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プロレス/格闘技
誕生日/忌日
3/3



徳光 和夫
1941/3/10〈戸籍上)
実際は3/3

東京市(現・東京都特別区)目黒区出身のフリーアナウンサー、タレント、司会者。日本ドッジボール協会顧問、株式会社ソニー・ミュージックアーティスツ顧問。オフィス ラ・メール所属。マネジメントはソニー・ミュージックアーティスツと業務提携。元日本テレビ(日テレ)アナウンサー。現在は神奈川県茅ヶ崎市在住。血液型B型。海城高校、立教大学社会学部卒業。夫人は徳光早苗。2男あり。
  • 若手時代からプロレス中継を担当していた時期が長く、プロレス関係者との交友も深い。特にジャイアント馬場との友誼関係は深かった。上田馬之助とは上田の若手時代から親しく、徳光は上田のことを「馬さん」と呼んでいる。スポーツ中継で、「全国一千万人の○○ファンの皆様、こんばんは」の名文句があるが、これを言ったのは徳光による「全国一千万人のプロレスファンの皆様こんばんは」が元祖だった。言ったことについては、「ファンはこれぐらい言っておかないと失礼にあたる」といった趣旨から。





マッハ文朱
1959/3/3

日本の女優、タレント、歌手、司会者。元女子プロレスチャンピオン。本名は渡辺 文枝。熊本県熊本市生まれ、熊本県天草郡大矢野町(現・上天草市)出身。血液型はB型、身長180cm。
小学校時代に東京都葛飾区に転居、葛飾区立半田小学校 - 葛飾区立金町中学校 - 東海大学付属望星高等学校卒業。1993年、中国系アメリカ人ロバート・チャンと結婚。現在、2人の娘の母。

来歴

歌手志望で『スター誕生!』に出場し、決戦大会(本戦合格者が出場する、芸能事務所・レコード会社参加の最終審査)まで進出したが、スカウトのプラカードは挙がらず失格となった。同決戦大会に山口百恵が出場していたことから“山口百恵に敗れた”と表されることもある。しかし審査は個別に行われるもので、一度の決戦大会で一人しか合格できないわけではない。百恵に20社のスカウトが集中したという影響が全く無いとは言い切れないが、百恵と直接的な関係はない。

その後一転してプロレス(全日本女子プロレス)に入門(15歳)。リングネーム「マッハ文朱」は、巴ゆき子の命名による。180cmという長身、ルックスの良さ、もって生まれたスター性、前述のごとく歌も歌えること(後述)などからすぐに注目され、旗揚げ後苦難が続いた同団体初のアイドルスター選手となり、従来の女子プロレスのイメージを変え、TVの人気も上がり、同団体の経営が確立した。圧倒的な体格・体力だけでなく、格闘技歴があったため、相手選手を壊さないように気をつけながらリングに上がっていたと本人は発言している。

1975/3/19、WWWA世界シングル王座(第17代)獲得。同年4/15、赤城マリ子とのタッグでWWWA世界タッグ王座(第61代)獲得。選手として強いだけではなく、プロの歌手としてレコードも出し、それをヒットさせ、試合後にリングで歌を披露するなど、それまでの女子プロレスラーにはなかった明るいアイドル性も備えており、女性ファンも多数獲得した。マッハの活躍で全日本女子プロレスの隆盛が始まり、後のビューティ・ペアやクラッシュギャルズの雛形的な存在だったと言える。同年、東映映画『華麗なる追跡』で映画デビューも果たした。

1976年にプロレスを引退。つまりプロレス在籍はわずか2年程度であり、本当に芸能界入りへの「腰掛け」として使ったといえる。超人気選手が17歳で引退するなどは普通は考えられないことである。すぐに人気タレントとなる。映画『トラック野郎 天下御免』(シリーズ4作目)に女ミキサー運転手として出演、菅原文太を投げ飛ばす。

1977年に東京12チャンネルと契約してリング復帰。異種格闘技戦を戦うが、長続きしなかった。

空手初段であり、大山倍達の指導を受けた経験を持つ。旧UWF勢が新日本プロレス参戦していた、1986年6月12日新日本プロレス大阪城ホール大会で、前田日明が縦回転のニールキック(胴廻し回転蹴り、浴びせ蹴り)で藤波辰巳らを大流血に追い込んだ件を、一緒にラジオ番組を担当していた林家しん平に聞かれた際、「あれは空手の技。私も女子格闘技世界選手権(前述の東京12チャンネルか)で使ったことがある。でも、プロレスの試合で出すものじゃない。」とコメントしていた。空手の他に、柔道初段、合気道3段も取得している。

