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プロレス/格闘技
誕生日/忌日
7/13


 
 


 
 

トニー・オズボーン
Anthony "Tony" Osborne
1926/7/13 - 2010/8/27

トニー・ボーン、”Tough" Tony Borneの名前で活躍したアメリカのレスラー。
本名はアンソニー・ウエイン・オズボーン。ゴリラ男といわれたブル・ファイターでマット・ボーンの父。サンフランシスコでロニー・メインとのコンビで長く活躍した。体が非常に頑丈で大流血試合でも試合後にはほとんどダメージが残らなかったという。何度も来日の噂がありハワイを主戦場にしていた時期もあったが、来日はなし。
タイトル
パシフィックノースウエウト・タッグ
テキサス・タッグ
パシフィックノースウエウト・ヘビー
NWA世界タッグ(テキサス版、シスコ版、バンクーバー版)
カナディアン・タッグ(バンクーバー版)

 
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菅林 直樹
1964/7/13

菅林直樹

日本の実業家、現新日本プロレス株式会社代表取締役社長。北海道札幌市出身。

経歴

大学卒業とともに営業担当として入社。会社がユークス傘下に入ると副社長に昇格し、2007年4月より現職。


菅林直樹 Twitter






北斗 晶
1967/7/13

北斗晶

元女子プロレスラー、女性タレント、実業家・芸能プロモーターである。本名は佐々木 久子(ささき ひさこ、旧姓:宇野〔うの〕)。埼玉県北葛飾郡吉川町(現:吉川市)出身。血液型はO型。2児の母。

現在は、男子プロレスラー佐々木健介の妻であり、マネージャーでありセコンドであり、株式会社健介オフィスの代表取締役社長でもある。愛称は、本名の久子に由来してチャコ。リングネームの由来はウルトラマンA。レスラーとしての愛称はデンジャラス・クイーン。レスラー引退後は、鬼嫁の愛称で知られる。

経歴

プロレス界入り前

神田女学園中学校卒業。併設高校に進むもプロレス界入りのため中退した。ちなみに、学校には「ごきげんよう」と言って去ったらしい。

全日本女子プロレス時代

1985/6/12、札幌中島体育センターにおける岩本久美子(後のグリズリー岩本)戦で全日本女子プロレスよりデビュー。入門当時は当時の本名・宇野久子をそのままリングネームにしていた。同年の新人王決定トーナメントは準優勝、年末の女子プロレス大賞では(最優秀)新人賞となった。

1986年3月、大阪城ホール大会で先輩のコンドル斉藤が保持する全日本ジュニア王座を奪取。同期ではもっとも早い戴冠だった。

1987年、当時保有していたWWWA世界タッグ王座(パートナーは堀田祐美子)の初防衛戦で、首の骨を折り長期欠場を余儀なくされる。医者からは引退を宣告されるが、本人のプロレスを続けたいと言う強い意思とファンからの後押しで復活(ただし、医者から「復帰したら30歳過ぎには後遺症で体が動かなくなる可能性もある」と忠告されている)。1988年には同期の鈴木美香(みなみ鈴香)と海狼組(マリン・ウルフ)を結成し、リングネームを北斗晶に変更。1989/3/1に『颱風前夜(The Eve of Fight)』で歌手デビューをしている。

1990年代に入ると2年後輩の豊田真奈美から「北斗、お前は1度も私に勝ってないんだからなあ」と言われ激怒。豊田、山田敏代ら昭和62年入門組との世代対決が開始され、女子プロレスの質は飛躍的に高まり、男性ファンが大挙して会場に押し寄せるようになる。1992年、ヒールに転身し三田英津子と猛武闘賊(ラス・カチョーラス・オリエンタレス)を結成(のち下田美馬が参加)した。

1993年から1997年にかけての団体対抗戦時代には神取忍と血みどろの抗争を繰り広げ、デンジャラスクイーンと呼ばれるようになる。後に神取との試合を聞かれると、「プロレス感が徹底的に違う」と述べている。試合後の毒舌マイクパフォーマンスも人気を呼んだ。また、国内の活動と平行して「レイナ・フブキ」のリングネームでメキシコのEMLLでも活躍した。しかし長期欠場に追い込まれた首などの度重なる大怪我が響いて、最後まで悲願のWWWA世界シングル王座には手が届かなかった。

結婚

北朝鮮主催のスポーツと平和の祭典で健介と出会い婚約。1995/10/1に健介と結婚後フリーとなり、WCWを経て1996年、GAEA JAPANに入団。1998年に長男を出産、一時リングを降りていたが翌年復帰を果たし、団体内グループであるT.NDS(チームノストラダムス)および卑弥呼を結成し、日本初のママレスラーとなった。

