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プロレス/格闘技
誕生日/忌日
7/1


 
 


 
 


ハロルド坂田
Harold Sakata
1920/7/1 - 1982/7/29

ハロルド坂田

アメリカ合衆国の日系プロレスラー、映画俳優。ハワイ生まれ。本名はトシユキ・サカタ

ロンドンオリンピックの重量挙げ銀メダリスト。

主な出演作品

  • 007 ゴールドフィンガー (1964)

その他

  • デビュー当時のリングネームは、トシ東郷。グレート東郷の弟を称していたこともあった。
  • 力道山をスカウトし、後にはタッグを組んだことがある。二人の出会いは、酒場で飲んでいたところで遭遇する(と言えば聞こえはいいが、力道山が因縁を付けたという説もある)という劇画を地でいくようなものであった。
  • 映画『007 ゴールドフィンガー』では、悪役ゴールドフィンガーの部下で、ツバに刃物を仕込んだ山高帽を投擲する東洋人用心棒のオッド・ジョブ役で出演。何でも傷つかないかなり強い筋肉でボンドも苦戦したが、最後は感電して死んでしまう。後に咳止め薬「ヴィックス・フォーミュラ44」のCMにオッド・ジョブとして出演。

 
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アビスモ・ネグロ
Abismo Negro
1971/7/1 - 2009/3/22

メキシコ・タバスコ州ビヤエルモサ出身の覆面レスラー。本名はアンドレ・アレハンドロ・パロモケ・ゴンザレス(Andrés Alejandro Palomeque González)。

来歴

ディアブロ・ベラスコの道場で出身。1990年ペケーノ・サムライの名でデビュー。その後CMLL入りした。

AAAに登場するのはルチャ・リブレ・ラティーナ(Lucha Libre latina LLL)のメンバーとして2004年にはTNAに参戦しチーム・メキシコ(Team Mexcio)にメンバー入り。AAAとTNAと関係が悪くなりAAAに復帰。2000年にスーパーJカップに特別参戦、2005年にはプロレスリング・ノアにも参戦した。

2009年3月22日朝に川で行方不明になり、昼に遺体で発見された。37歳没。

獲得タイトル

  • ナショナルミドル級王座
  • ナショナルタッグチーム王座(w / エレクトロ・ショック)
  • AAAマスコットタッグチーム王座(w / ミニ・アビスモ・ネグロ)





豊登 道春
1931/3/21 -1998/7/1

福岡県田川郡金田町(現在の福智町)出身で立浪部屋所属の元大相撲力士、元プロレスラー。本名は、定野道春(さだの みちはる)。最高位は、前頭15枚目。大相撲時代の体格は、身長173cm、体重105kg。レスラー時代の体格は身長174cm、体重114kg。

来歴

日本プロレス時代まで

立浪部屋に入門し、1947年6月場所初土俵。豊登の四股名に改め、1953年9月場所で十両優勝を果たし、1954年3月場所で幕内昇進して3場所勤めるが、親方との不仲により廃業。幕内成績は21勝19敗5休。得意手は、右四つ、出し投げ。力任せの強引な取り口だったという。

1954年10月、大相撲の先輩、力道山率いる日本プロレスに入団、11月千葉県茂原市にて、宮島富雄を相手にデビュー。1956年10月、全日本ウェート別選手権に出場し準決勝進出、頭角を現す。

その後力道山のタッグパートナーとして海外遠征に帯同したことで実力をあげ1960/6/7、第3代アジアタッグ王者につく。同王座は力道山の死後吉村道明、ジャイアント馬場とともに数回獲得した。

1963年の力道山の死を受け、1965年には日本プロレスの2代目社長に就任。

ポスト力道山のエースとして1964年と1965年、春のワールドリーグ連覇を果たした。

1964年12月にはザ・デストロイヤーを破りWWA世界ヘビー級王座を獲得した。

しかし生来のギャンブル好きから来る数々の横領が発覚して吉村道明らから非難を受け、ジャイアント馬場のインターナショナル・ヘビー級王座獲得(力道山の死後封印されていたのが馬場にシングルの王座を与えるために復活)によりエースの地位が危うくなったこともあって1965年末に社長を退任、日本プロレスからも退社することになった。

猪木略奪事件

1966年3月、アメリカ遠征から帰国の途についていた当時日本プロレス所属のアントニオ猪木とホノルルで密会。「日本プロレスに帰ってもお前は馬場の2番手だ。俺の団体に来たら社長エースにしてやる」と口説き落とし、猪木を伴い帰国。俗に「太平洋上の略奪」と呼ばれる。同年10/12、蔵前国技館で東京プロレス旗揚げ戦を挙行した。

しかしここでも豊登は会社を私物扱いしており、売上金をわしづかみにして競輪場へ直行するという有様であった。テレビ放送が付かなかったこと、営業力が弱体であったこと、さらにこれらのトラブルから豊登と猪木の信頼関係が失われたことなどでわずか3か月で団体は消滅。猪木は日本プロレスに復帰した。