一時期タレント業を休業し、アメリカ・ペパーダイン大学に留学。健康心理学を専攻する。

出演

映画

  • 華麗なる追跡(東映、1975年)
  • トラック野郎 天下御免(東映、1976年)須田雅美 役
  • ドカベン(東映、1977年)夏川夏子 役
  • 宇宙怪獣ガメラ(大映、1980年)キララ 役 - 映画初主演
  • 火の鳥鳳凰編
  • マルサの女(東宝、1987年)秋山 役
  • マルサの女2(東宝、1988年)秋山 役
  • 肉体の門(東映、1988年)ビッグママお京 役
  • ドラえもん のび太の南海大冒険(東宝、1998年)ジャック 役

テレビドラマ

  • ベルサイユのトラック姐ちゃん(テレビ朝日系・東映制作、1976年)朱美 役
  • 晴れのち晴れ(TBS、1977-1978年)
  • 遠山の金さん 第65話「りんどう花が嵐を呼んだ」(テレビ朝日、1977年)
  • 黄土の嵐(日本テレビ、1980-1981年)十三妹役(レギュラー)
  • 消防官物語・風に立て(TBS、1981-1982年)
  • ここまでは他人(TBS、1981年)
  • 人情紙風船(TBS系・毎日放送制作、1982年)
  • 大奥 第38話「大奥のメリークリスマス」(関西テレビ、1983年) 紫野 役
  • 西田敏行の泣いてたまるか 第5話「故郷は緑なりき」(TBS、1986年)
  • ザ・スクールコップ(フジテレビ、1988年)石川明子 役
  • 十九歳(NHK総合、1989年)教師・川口 役
  • まさか、私が(フジテレビ系・東海テレビ制作、1991年)

クイズ番組

  • シャープ・スターアクション(日本テレビ)
  • 連想ゲーム(NHK総合)
  • チャレンジQ(関西テレビ)司会役
  • 霊感ヤマカン第六感(テレビ朝日系・朝日放送制作)
  • 笑って許して!!(日本テレビ)
  • 象印クイズ ヒントでピント(テレビ朝日)
  • クイズ!!ひらめきパスワード(TBS系・毎日放送製作)

バラエティ

  • ドカドカ大爆笑(テレビ朝日)
  • 激突!お笑いルーレット(フジテレビ系・関西テレビ制作)司会役
  • 街かどテレビ11:00(TBS)
  • パソコントラベル君ならどうする(TBS)司会役
  • 笑っていいとも!テレフォンショッキング(フジテレビ)

その他のテレビ番組

  • 夜のヒットスタジオ 第335回(フジテレビ、1975年) - レスラー時代に出演し「花を咲かそう」を歌った。
  • とびだせ!パンポロリン(テレビ朝日)
  • 全日本ジュニア歌謡選抜(TBS系・毎日放送制作)司会役
  • 徹子の部屋(テレビ朝日)
  • 一枚の写真(フジテレビ)
  • 晴ればれハローショッピング(主に独立UHF局)- 山田隆夫とともに司会、進行を担当。以前は吉村明宏と担当していた。
  • マッハ文朱のすこやか達人倶楽部

テレビCM

  • キスカ(花王)
  • カネヨン(カネヨ石鹸)
  • 焼肉のたれ(エバラ食品工業)

舞台

  • オー!!キャリアガール(1979年)
  • マグノリアの海賊(新宿 シアターアプル、1991年)ルネ 役

ディスコグラフィー

レスラー時代

  • 「花を咲かそう」
  • 「よろしくね」

タレント転向後

  • 「愛は未来へ…」
  • 「ダンズビロック」
  • 「ハッスルおばあちゃん」(のこいのこの「ハッスルばあちゃん」とは別曲)
  • 「森のカーニバル」
  • 「燃える青春」
  • 「今日はPON PON」
  • 「横浜模様」
  • 「もういいよ」

タイトル歴

  • WWWA世界シングル王座 - 第17代(最年少戴冠記録:16歳0か月 / デビュー後最短戴冠記録:7か月)
  • WWWA世界タッグ王座 - 第61代、第62代(&赤城マリ子)

著書

  • マッハ式やせてびっくり! - 私はこうして20キロやせた(講談社、1982年5月)
  • マッハのバナナビクス(堀事務所、1984年1月)
  • マッハ流痴漢ゲキタイ法 - 女のコの護身術(主婦の友社、1984年1月)
  • マッハのハトムギ美人になろうよ - やせる+美肌(主婦の友社、1985年3月)
  • マッハ式座弾&ダイエット - これはやせる!(講談社、1986年7月)
  • 女をみがくスパ式心身美容法 - 心と体をシェイプアップする新ダイエット(講談社、1992年9月)

 
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