その後、親友であり自身と同じく幼い子を持つ女性が亡くなったことがきっかけで引退を決意し、2002/4/7、横浜文化体育館の長与千種・浜田文子組戦(パートナーは里村明衣子)において現役を引退した。

「鬼嫁」キャラのマネージャー・タレントとして

引退直後は主婦業に専念していたが、2003年のWJプロレス退団後苦労する夫健介を支えるべく、健介のマネージャー役としてプロレス界に復帰、健介の復活を支えた(2004年には、健介officeが発足)。また「埼玉の主婦の喧嘩」と称して全日本プロレスで試合をすることもある。

バラエティ番組などで人気があり、テレビ出演も多い。『踊る!さんま御殿!!』や『笑っていいとも!』や『徹子の部屋』や『さんまのまんま』などにゲストで出演した。2007年5月より『北斗晶の鬼嫁運動記者倶楽部』(2009年4月からは『 - 勝ちグセ。』)にレギュラー出演している。

2005/11/15に健介officeを株式会社化し、代表取締役社長として会社経営に携わることとなった。

戦歴

数々の名勝負を残してきた北斗であるが、全女時代は、万全な体調でタイトルマッチを迎えることがほとんどなく、何かしらの怪我を抱えたまま強行出場することが多かった。手負いの北斗が必死に戦いを挑んでいく姿は、見る者を少なからず感動させた。特に同世代またはやや上のブル中野、アジャ・コングたちとの絡みでは、クラッシュ引退後の苦しい時期を支えてきたお互いに対する思い入れの深さがひしひしと伝わってくる、情念がぶつかり合う死闘を生み出すことになった。

