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プロレス/格闘技
誕生日/忌日
5/1


 
 


 
 

サムソン・クツワダ
1947/5/1 - 2004/10/12

北海道江別市出身で朝日山部屋所属の元大相撲力士、日本プロレスおよび全日本プロレス所属の元プロレスラー。本名は轡田友継(くつわだ ともつぐ)。四股名は二瀬海(ふたせうみ)、最高位は幕下23枚目。プロレスラー時代は身長190cm、体重120kg。

来歴

1962年1月場所に轡田の四股名で初土俵、1964年1月場所に二瀬海に改名したものの伸び悩み、幕下23枚目の番付となった1967年9月場所限りで廃業した。ちなみに、9月場所は休場で、実質土俵を務めたのは7月場所限り。

大相撲の廃業後、1967年8月に日本プロレスへ入門しジャイアント馬場の付き人となった。1972年10月には全日本プロレスの旗揚げに参加。韓国遠征ではマスクをかぶって覆面レスラーとなりタイガーマスクのリングネームで人気を博し、オーストラリア遠征ではグレート・トージョー(東条)のリングネームで活躍した。

1976年10月には高千穂明久(後のザ・グレート・カブキ)とのコンビでアジアタッグ王座を奪取、グレート小鹿と大熊元司の極道コンビなどを相手に2回の防衛に成功した(高千穂もオーストラリア遠征経験者だったので豪州コンビとよばれた)。シングルでもチャンピオン・カーニバルに再三出場しており、全日本期待の若手の一人であった。

1977年にはジャンボ鶴田とともに新団体設立に動いたが、それが発覚して全日本プロレスを解雇された(この裏事情は解雇当時は公表されず、平成になってからカブキのインタビューで明らかになった)。

2004年10月12日、急性骨髄性白血病のため死去。

 
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ロッシー小川
1957/5/1

千葉県出身の実業家・イベントプロデューサーで、本名は小川 宏(おがわ ひろし)。プロレス団体「アルシオン」元社長で、2010年からは「スターダム」代表取締役社長。

経歴

東京写真専門学校(現・専門学校東京ビジュアルアーツ)在学中に全日本女子プロレスにかかる写真を非公式で撮影していたが、それがパンフレットで使用され、やがて全女の専属カメラマンとなる。

卒業後の1978年、広報として全女に正式入社。

後にクラッシュギャルズのマネージャーを務め、企画広報部長となり、団体対抗戦を考案するなど、松永家に次いで全女で強い影響力を持っていた。

しかし、全女の経営不安が表に出ると、松永家と対立。1997年に全女を退社し、一部所属選手を引き連れて新団体「アルシオン」を旗揚げする。しかしアルシオンもトラブル続きで崩壊。

その後新団体「AtoZ」エージェントとなり、小宮明夫と「KOプロダクション」を設立して「JDスター女子プロレス」と提携、そして外部スタッフとなる。

JD解散後、JD所属レスラーであった風香の自主興行「風香祭」をプロデュースする。一方、ミル・マスカラスを始めとした覆面レスラーによる興行「仮面貴族FIESTA」にも関わっている。

風香引退直後の2010年4月にメキシコのレスラーを招いたイベント「エストレージャ☆ジャパン」をプロデュース。 グラビア・アイドル愛川ゆず季のプロレス・デビュー戦「ゆずポン祭」をプロモート&プロデュースし大成功を収めた。

