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プロレス/格闘技
誕生日/忌日
8/23

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新倉史祐
1957/8/23

神奈川県横浜市出身の、元プロレスラー。186cm、108kg。

来歴・人物

  • 1980年新日本プロレスに入団。翌1981年にvs斎藤弘幸戦でデビュー。同世代の若手選手達は前田日明や高田延彦等と新日本プロレスの黄金時代と言われた頃を若手選手として支える。若手の頃の得意技はジャーマン・スープレックスと「テーズ流パイルドライバー」(後にパワーボムと呼ばれる技。)
  • 長州力とともにジャパンプロレスに移籍、全日本プロレスに参戦。その頃、ジャイアント馬場に期待され当時のタイガーマスク(二代目)や川田利明らとの試合を組まれ、テレビ中継の前半によく登場していた。
  • ジャパンプロレス所属中に馳浩とともにプエルトリコに遠征。ベトコンエクスプレス1号・2号として活躍し、特にカナダ、カルガリー地区では大人気となる。(1号が新倉、2号が馳)
  • ジャパンプロレス時代に明石家さんまの番組に所属選手全員で出演した際、終始にこやかだった為「アンタは優しそうな顔やね」と言われ、逆に当時オールバックヘアーに口髭の強面だったアニマル浜口は「この人は恐そう」と言われ浜口はさんまを怒鳴りつけた。
  • 帰国後フリーとしてパイオニア戦志、SWSに参戦した後NOWをケンドー・ナガサキ等と旗揚げ。
  • 現役時代はボクシングの三迫ジムにも3年間通いボクシングの技術も習得する努力家だった。
  • 引退後は各雑誌の観戦記を書いたり「プロレスラーの秘密の話I,II」を出版するなどライターとしても活動。プロレスラーに敬意を払った内容が多く、笑える話もたくさんあり、業界内では話題の本になった。
  • 現在は渋谷で居酒屋ダイニング「巨門星」を経営。

著書

  1. 『プロレスラーの秘密の話』(1995年、エスエル出版会)
  2. 『プロレスラーの秘密の話 2』(1997年、エスエル出版会)

 
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TARU
1964/8/23

本名:多留 嘉一(たる よしかず)は、日本のプロレスラー。兵庫県神戸市出身。DRAGON GATE退団後は、フリーランスとして活動している。

コンタクトレンズで目つきを鋭くし、強面の顔付きに、上半身にトライバルのタトゥーを施した悪役集団VOODOO-MURDERS(以下VM)の首魁として、全日本プロレスを中心に暴れ回る。

経歴

元々空手家として活動していたが、1995年の阪神・淡路大震災がきっかけとなりプロレス転向を決意。1996年にWARで武輝道場の一員としてデビューした。その後メキシコへ渡り、闘龍門でブレイク、現地でルードレスラーとして大暴れした。その後しばしばWCWへの遠征も果たしていた大島伸彦(現:CIMA)、諏訪高広(現:SUWA)、藤井達樹(現:ドン・フジイ)と合流し、CRAZY-MAX(以下C-MAX)の一員となった。日本逆上陸後に武輝道場との縁を切る。以後2004年11月の解散まで「C-MAXのマネージャー兼良き兄貴分」という立場になった。団体最重量の彼と最軽量のストーカー市川との“試合”は、団体の迷勝負であった。しかし、C-MAXはライバルチームが結成される度にベビーフェイス色が強くなっていき、TARUも外見とファイトが一致しなくなった。

2004年をもってDRAGON GATEを退団し、フリーランスとなった。全日本プロレスでジョニー・スタンボリー、近藤修司、"brother"YASSHIらとVMを結成、凶器攻撃・罵倒文句の凄まじさなど常軌を逸した行動で王道を脅かす存在になりつつあり、ヒールとして高い評価を得る。新日本プロレス参戦時には、解説を務めた金澤克彦をして「上田馬之助以来の本物のヒール」という評価を得た。

2006/1/8、全日本プロレスで三冠ヘビー級王座(王者小島聡)に挑戦。

2007/8/26には小島と組んで世界タッグ王座を奪取、自身初のタイトル獲得となった。11月からの世界最強タッグ決定リーグ戦にゾディアックと組んで参戦。

2007/12/29、プロレスリング・エルドラド後楽園に登場し、「エルドラドのGM」と名乗り、エルドラドのプロデュースをしていくことを表明。

2008/1/3、武藤敬司・ジョー・ドーリング組に破れ世界タッグ初防衛に失敗。

2008/3/1、VMを脱退した諏訪魔とシングルマッチを行なうも敗戦。

2010年2月、対立ユニットF4との解散マッチで、小島から勝利。

同年4/29、ビッグ・ダディ・ブードゥーとのタッグでアジアタッグ王座を獲得。

同年8/29、征矢学・真田聖也組に破れアジアタッグ2度目の防衛に失敗。

2011/5/29の大会にてスーパーヘイトが試合後に倒れ「急性硬膜下血腫」の診断を受けて緊急手術を行う出来事があった。5/31、TARUは試合当日にビジネス上での口論からヘイトへ数発殴打した事を自ら会社へ申し出、6/1、記者会見にて、無期限出場自粛を発表した。試合前の暴行と病気に直接の関係があったかは分かっていない。