1990年
  • 6/17、ジャパングランプリ'90のワンデートーナメント1回戦で2年後輩の豊田真奈美と対戦。押し気味に試合を進めた北斗だったが、場外へのプランチャをかわされた際に右ヒザがフェンスに直撃。北斗は歩行不能の状態ながら試合続行を訴えたが、右ヒザの裂傷が中の骨が見えるほど深かったためドクターストップ負け。豊田はこの後決勝で堀田祐美子を破り初優勝、明暗が分かれた。
1991年
  • 1/11 川崎市体育館で豊田が保持するオールパシフィック選手権に挑戦。後輩相手ではあるが同王座への初挑戦であった。北斗は1月4日のWWWA世界シングル選手権試合でブルに挑戦した際に右腕を怪我し、筋肉が切れて石膏ギプスで固めた状態であった。前年のジャパングランプリ'90のリベンジもかかっていたが、片手一本での挑戦には限界があり、豊田に開始早々ギプスを外され、腕を極めにかかられた。セコンドにはタオルを持った海狼組のパートナーみなみ鈴香が、今か今かとタオルを投げ込もうとしていたが、北斗は拒否。最後は見かねた同期の堀田がタオルを投げ込み、TKO負け。試合後、みなみが挑戦を表明した。
  • 3/17 後楽園ホールのセミファイナルでアジャ・コングと時間無制限一本勝負のシングル・マッチ。1月の豊田戦でも責められた右腕は完治しておらず、アジャのパワーファイトの前に10分31秒で完敗。対戦後、アジャは北斗に共闘を提案するが、北斗は受けなかった。
1992年
  • 7/15 後楽園ホールでブル中野の保持するCMLL選手権に挑戦。この時も、みぞおちの下の肋軟骨を2本、亀裂骨折しており、痛み止めを打っての強行出場で「これが最後のリングになるとしてもがんばって立ち上がる」と悲愴な覚悟で臨んだ一戦であった。
  • 試合前には下田美馬がセコンドに付く(=弟子入りする)ことを直訴し土下座。これが3人でのラス・カチョーラス・オリエンタレス結成のきっかけとなった。
  • 試合は一進一退の攻防が続いたが、全盛期にあったブルのパワーと怪我の影響で終始押され気味であった。ノーザンライト・ボムや変形パイル・ドライバーでもブルを沈めることができず、最後はトップロープからのギロチン・ドロップを返したものの、ブルがムーン・サルトに入るところで三田と下田がリングインしてブルを止め北斗をかばい、リング・ドクターを招き入れた。様子をチェックしたリング・ドクターが「痛み止めを打って試合に送り出したが、もう限界で、これ以上は選手生命にかかわる」と試合を止めた。
  • 試合直後に北斗は涙を流しながら、「誰が止めたんだよ・・・誰が止めたんだよ!いつもそうじぇねえか・・・いつもそうじゃねえか!そのベルトが欲しいよ・・・どうしても欲しいよ。延長さしてくれ・・・延長さしてくれ!」とアピール。ブルは即座にマイクをとり、北斗に指を差しながら、「お前プロレス好きなんだろ?好きなんだろプロレス!だったらよくなってからもう一回挑戦してこい。今じゃ駄目なんだよ・・・自分の体、大切にしろ!」と返した。
1993年
  • 4/2 横浜アリーナで開催された夢のオールスター戦のセミファイナルで、LLPWの神取忍と対戦。昨年以来の遺恨、記者会見での乱闘騒ぎなどですでにボルテージは最高潮に達していたが、試合はそれを遙かに上回る凄惨な血みどろの戦いとなり、対抗戦時代史上、そして日本の女子プロレス史上でも屈指の名勝負となった。
  • 開始早々、双方挑発しあう中、北斗が神取の左頬に右ストレートを放ち、神取が昏倒。北斗はすかさずマイクを取り「おい神取、てめえの実力ってのはそんなもんか!立ってみろ!起き上がれ!」と叫んだ。これに逆上した神取は即座に北斗の左肩を脇固めで破壊。腕が直角に曲がったまま、北斗は戦闘不能に陥りかける。
  • さらに場外戦で、実況席の机の上でツームストーン・パイル・ドライバーを放とうとした北斗を神取が切り返してパイル・ドライバー。北斗は脳天からもろに落ち、机が円形に陥没。双方が大流血した後も延々と凄惨な戦いが続き、北斗のノーザンライト・ボム、神取の逆ノーザンライト・ボムでも決まらない。最後はグーパンチでの殴り合いになり、クロスカウンターから北斗が神取に覆い被さって、30分37秒、北斗がフォール勝ちを収めた。
  • 試合終了後、神取は短く「おいっ、これで終わりじゃねえぞ」と言い捨ててリングを後にした。血まみれの北斗は座り込んだまま再びマイクをとり「神取ッ、聞こえるか?お前は、プロレスの心がない!プロレスは、プロレスを愛する者にしかできない!柔道かぶれのお前に負けてたまるか!」と叫んだ。
  • この試合をメイン・レフェリーとして裁いたのは全女の松永兄弟の一人、松永俊国であった。普段は一線を引いていた俊国は、ここぞという大一番のみにレフェリーとして登場することになっており、全女サイドがこの試合をいかに重く見ていたかがうかがえる。
  • 10/9 東京ベイNKホールで開かれたレッスル・マリンピアード'93のメインイベントで、アジャ・コングと対戦。当初はアジャの保持するWWWA世界シングル王座を賭けたタイトルマッチであったが、手術して2週間、全治3か月と診断され、神経に刺さっていた半月板を半分切除した左膝、さらに右足の十字靱帯が切れ、背骨が2本折れていたという最悪に近いコンディションであった北斗は試合前に、タイトルマッチを辞退したいと発言、アジャも快くそれを認め、その代わりこれぞ全女という試合を見せると観客に約束した。こうしてノンタイトル戦となった試合はやはり北斗の膝がまともに動く状態ではなく、途中でリング・ドクターがチェックに入るほどの厳しい試合展開となったが、空中技など惜しげもなく繰り出し、最後は19分30秒、アジャの雪崩式水車落としに敗れた。このタイトルマッチ返上事件が、翌年の東京ドームでのアジャ戦の伏線となっていく。
1994年
  • 11/20 東京ドームで開催された「憧夢超女大戦」興行におけるV☆TOP WOMAN日本選手権トーナメント(優勝賞金1500万円)での戦いを最後に引退すると表明。ただしトーナメントに優勝した場合は、引退を撤回するかもしれないとも発言していた。
  • 1回戦ではLLPWのイーグル沢井と対決。イーグルはいきなりサンダーファイヤー・パワーボムを放つなどラッシュをかけたが、11分8秒、ノーザンライト・ボム2連発で退ける。
  • 準決勝ではFMWのコンバット豊田と対戦。コンバットは机をリング内に持ち込むなどラフファイトで一気に攻め込むが、机攻撃に失敗、これが仇となったコンバットを、ノーザンライト・ボムで破る。
  • メインイベントとなる決勝では豊田真奈美、ダイナマイト・関西を破って勝ち上がってきたアジャ・コングと対戦。静かな立ち上がりだったが、アジャがトペの際にトップロープに足を引っかけて右膝が外れてしまい、片足同然の状態での戦いとなった。滅多に怪我の部位を痛がらないアジャが悲鳴を上げるほどの重傷で、試合続行は不可能に近く、ちょうどNKでの試合と立場が逆転した。しかし、アジャは驚異的な根性で立ち向かい、試合を作っていく。20分を越える死闘は、ノーザンライト・ボム3連発で北斗が勝利。
  • 勝った北斗は茫然自失、敗れたアジャはWWWAのベルトを北斗に差し出し、号泣しつつ「このベルトは、あなたのものです。あなたと、このベルトを賭けるために、NK(1993年10月9日)から1年やってきました。このベルトは、あなたのものです。」とマイク・アピール。北斗は下を向いたまま言葉を発することなく、静かに涙を流していたが、やがてマイクを取り、「アジャ・・・いつもよぉ、生意気なこと言ってんのによぉ、なんでこんなときによぉ、言葉が見つからねえんだよ。だけど、この赤いベルトは、アタシのもんじゃない・・・これはアジャのもんだよアジャ(アジャは激しく泣きながらかぶりを振る)。もう一回巻いてみせてくれ(ここでアジャはさらに号泣)、アタシが唯一取れなかったベルト、巻いてみしてくれ」と言って、赤いベルトを座り込んでいるアジャに強引に巻き付け、二人で抱き合って泣き続けた。最後に北斗は「お前ら、アタシのことがもっと見たいか!」と観客にアピール、観客が北斗コールで応えると、「来年、東京ドームがあるなら、その時に必ず戻ってくる!」と締めくくった。