2011年1月23日、新団体「スターダム」を旗揚げ。

著書

  • 『全女がイチバーン!』
  • 『やっぱり全女がイチバーン!』
  • 『女子プロレス崩壊危機一髪』

ロッシー小川





デビッド・テイラー
"Squire" David Taylor
1957/5/1

イギリス・ヨークシャー出身のプロレスラー(生年は1955年ともされる)。

デイブ・テイラーDave Taylor)の名義でも知られる。1990年代よりアメリカに進出し、WCWやWWEで英国貴族ギミックのヒールとなって活動した。

来歴

オリンピック選手でもあった祖父ジョーとプロレスラーの父エリックの指導を受け、1974年にスウェーデンでデビュー。

1977年1月には、ピート・ロバーツとの英国人コンビで新日本プロレスの『新春黄金シリーズ』に初来日している。同シリーズはスタン・ハンセンが新日本マットに初参戦したことで知られているが(シリーズのエースはタイガー・ジェット・シン)、テイラーはシリーズ開幕から1週間後に急性盲腸炎を患い、日本で摘出手術を受けて緊急帰国を余儀なくされた。なお、昭和期の新日本プロレスには1985年3月の『ビッグ・ファイト・シリーズ第2弾』にも来日している。

イギリスではリヴァプールを拠点とするオールスター・プロモーションズ(現在のAll Star Wrestling)を主戦場とし、1991/4/6にはデイブ・フィンレーからブリティッシュ・ヘビー級王座を奪取。オットー・ワンツが主宰するドイツのCWAにも遠征し、同年12/21にクリス・ベノワ、1993/7/18にミレ・ツルノをパートナーに、同団体認定の世界タッグ・タイトルを2度に渡って獲得した

1995年にアメリカへ渡り、WCWにて同じく英国出身のロード・スティーブン・リーガル(現ウィリアム・リーガル)が結成していたタッグチーム・ユニット、ブルー・ブラッズThe Blue Bloods)に加入。スクワイアSquire)をニックネームに、リーガルのパートナーとなって嫌味な英国紳士のヒールを演じた。以降、1990年代後半はWCWを主戦場に、リーガル、クリス・アダムス、英国時代のライバルでもあったデイブ・フィンレーらと共闘。1996年10月にはWCWとの提携ルートで新日本プロレスに久々に来日し、リーガルとのコンビで『SGタッグリーグ戦VI』に出場した。1997/11/23にミシガンで行われたPPV "World War 3 1997" にもリーガルと組んで出場し、スタイナー・ブラザーズ(リック&スコット・スタイナー)のWCW世界タッグ王座に挑戦している。

2001年のWCW崩壊後はWWFと契約し、当時WWFのファーム団体だったOVWのトレーナーを担当。レスラーとしてもWWFのダーク・マッチに度々出場した。2004年にはTNAにも登場したが、2006年よりWWEと再契約。ファーム団体DSWのトレーナーを経てスマックダウンの所属選手となり、WCW時代の盟友ウィリアム・リーガルとブルー・ブラッズのギミックを再現し、WWEタッグ王者のブライアン・ケンドリック&ポール・ロンドンと抗争。2007年4月からはケインとの抗争アングルも展開された。

リーガルのRAW移籍後はポール・バーチルやドリュー・マッキンタイアとコンビを組んでいたが、2008/4/28にWWEを解雇された。以降はイアン・ロッテンが主宰するIWAミッドサウスやチカラなどのインディー団体に単発参戦している

獲得タイトル

  • ブリティッシュ・ヘビー級王座:2回
  • CWA世界タッグ王座:2回(w / クリス・ベノワ、ミレ・ツルノ)
  • CWFミッドアトランティック・ヘビー級王座:1回
  • ヨーロピアン・ヘビー級王座:1回





加藤 鷹 
1962/5/1

日本のAV男優、タレント。10-POINT所属。

AV男優業で築いた知名度を生かし、タレント活動や著述活動も積極的に行っている。身長180cm、体重68kg、ペニスの長さは勃起時17cm。芸名は加藤 正行だったが、のち正式に加藤鷹と改名。愛称は「たかちゃん」。