リングネーム

多留が用いたことがあるリングネーム

  1. 多留嘉一(本名)
  2. TARU(現在も使用中)
  3. グレート・ルタ(グレート・ムタに対抗して作り出したTARUの化身)
  4. TARUちゃんマン(タケちゃんマンを模したキャラクター)
  5. TARUティモ・ドラゴン(ウルティモ・ドラゴンを模したキャラクター)

その他

  • プロレス転向のきっかけとなった阪神・淡路大震災について、「ファイト」のインタビューで震災に遭遇した時の衝撃を語り、「やれることを精一杯やっておこうと思った」(大意)という。そのインタビューが出た当時は既に全日本でヒールを極めていた頃であったが、この話題だけは一人間としてのTARUの正直な言葉として語っていた。この経験は、2011年東北地方太平洋沖地震で活かされる。
    • 2011/3/11、石巻大会の為にバスで石巻市に向かっていたところ、仙台市内の高速道路で地震に遭遇。その様子を自身のブログで写真付きで実況中継している。
    • 帰京後の3/15、デイリースポーツで実体験を激白。この中で3/21両国大会での義援金構想を表明。
    • 3/18、3/21両国大会開催決定を受け、「やらぬ善より、やる偽善」をテーマにVMとして義援金を募集する為、三菱東京UFJ銀行草加支店に専用口座を開設。両国大会でVM初のチャリティーサイン会を開催する事を明らかにしている。
  • 渡辺美里のファンらしい。全日本プロレスの木原文人リングアナと渡辺のライブに行くと「自分場違いっすわ」と強面で渡辺のライブに行くことを恥ずかしがっている。また、元モーニング娘。の加護亜依のファンでもある。
  • 多くのヒールレスラーがそうであるように、リングを降りると非常に紳士的な人物と評されている。だが、ファンがサインを求めると色紙を投げ飛ばすということもする(それだけヒールとして徹底しているという意見もある)。ただし、2006年のVM決起集会では珍しくサインに応じた。
  • メキシコ時代、女性と度々朝まで遊んでいたのを闘龍門校長であるウルティモ・ドラゴンに「何をしにメキシコまで来た? 遊びに来たの?」と「それとなく」(TARU談)咎められ、再びレスラーとして歩んでいく決心をした。
  • 同じ元DRAGON GATEの近藤やbrother"YASSHI"とVMとして行動を共にしているが、本人はあくまでもフリーランスの立場を貫き、ドラゴンドア及びエルドラドにレギュラー参戦はしていない。本人も専門誌のインタビューで積極的にかかわる意思は今のところはないとしており、2007年8月大会でエルドラドへ初参戦したものの、今後もゲスト出場に留まる模様。
  • TARU自身が「聖水や」と呼んでいるTARU考案の「TARU水」があり、試合会場で「今なら通常価格15,000円のところ10,000円の出血大サービス中よ」と言葉巧みに販売している。その水の正体は定かでないが、使い古しのペットボトルにマジックで“TARU精子水”と記入した怪しいものである。また「この夏場は会場内が暑いだろう」というTARUなりの“配慮”により、噴水機で対戦相手や観客に散布した。ある観客に集中的にかける行為も見られる(現在、ブログ内にて24本入り8,400円で販売中)。
  • フリー選手が主体のイベント「新宿カス野郎プロレス」では毎回主役級で登場している。Vol.2に来場したハヤブサに対して一日も早く復帰できるよう激励の言葉を贈ったり、大ファンである天山広吉とのシングルマッチ(TARU本人には直前まで知らされていなかった)が実現し、いつも通りのマイクパフォーマンスを見せつつも感無量になったりしている。いつもの悪党ぶりがわずかながら影を潜める機会が多い。(ハヤブサに乗って良いヤツアピール最低)
  • TARU自身もマイクを持ち饒舌であるが、brother"YASSHI"のマシンガントークの方がアピールは鋭く、よくbrother"YASSHI"の散々喋った後に「まっそういうこっちゃ」という一言で短く締めることが多い。(観客は「は?」ってリアクション)
  • TARUの直筆サイン入りカードが、オークションで4万円で落札されたことがあった。(本人落札であることは言うまでもない)
  • 2009/2/15、YASSHIのプロレス休業後、YASSHIの「カス野郎」を使うようになった。
  • C-MAXで同じユニットだったCIMA、ドン・フジイはDRAGON GATE離脱を、新潟での試合前に一緒にランニングしている時に本人の口から聞かされたとのこと。
  • 客席のゲスト(有名人・政治家)を見付けてはイジる