人物

  • 実家は、十数代続く農家。
  • プロレスラーになる以前はブル中野のファンで、私設のファンクラブを作り、週刊プロレスに会員募集の投稿をしたことがある。
  • 手先が器用で、特技は裁縫。自分の竹刀を入れる袋も自作だった。かつて洋服・雑貨店「シルバーベルドリーム」を経営していたこともある。
  • 料理も上手で、テレビ番組で料理の腕を披露することも多い、東海テレビ制作の特番『決定!アイアン主婦〜芸能人妻NO.1決定戦〜』でチャンピオンになったこともある。レシピ本の執筆もしている。『愛のエプロン』夫婦大会では丸のままのブリを前に「目玉が怖くて捌けない」と発言、泣きながら料理をするという一面も見せた(それを見た健介は「惚れ直しました」と笑顔で発言していた)。
  • 埼玉に建てた佐々木夫妻の豪邸は、ギリシァ風円柱やロココ調家具といった強烈なセンスに満ちており、頻繁にメディアに取り上げられている。健介の話では、純和風の豪邸を建てたかったが、案はほぼ全て却下され、庭に松の木を一本植えさせてもらっただけであったという。
  • 先にあげたレシピ本以外にも、いくつかの著書がある。結婚前のヒールレスラーとして、結婚後のママさんレスラーとして、そして夫とともに戦う力強い女性としての立場の変遷の中で刊行されてきたが、どれも彼女の率直な語り口を反映したものとなっている。
  • 『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』のプロレスコントにおいて内村光良に本気の北斗原爆固めをかけ、これが原因で内村は足を捻挫、しばらくテレビを休養するはめになる。内村曰く、本気で技をかけて貰わないとリアクションを取りづらいから事前に「本番で絶対本気でやってください!」とお願いしたとのこと。
  • 近藤真彦の大ファンで、映画『ハイティーン・ブギ』のヒロインオーディションに申し込んだことがある。
  • 首の骨を骨折した際には、前述の通り復帰はおろか日常生活への大きな影響も心配されたが、約1か月で完治。後にテレビの企画で骨密度測定の企画に出演した際には、このエピソードを交え「鉄人以上・骨密度測定不能(濃すぎて)」という結果が紹介された。
  • 女子選手として、グレート・ムタと対峙したことのある唯一の選手である。奇襲でノーザンライトボムを喰らわせるも、毒霧の反撃を喰ってしまった。
  • 絶叫マシンに乗るのが大の苦手で、フジテレビの『世界絶叫グランプリ』で、夫の健介とスタッフが共謀してニュージーランドまで行き、ワイヤーで吊るされた絶叫マシンに無理やり乗せられ大泣きしてしまった。
  • 1994/11/18に『北斗晶のオールナイトニッポン』のパーソナリティを務めた際、自身の一番好きな曲に森口博子の『ETERNAL WIND〜ほほえみは光る風の中〜』を挙げており、番組内で森口の歌唱力を絶賛していた。
  • 2009年12月14日放送の『森田一義アワー笑っていいとも!』内「芸能人できる?できない? 分けまチョイ」において、以前メキシコにプロレス留学していて現地でチャンピオンになってしまったことから、3年間日本とメキシコを行き来していたと言う。また、メキシコで生活する上で必須であるため、スペイン語を覚えたが、対戦相手を罵倒する汚い言葉から覚えてしまったと語っている。そのため、スペイン語による自己紹介も難なく出来る。

