアメリカに帰国できなかったこともあり、一夜限りの電撃復帰を果たした。


 
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魅津希
1994/8/19

みずきは、日本のキックボクサー、総合格闘家。本名は井上 瑞樹(いのうえ みずき)。愛知県豊橋市出身。空手道白心会所属。

来歴

小学4年から空手を始めた。

2009/2/22、禅道会主催の武道総合空手道選手権東海大会・中学の部 女子で優勝。

2010/7/25、リングネームを魅津希に変更してのプロキックボクシングデビュー戦となったJ-GIRLSで総合格闘家・藤野恵実と対戦し、3-0の判定勝ちを収めた。

2010/8/14、Krush.9の女子アマチュアマッチで谷山佳菜子と対戦し、0-2の判定負けを喫した。

2010/8/29、武道総合空手道選手権東海大会のワンマッチで北村ヒロコと対戦し、判定勝ちを収めた。

2010/9/20、J-GIRLSでannaと対戦し、3-0の判定勝ちを収めた。

2010/10/10、JEWELS 10th RINGで開幕したROUGH STONE GP 2010 -56kg級に出場。準決勝で村田恵実に腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。12/17、JEWELS 11th RINGの決勝ではASAKOと対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本勝ちを収め優勝を果たした。

獲得タイトル

  • JEWELS ROUGH STONE GP 2010 -56kg級 優勝
  • 全日本グローブ空手 中学女子の部 優勝(2007年)





スカンドル・アクバ
"General" Skandor Akbar
1934/9/29 - 2010/8/19

本名:James Saied Whebbe)元プロレスラー、マネージャー。テキサス州ヴァーノン出身のアラブ系アメリカ人

来歴

1963年にJimmy Wehba名義でデビュー後、1966年よりフリッツ・フォン・エリックの提案で、アラビア語で「アレキサンダー大王」を意味するスカンドル・アクバに改名。以降、シーク・スタイルのアラブ人ヒールとして、オクラホマのトライステート地区やジョージアのGCWなど、NWAの南部テリトリーで活動した。日本には1970年1月に日本プロレス、1973年6月に国際プロレスへ来日しており、1975年にはオーストラリアにも遠征している。

1977年に現役を退き、ヒールのマネージャーに転向。以降1980年代全般はダラスのWCCWを本拠地に、フロリダのCWFやビル・ワット主宰のMSWA(UWF)にも登場した。1990年代からはWCCWの後継団体であるGWFで活動。1995年には一時的にベビーフェイスとなり、旧敵ケビン・フォン・エリックのマネージメントを担当した。

20年強に及ぶマネージャー時代の担当選手には、若手時代のスティーブ・オースチン、マーク・キャラウェイ、ミック・フォーリー、ジョン・レイフィールド、武藤敬司など、後にプロレス界を代表するトップスターとなったレスラーも少なくない。

近年はテキサス州ダラス郡のガーランドに住み、トレーナーとして後進の指導にあたる一方、テキサスのインディー団体へのスポット出場を続けていた。2010年8月19日、前立腺癌のため死去。75歳没。

獲得タイトル

  • NWA北米ヘビー級王座(トライステート版):1回
  • NWA USタッグ王座(トライステート版):1回(w / ダニー・ホッジ)
  • NWAジョージア・タッグ王座:1回(w / オックス・ベーカー)
  • NWAメイコン・タッグ王座:2回(w / バディ・コルト、ロケット・モンロー)
  • NWAオーストラアジアンヘビー級王座:1回
  • NWAオーストラアジアン・タッグ王座:1回(w / George Gouliovas)

担当選手

  • アブドーラ・ザ・ブッチャー
  • ディック・マードック
  • マーク・ルーイン
  • キラー・ブルックス
  • レロイ・ブラウン
  • ザ・グレート・カブキ
  • キングコング・バンディ
  • スコット・アーウィン
  • ビル・アーウィン
  • フィッシュマン
  • カマラ
  • ミッシング・リンク
  • キラー・カーン
  • ケンドー・ナガサキ
  • カリーム・モハメッド
  • ワンマン・ギャング
  • ブッチ・リード
  • ボリス・ズーコフ
  • テッド・デビアス
  • スティーブ・ウィリアムス
  • ビッグ・ブバ・ロジャース
  • ノード・ザ・バーバリアン
  • ハーキュリーズ
  • ダニー・スパイビー
  • スーパー・ブラック・ニンジャ
  • ジミー・ジャック・ファンク
  • スティーブ・オースチン
  • ザ・パニッシャー
  • キャクタス・ジャック
  • ボツワナ・ビースト
  • モアディブ
  • ジョニー・ホーク
  • ケビン・フォン・エリック
  • グレッグ・バレンタイン
  • ホンキー・トンク・マン

 etc.






  





 












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