2005/12/2
チョコボール向井興行
新宿FACE

加藤鷹デビュー戦
マスクド・コロッセオvs加藤鷹 w/SEXYタレント

D東郷&守部宣孝vsはやて&マンモス佐々木

ジャガー横田vsファング鈴木

※休憩・インフォメーション=宝月ひかる
※ハヤブサ・トークショー&ミニライブ

ミックスド・タッグ:竹迫望美&Xvsザ・ブラディー&X
※Xはドラゴンドア所属選手(男)

バトラーツルール:チョコボール向井vs石川雄規

  



ソチ 浜田
1970/5/1

メキシコの女子プロレスラーである。本名:ゾーチル・グアダルーペ・ハマダ・ビヤッレアル(Xóchitl Guadalupe Hamada Villarreal)。タマウリパス州ヌエボラレド出身。父はグラン浜田。浜田文子は妹。現在の夫はペンタゴン・ブラック。

人物

母国でブルー・パンテルのトレーニングを受けた後、16歳でジャパン女子プロレスに留学生として来日。1986/9/5、後楽園ホールでのジャッキー佐藤戦でデビュー。

翌1987年、ミスAと組んで復活した太平洋岸タッグ王座を王座。

一度帰国してEMLLマットに上がり、1990年に再来日してユニバーサル・プロレスリング旗揚げに参加。

1993/3/23、アレナ・メヒコでブル中野を降し第2代CMLL世界女子王座を奪取。

その頃、シルバー・キングと結婚。一児を設けるが離婚。その後フランキーと再婚も、やはり離婚。そしてペンタゴン・ブラックと3度目の結婚。

一方、日本ではみちのくプロレスやJd'のマットで戦うが、2000年に妹・文子が所属するアルシオンに参戦。引退試合の相手を文子が買い、保持していたクイーン・オブ・アルシオンをかけて行われた。試合は敗戦。

引退後は帰国して家庭に入っていたが、2005年より夫ペンタゴンとのタッグで復帰。現在はテキサス州に住み、不定期で試合に出場している。

2008年、文子のデビュー10周年記念大会で久々の来日を果たす。

タイトル歴

  • AAA Reina de Reinas王座
  • CMLL世界女子王座
  • 太平洋岸タッグ王座(パートナーはミスA)
  • NWE世界女子王座





ジョー・ルダック
Jos LeDuc
1944/8/31 - 1999/5/1

ミシェル・ピジョンMichel Pigeon)は、カナダのプロレスラー。ケベック州モントリオール出身のフランス系カナダ人。ネルシャツとジーンズをコスチュームに、カナダのランバージャックをギミックとしたパワーファイターとして、カナダ各地をはじめアメリカ合衆国の主要テリトリーや日本でも活躍した。

来歴

ケベックの警察官を経て、同郷のポール・ルダックの勧めでプロレスラーに転向。1968年のデビュー後はポールの弟のジョー・ルダックを名乗り、ルダック・ブラザーズとして地元のモントリオールやカルガリーなどカナダの激戦区を転戦する。シングルでもモントリオールIWAのインターナショナル・ヘビー級王座を獲得し、マッドドッグ・バションやキラー・コワルスキーなどのビッグネームとも対戦した。1971年3月には日本プロレスの第13回ワールドリーグ戦に初来日。翌1972年3月の第14回大会にも、リングネームをカナディアン・ランバージャックCanadian Lumberjack)に変えて連続出場している。

1973年より、ポールとのコンビでアメリカ南部のフロリダ地区に参戦。ベビーフェイスの兄弟チームとして活動し、当時まだヒールだったダスティ・ローデスとディック・スレーターのコンビからNWAフロリダ・タッグ王座を奪取した。

ポールとのタッグ解散後、1976年にAWAに登場。ラリー・ヘニングと組んでブラックジャック・ランザ&ボビー・ダンカンのAWA世界タッグ王者チームに再三挑戦した。1978年はテネシー州メンフィスのCWAでジェリー・ローラーやモンゴリアン・ストンパーと抗争。この時期よりヒールに転向し、1979年は古巣のフロリダにて、同地区のヒーローとなっていたダスティ・ローデスと遺恨試合を展開した。フロリダではハーリー・レイスのNWA世界ヘビー級王座にも挑戦している。