タイトル歴

  • WCW
    • WCW世界女子王座
  • 全日本女子プロレス
    • WWWA世界タッグ王座
  • その他
    • オールパシフィック王座
    • CMLL世界女子王座(レイナ・フブキとして)、
    • 全日本ジュニア王座
    • AAAWタッグ王座
  • プロレス大賞
    • 2004年度プロレス大賞 話題賞
  • V★TOP WOMAN日本選手権トーナメント優勝

入場テーマ曲

  • Young Soldier(新人~海狼組時代に使用)
  • Oro De Ley / LUIS MIGUEL (SENTIMENTALに収録)

レギュラー出演番組

  • 5時に夢中!(TOKYO MX)火曜日コメンテーター
  • 知りたがり!(フジテレビ)知りたがりすと(不定期)
  • シルシルミシルさんデー(テレビ朝日)家族4人で食べ放題企画のみ不定期

テレビドラマ

  • こちら葛飾区亀有公園前派出所(TBS)六西会の女性役
  • サザエさん3(フジテレビ)穴子夫人役

CM

  • 大日本除虫菊「金鳥・ティンクル」
  • DMJえがお生活「ノニ濃縮ソフト」
  • トヨタ自動車「残価設定型プラン」
  • アメーバピグ (2010年10月18日- )

著書

DVD/その他

健介オフィス
健介オフィス


北斗晶





Xパック/シックス/1-2-3キッド/シックス・パック
X-Pac/Syxx/The 1-2-3 Kid/Syxx Pac
1972/7/13

ショーン・ウォルトマンSean Waltman)は、アメリカ合衆国のプロレスラー。ミネソタ州ミネアポリス出身。

来歴

ボリス・マレンコのマレンコ道場でトレーニングを受け、1990年にライトニング・キッドThe Ligntning Kid)のリングネームでディーン・マレンコを相手にデビュー。インディー団体を転戦し、地元ミネソタのPWAではジェリー・リンと抗争した。1991年11月、ユニバーサル・プロレスリングに初来日。メキシコのルチャリブレを主体とした同団体の中で、場外の相手へトップロープ上からダイビング・ニールキックを放つなどの独自性の高いスタイルで話題を呼んだ。

1993年にWWFに入団、レイザー・ラモンから3カウントを奪って勝利したのを機に1-2-3キッドに改名。しかし当時の役割はジョバーであることがほとんどであった。

1996年にWCWに移籍。nWoに加入しリングネームをシックスに改める(シックスというリングネームはnWo6人目のメンバーであることに由来する説、前リングネームの1-2-3を足した、あるいは掛けた数に由来する説がある)。軽量級戦線で活動するが負傷で欠場し、エリック・ビショフに解雇されてしまう。

1998年にWWFに復帰。リングネームをXパックとし、トリプルH率いる第2次DXに加入。1999年にトリプルHが脱退しビンス・マクマホン率いるコーポレート入りしたため、実質的にリーダーとなる。その後、ケインとタッグチームを結成し、それまで心を持たない破壊マシーンだったケインの人間性を取り戻させるという友情ストーリーが展開されたが、ケインの初恋相手トーリを略奪し裏切るという愛憎劇に発展した。2000年に負傷し長期欠場に入るが2001年に復帰しアルバート、ジャスティン・クレディブルと共にXファクターを結成。しかし再び負傷欠場に入りユニットは消滅。2002年にWWFで再結成されたnWoの新メンバーとして復帰。しかしブックを拒否したために同年に解雇される。ちなみに当時彼が所持していたWWFライトヘビー級王座はWCWの買収でWWF管理下になったWCWクルーザー級王座がWWEクルーザー級王座に改称されたことで消滅、最後のWWFライトヘビー級王座となった。

その後、権利の関係でリングネームをシックス・パックに改名しTNAと契約。しかしライターであるビンス・ルッソと対立し退団。以降はパックPac)やXのリングネームでインディー団体を転戦、この間プライベートで婚約していた元チャイナことジョーニー・ローラーに付き添い新日本プロレスに登場、蝶野正洋と抗争になるかと思われたがその後婚約を解消したため結局はお蔵入り。2004年にルッソがTNAを退団したため2005年にTNAに復帰。