現役後期・引退後

東京プロレス消滅後、豊登は国際プロレスに入団。1969年パリにてIWA世界タッグ王座を獲得した(パートナーはストロング小林)。

1970年2月に一旦引退するが、1972年3月、新日本プロレス旗揚げ戦に登場。その後も継続参戦する。これは豊登からの申し出によるもので、テレビ放映がつかず苦しい台所事情で団体を興した猪木を、知名度がある自分が参戦することで助けようとした行動であり、東京プロレスで迷惑をかけた猪木への償いであったとされる(門馬忠雄『ニッポン縦断プロレスラー列伝』)。

1年後NET(現在のテレビ朝日)が新日本の放映を開始し経営の先行きが明るくなると、豊登はリングを去り、選手としては完全に引退した。

その後は1974/10/10の猪木VS大木金太郎戦でレフェリーを務めたり、1989/2/22、新日本『スペシャルファイト・イン国技館』で行なわれたユセフ・トルコ引退セレモニーに来賓として登場した以外は、ファンの前に姿を見せることはなかった。

1998年7月1日、急性心不全で死去。67歳没。晩年は糖尿病を患っていた。

逸話

豊登伝説

力道山が手を焼くほど奇行が多く、残された伝説、逸話は数多い。代表的なものを挙げる。

  • 数度の金銭トラブルを起こすほどのギャンブルマニア。特に競輪に凝っていた。藤波辰爾に競輪選手への転向を本気で勧めたり、自ら自転車を手に入れて、トレーニングと称し乗り回したりした。
  • 競馬にも詳しく「俺は馬語が解る」と語っていたという。
  • 常軌を逸した大食漢であり、好物の握り寿司を250個食べたという記録がある。早食いでも周囲を驚かせており、山本小鉄は「一緒にラーメンを食べに行って、こっちが一杯目を食べ終わる前に三杯目を注文していた」「色々なレスラーの中で、胃袋に関しては別格」と述懐している。
  • 日本で初めての覆面レスラーとされる「覆面太郎(ストロング小林)」登場以前に、「ミスターZ」という青覆面のマスクマンになったことがある。
  • 十八番は自らの手で替え歌にした「ソーラン節」。ほとんど猥歌と化していた。
  • 失踪癖があった。これは現役引退後も続き、OB会を組織する動きが出た際、豊登の消息を知るものは誰一人としていなかった(後に判明)。
  • 数多くのレスラーの名付け親。「アントニオ猪木」も彼の命名。名づけの傾向としては、
    • 時代劇の登場人物や侠客をイメージしたもの(例・田中忠治、上田馬之助、小鹿雷三・後のグレート小鹿、山本小鉄、星野勘太郎など)
    • 出身地からの連想(例・高千穂明久・後のザ・グレート・カブキ)
    • 動物(例・高崎山猿吉・後の北沢幹之)
があげられる(北沢は大分県出身なので、出身地からの連想でもある)。
  • 両腕を前で交差させ、脇の下から「パコン、パコン」と音を鳴らすパフォーマンスは非常に有名で、豊登の代名詞。桑田佳祐は1983年、小林克也率いるナンバーワンバンドに「プロレスを10倍楽しく見る方法〜今でも豊登を愛しています」という曲を提供したが、歌詞中にもやはり、「パコン、パコン」と小林克也が絶叫する部分がある。外国人レスラーがこの音を気持ち悪がったため、技として通用するともいわれた。
  • 山下財宝伝説を信じており、周囲のレスラー仲間に採掘の話を持ちかけたこともあった。
  • 筋肉だけでなく骨も物凄く丈夫で、文字通り筋骨隆々であった。レスラーとしては上背がさほど無く、晩年は一般人のような体格に見えたといわれるが、遺骨拾いの際、その骨の大きさで周囲を驚かせた。

その他

  • 現代のプロレスラーにおいては、大日本プロレス所属の関本大介を豊登二世と呼ぶことが多く、身長があまり高くなく筋骨隆々で、ずんぐりむっくりな体系をしリング狭しと暴れまくるファイトスタイルからそう呼ばれる。(関本はブルーノ・サンマルチノ二世とも呼ばれる)
  • 豊登が死去した際、日本テレビの情報番組『THE・サンデー』にて豊登の追悼コーナーを組み、かつてのプロレス実況アナウンサーでもあった徳光和夫が豊登のエピソードを語っていた。
  • 映画『キングコング対ゴジラ』で、怪獣ゴジラが腕を左右に振って「パコンパコン」と音を鳴らすシーンがあるが、これは豊登の十八番を採り入れたものである。

タイトル履歴

  • WWA世界ヘビー級王座
  • アジアタッグ王座
  • TWWA世界タッグ王座
  • IWA世界タッグ王座




  





 












 
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