殺戮用心棒 TARU DEATH LOG





JCベイリー
JC Bailey
1983/8/23 - 2010/8/30

主に2000年代に活動したアメリカ合衆国出身のハードコアレスラー。身長約183cm、体重約86kg。本名をジョセフ・カール・ベイリー・ジュニア(Joseph Carl Bailey, Jr.)といい、コンバット・ゾーン・レスリング(CZW)やIWAミッドサウスなどと言ったハードコア系のプロレス団体で行われるデスマッチトーナメントの常連で、軽量級ながら我が身を省みない自虐的な攻撃でファンから人気を得てきた。
来歴
ケンタッキー州のルイビル出身で、トレイシー・スマザーズというプロレスラーからの訓練を受けたうえで2001年にプロレスラーとしてのデビューを行った。
2003/6/14―イアン・ロッテンとコーポラル・ロビンソンとともに、IWAミッドサウスの代表としてCZWへの殴り込みを敢行。これが自身のCZWへの初登場であった。 そしてこの年にそのCZWのトーナメント・オブ・デス(TOD)に初出場してからというもの、2004年〜2005年〜2006年とこの大会に欠かさず参戦し続けた。更には2007年の9月に開かれた『ファスト・フォワード』という名の番外のTODにも参戦した

TODに参戦し始めた2003年にあっては、同時にIWAミッドサウスのキング・オブ・ザ・デスマッチ(KOTDM)にも参戦し始めた。初参戦となった2003年の大会にあっては、まず蛍光灯と有刺鉄線テーブルとを用いたデスマッチで2・タフ・トニーを下し、次に蛍光灯棺桶デスマッチでネクロ・ブッチャーを下し、更には観客持参凶器デスマッチでイアン・ロッテンを下して決勝へ。やがて決勝戦でマッドマン・ポンドと有刺鉄線金網デスマッチを戦い、敗退。
その翌2004年にもKOTDMに参戦したものの、観客持参凶器デスマッチでまたもポンドに破れ、1回戦目で敗退。続けて2005年にも参戦し、ネクロ・ブッチャーとともに決勝戦まで勝ち進むも、やがてトビー・クラインに敗れ去る。自身4度目の参戦となった2006年の大会にあっては、裸足画鋲デスマッチでドレイク・ヤンガーを下すも、次の有刺鉄線/ロブスタープールデスマッチでミッチ・ペイジに下されたことで、そのまま敗退という結果に終わった。
2004年の12月に開かれたCZWの『ケージ・オブ・デス6』にあっては、クリス・キャッシュ∽ネイト・ウェッブ∽セクシー・エディーとともに『チーム・キャッシュ』という軍団を結成し、CZWのタッグ王座を獲得。更には2005年に創設されたCZWウルトラバイオレントアンダーグラウンド王座の初代獲得者へ。すぐさまイアン・ロッテンからの挑戦を退けたのちに、ジョン・ザンディグ〜ネクロ・ブッチャーの手へと渡ったこの王座を同年内に取り返した。
2006年の8月にレッスルエキスポ2006を通して日本へ。この大会では5名対5名のバトルロイヤルを行い、マッドマン・ポンドを下し、2・タフ・トニーに敗れた。それから間もなくしてIWAイーストコーストのデスマッチ選手権―マスターズ・オブ・ペインに参戦し、2・タフ・トニーとコーポラル・ロビンソンを破って勝ち進んだものの、決勝戦で葛西純を相手に敗れ去った。
2007年に地元のウォルマートの店舗からテレビを盗んで逮捕された。この犯行と違法薬物所持に係る複数の余罪とにより、この年から刑務所に収監され、それからしばらくの間にわたって活動を休止。その刑期については10年に及ぶものであるとの裁判記録の情報が寄せられてはいたものの、2010年の前半期にありCZWを舞台として復帰を果たした。
そしてこの年のちょうど半ばという頃に例年のKOTDMが開幕すると、2006年の出場以来4年ぶりとなったこの大会への参戦を行い、イアン・ロッテン〜ニック・ゲージ〜ボールズ・マホニーという順に有刺鉄線や蛍光灯を用いたデスマッチを勝ち抜き、そして決勝戦の有刺鉄線/通電蛍光灯デスマッチにてデボン・ムーアを制圧。かくして自身5度目の出場にして遂にこの大会の覇者の座を獲得したのであった。同年の8月30日の早朝、自宅で死亡している姿が父親によって発見された。享年27歳。死因は公表されていない。




  





 












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