現在はTNAを離れ、AAAやNWAに参戦している。

クリックの一員であり、ショーン・マイケルズ、トリプルH、スコット・ホール、ケビン・ナッシュとは団体を離れた後も親友の間柄にある。

獲得タイトル
WWF/WWE
  • WCWクルーザー級王座 : 1回
  • WWFヨーロピアン王座 : 2回
  • WWF・ライトヘビー級王座 : 2回
  • WWE・世界タッグチーム王座 : 4回(w / マーティ・ジャネッティ、ハードコア・ホーリー、ケイン×2)
WCW
  • WCWクルーザー級王座 : 1回
TNA
  • TNA Xディヴィジョン王座 : 1回

入場曲

  • Make Some Noise
  • What'chu Lookin' At(Uncle Cracker)

  




栗原 あゆみ
1984/7/13

栗原あゆみ

本名:栗原 亜弓(リングネームと読みは一緒である)は、日本の女子プロレスラー。東京都三鷹市出身。

プロフィール

実家は女子プロレスラーが通っている焼肉屋「三宝」。幼少の頃よりプロレスラーが周囲にいる環境で育つ。学生時代はバスケットボール部所属。

高校卒業後しばらく無職の後、実家の焼肉屋「三宝」の常連であり、子供の頃からプライベートで遊んでもらっていたという、フリーの先輩選手GAMI(二上美紀子)のいるAtoZの練習生となるもGAMIとともに退団、2005/4/24に20歳でM's Styleの興行にてプロレスデビュー。デビュー戦ではGAMIを相手に金星を挙げる番狂わせを演じた。

2007/4/19、若手お笑い芸人(月刊ドイツ・パンダ西口)のトークライブ(ハロー貸会議室渋谷カネマツ)にゲスト出演。天性の明るさで「プロレス」に限らず、「お笑い」の分野でも好評を博す。