1979年10月には国際プロレスへの参戦で久々の来日を果たし、ラッシャー木村のIWA世界ヘビー級王座に挑戦(このときの来日では、全日本プロレスのシリーズ開幕戦にも出場している)。翌1980年4月にも国際に再来日したが、同時参加していたマイク・ジョージの活躍に食われて精彩を欠き、目立った戦績を残すことはできなかった。

1981年はニュージーランドに遠征し、マーク・ルーインと英連邦ヘビー級王座を巡る抗争を展開。アメリカに戻るとアラバマ地区でテリー・ゴディやジャック・ルージョーら若手とサウスイースタン・ヘビー級王座を争った。1982年からはジム・クロケット・ジュニアの運営するノースカロライナのNWAミッドアトランティック地区に進出。9月にジミー・バリアントを破りTV王座を獲得するが、不正があったとしてタイトルを剥奪された。翌1983年4月には同地区との提携ルートで全日本プロレスに来日。帰国後の4月30日、ディック・スレーターを十八番のランバージャック・デスマッチで葬り、TV王座に返り咲いた。

以降もフロリダ、アラバマ、テネシー、ジョージア(ジム・バーネットのジョージア・チャンピオンシップ・レスリング)など南部エリアを転戦しつつ、地元のモントリオールにも凱旋し、リック・マーテルとのコンビでロード・ウォリアーズとも対戦。1986年にはプエルトリコのWWCに参戦してブルーザー・ブロディと流血戦を演じた。1988年下期は、ザ・ヘッドバンガーThe Headbanger)のリングネームでWWFにも登場(ハルク・ホーガンの主演映画 "No Holds Barred" にも出演)。1989年12月にはFMWに来日し、ディック・マードックとの外国人同士のチェーン・デスマッチを行った。1990年代もインディー団体へのスポット出場を続け、1992年にはジム・コルネットが主宰するSMWに登場した。

1999年5月1日、肺感染症のため死去。54歳没。生涯最後の試合は1995年6月10日、テネシー州メンフィスのUSWA(かつて主戦場としていたCWAの後継団体)で行われたイベント "Memphis Memories II" における、フィル・ヒッカーソンと組んでの旧敵ジェリー・ローラー&ジミー・バリアント戦だった。

獲得タイトル

スタンピード・レスリング(カルガリー)
  • NWAインターナショナル・タッグ王座:1回(w / ポール・ルダック)
GPW / IWA(モントリオール)
  • GPWタッグ王座:2回(w / ポール・ルダック)
  • IWAインターナショナル・ヘビー級王座:1回
  • IWAインターナショナル・タッグ王座:1回(w / Tony Baillargeon)
CWF(フロリダ)
  • NWAフロリダ・タッグ王座:1回(w / ポール・ルダック)
  • NWAフロリダ・ヘビー級王座:3回
  • NWA南部ヘビー級王座:1回
  • NWA USタッグ王座:3回(w / ソー・ザ・ヴァイキング、パク・ソン、ドン・ムラコ)
CWA(テネシー)
  • NWA南部タッグ王座(ミッドアメリカ版):1回(w / ジャン・ルイ)
  • AWA南部タッグ王座:1回(w / ジェリー・ローラー)
  • AWA南部ヘビー級王座:2回
SECW(アラバマ)
  • NWAアラバマ・ヘビー級王座:1回
  • NWAサウスイースタン・ヘビー級王座:6回
  • NWAサウスイースタン・タッグ王座:5回(w / ボブ・アームストロング×2、ロバート・フラー×3)
その他
  • NWA TV王座(ミッドアトランティック版):2回
  • NWA英連邦ヘビー級王座(ニュージーランド版):2回
  • WWC北米ヘビー級王座:1回













 
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