2007/7/16のNEO女子プロレスの興行で右鎖骨を骨折し長期欠場していたが、2008/12/14の自主興行で復帰。

2008年8月には大阪でKAORU選手、植松寿絵選手とともに「RING〜Starting Over〜」で女優デビュー。

2009/2/22のOZアカデミー後楽園大会においてOZ正規軍入りを表明。

2010年4月にアメリカ遠征。シカゴの地元紙で記事にされた。

現在、国内団体ではOZアカデミーの他、プロレスリングWAVEやJWP女子プロレスなどに参戦している。

リングネーム

リングネームは、本名の「亜弓」を漢字から仮名に変え「あゆみ」とした。

経歴・戦歴

2005年
  • 4/24、「M's Style一周年記念興行(Mab〜夢を支配〜)」ワンデートーナメントにおいて、1回戦で対GAMI戦でデビュー。ポキを切り返して勝利。同大会、2回戦で植松寿絵と対戦。ボディ・プレスで敗れる。
  • 5/20、東京・新木場1stRING「Mab〜夢を支配II〜」において、木村響子と組んで、アジャ・コング、Baby-M組と対戦。アジャのラリアットで敗れる。
  • 6/5、東京・新木場1stRING「“息吹”第1回大会」において、木村響子と組んで、吉田万里子、藤井惠組と対戦。木村が吉田のエアレイドクラッシュで敗れる。
  • 6/19、東京・新木場1stRING「Mab〜夢を支配III〜」において、GAMIと組んで、植松寿絵、輝優優組と対戦。輝のエルボーで敗れる。
  • 8/7、「Mab〜夢を支配V〜」ワンデータッグトーナメントにおいて、アジャ・コングと組んで、1回戦で浜田文子、桜花由美組と対戦。浜田に敗れる。
  • 9/11、「Mab〜夢を支配VI〜」において、未来と対戦。敗れる。この試合は未来にとって最後のシングル戦になってしまった。
  • 9/23、東京・新木場1stRING「“息吹”第3回大会」において、江本敦子と組んで、木村響子、桜花由美組と対戦。江本が木村に敗れる。栗原は未来の代役であった。
  • 10/23、「Mab〜夢を支配VII〜」において、植松寿絵と対戦。ミサイルキックで敗れる。
  • 11/20、「Mab〜夢を支配VIII〜」において、輝優優と対戦。ローリングエルボーで敗れる。
  • 12/23、「Mab〜夢を支配 Final〜」において、アジャ・コングと組んで、植松寿絵、輝優優組と対戦。ミサイルキックで植松から勝利。
2006年
  • 1/15、「アストレイア〜希望の女神I〜」において、倉垣翼と対戦。ラリアットで敗れる。
  • 1/29、東京・新木場1stRING「“息吹”第5回大会」において、中川ともかと対戦。腕ひしぎ逆十字固めでギブアップ勝ち。
  • 2/23、東京・新宿FACE「第2回T-1興行」において、T-1マスクと対戦。チキンウィングフェイスロックでギブアップ負け。
  • 2/5、「格闘美〜MASSIVE〜」において、風香と組んで、渋谷シュウ、バンビ組と対戦。風香が渋谷のノーザンライト・スープレックス・ホールドで敗れる。
  • 2/26、「アストレイア〜希望の女神II〜」において、闘獣牙Leon、倉垣翼と組んで、大向美智子、浜田文子、西尾美香組と対戦。西尾のタイガー・スープレックス・ホールドで敗れる。
  • 3/19、東京・新木場1stRING「“息吹”第6回大会」において、バンビと対戦。ダイビング・セントーンで敗れる。
  • 3/21、「アストレイア〜希望の女神III〜」において、AKINOと組んで、浜田文子、西尾美香組と対戦。西尾のジャーマン・スープレックス・ホールドで敗れる。
  • 4/2、「格闘美〜Future〜(League Princess公式戦)」において、夏樹☆ヘッドと対戦。ダイビングヘッドバットで敗れる。
  • 4/15、「格闘美〜Future〜(League Princess公式戦)」において、バンビと対戦。ミサイルキックで勝利。
  • 4/29、「M's Style 2周年記念興行(High Light Style TOURNAMENT2006)」において、1回戦で西尾美香と対戦。ローリングソバットで敗れる。
  • 5/4、「格闘美〜Future〜(League Princess公式戦)昼」において、チェリーと対戦。勝利。同日、「格闘美〜Future〜(League Princess公式戦)夜」において、渋谷シュウと対戦。時間切れ引き分け。
  • 5/13、「格闘美〜Future〜(League Princess公式戦)」において、中川ともかと対戦。ジャックナイフを丸め返して勝利。
  • 6/24、「格闘美〜Future〜(League Princess決勝トーナメント)」において、準決勝で風香と対戦。ドールFで敗れる。
  • 7/2、レディゴンまつりにおいて、高橋奈苗と対戦。バックドロップで敗れる。
  • 8/20、WRESTLE EXPO 2006において、渋谷シュウと組んで、米山香織、希月あおい組と対戦。ミサイルキックで希月から勝利。
  • 10/8、東京・新宿FACE「M's Style(Reincarnation〜転生〜)」において、浜田文子と対戦。敗れる。同大会、闘獣牙Leon、闘牛・空と組んで、大向美智子、AKINO、吉田万里子組と対戦。Leonが大向からキーバで勝利。
2009年
  • 12/31、後楽園ホールNEO大会においてNEO認定タッグ選手権 田村欣子と組んで、高橋奈苗&華名の持つタッグ王座に挑戦。21分32秒の激闘の末、栗原が華名へダブルニーアタックを放ちそのままエビ固めで勝利。第12代王者となった。
2010年
  • 5/12、東京・新木場1stRINGレボルシオン・アマンドラ自主興行(江本敦子引退興行)において、1日限定でパッション・レッドに加入。アマンドラとの6人タッグで対戦。高橋が江本にナナラッカを浴びせエビ固めで勝利。
  • 9/11、SHIMMER34シカゴ大会でマディソン・イーグルが持つSHIMMER王座に挑むが、イーグルバスターからの体固めを決められ敗戦。
  • 9/17、メキシコ・CMLL初参戦。アレナ・メヒコでルナ・マヒカ&ラ・コジャ・コングと組み、アマポーラ、下田美馬、ティファニーと6人タッグ。3本目で下田を原爆固めで破り2-1勝利。
  • 9/14、アレナ・メヒコで開催したメキシコ独立200周年記念特別興行「ラ・フンシオン・デ・ビセンテナリオ」に出場。ダーク・エンジェル&マルセラとの「テクニカトリオ」でアマポーラ、下田美馬、プリンセサ・ブランカとの6人タッグ三本勝負を2-1で勝利。
  • 10/10、立野記代引退試合の相手を務め、リフトクラッチ式の変形裏投げで立野から3カウントを奪う。試合後、立野から後継者に指名される。
  • 12/31、NEO後楽園大会で田村欣子の持つNWA女子パシフィック王座&NEO認定シングル王座に挑戦。リフトクラッチ式裏投げで勝利し、第23代王者となる。
2011年
  • 3/26、SHIMMER38シカゴ大会のメインに抜擢され、浜田文子と対戦。APクロスで敗戦。
  • 5/8、REINA女子プロレス旗揚げ戦に参戦。CMLL来日メンバーのひとりであった下田美馬に勝利してCMLL世界女子王座挑戦権を獲得。
  • 5/25、一度も防衛戦を行わないまま、NEO二冠王座を返上。

自主興行

2006/7/16、闘牛・空、闘獣牙Leonと合同で自主興行「アニマルマロン興行」を開催。

2008/12/14、「栗原あゆみ復帰興行」と題した初の自主興行を新宿FACEで開催。

2010/4/24、「栗原あゆみデビュー5周年記念試合」を千葉マリンスタジアム正面入口前イベントスペースで開催。

12/12、「デビュー5周年記念興行」を新宿FACEで開催。

2011/4/24、「栗原あゆみデビュー6周年記念試合」フクダ電子アリーナウエルカムステージで開催。

獲得タイトル

  • 第12代NEO認定タッグ王座(パートナーは田村欣子)
  • 第23代NWA女子パシフィック王座&NEO認定シングル王座

入場テーマ曲

  • 「希望峰」(Strawberry JAM)
    江本敦子が希望峰を栗原に入場曲を推薦したことがある。
    この曲は、テレビアニメ『スパイラル 〜推理の絆〜』の
    オープニングテーマ曲でもある。
「希望峰」(Strawberry JAM)


雑誌連載

  • 週刊ゴング→Lady'sゴング…「へなちょこつうしん」

メディア出演

  • MBSラジオ「もっともゴチャ・まぜっ!」
  • 日本テレビ系「魔女たちの22時」
  • テレビ朝日系「『ぷっ』すま」
  • テレビ朝日系「雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!」

栗原あゆみおまとめ動画集
栗原あゆみDVD紹介

オフィシャルブログ
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富田 里奈
1984/7/13

日本の総合格闘家。北海道札幌市出身。AACC所属。

来歴

ファンだったMIKUと試合会場で話したことがきっかけで藤井惠を紹介され、AACCに入会した。

2008/11/16、JEWELS 旗揚げ戦で行われたアマチュアマッチでMIKIと対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本勝ちを収めた。

2009/2/4、プロデビュー戦となったJEWELS 2nd RINGでHARUMIと対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本勝ちを収めた。

2009/7/11、JEWELS 4th RINGで長野美香と対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本負けを喫した。

2009/9/13、JEWELS 5th RINGのROUGH STONE GP 2009 -54kg級 1回戦で長野美香と再戦し、腕ひしぎ十字固めによる一本負けでリベンジならず。

2009/12/11、JEWELS 6th RINGで4年5か月ぶりのプロ復帰戦となった金子真理と対戦し、0-3の判定負けを喫した。

2010/5/16、CLUB DEEP 富山 〜野蛮人祭り8〜で能村さくらと対戦し、0-3の判定負けを喫した。

2010/10/10、JEWELS 10th RINGのROUGH STONE GP 2010 -52kg級 準決勝で北村ヒロコと対戦し、0-3の判定負けを喫した。

2010/12/11、ドイツ・ベルリンのジム「MMA Berlin」で行なわれた試合でJeanette Hinzと対戦し、三角絞めで一本勝ちを収めた。






長野 ドラミ
1994/7/13

日本の女子プロレスラー。長野県出身。身長156cm、体重60kg。

所属

  • アイスリボン(2010年 - )

経歴

2010年
11/27、アイスリボン240・川崎大会にて、対都宮ちい戦で「長野レミ」としてエキシデビュー。

2011年
6/15、アイスリボン299・イサミレッスル武闘館にて、マサ高梨の復帰挨拶中にさくらえみがアイアンマンヘビーメタル級王座のベルトを奪う。その後、長野とのエキシビションマッチを行うが、長野がそのエキシ後にベルトを奪取して、みなみ飛香の後押しもあってデビューに繋がった。
6/19、10代主催興行「Teens」第3回大会で、対くるみ戦で正式デビュー。リングネームを「長野ドラミ」(さくらえみが命名)に改める。
6/25、アイスリボン302「逆境ナイン」(9人総当り戦1分勝負、全72試合)・イサミレッスル武闘館にて、対成宮真希戦で初勝利。

人物

  • 練習生としては宮城もちより早かったが、デビュー直前に足の怪我等で遅れ、また、アイスリボンや19時女子プロレスでのエキシビジョンでも結果を出せなかったこともあり、デビューが大幅に遅れてしまった。

タイトル歴

  • 第846代アイアンマンヘビーメタル級王座










 
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