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プロレス/格闘技
誕生日/忌日
5/15


 
 


 
 

ケビン・フォン・エリック
Kevin Von Erich
1957/5/15

アメリカ合衆国の元プロレスラー。本名はケビン・ロス・アドキッセンKevin Ross Adkisson)。「鉄の爪」フリッツ・フォン・エリックの息子(次男。レスラーのエリック兄弟としては長男)である。

エリック・ファミリーでは唯一シュ-ズを履かず素足でファイトしていた。

来歴

ノース・テキサス大学でアメリカンフットボールの選手として活躍後、1976年にデビュー。1978年にブルーザー・ブロディを破ってNWAアメリカン・ヘビー級王座を獲得。1979年にはディック・マードックを破りNWA世界王座への登竜門であるミズーリ・ヘビー級王座を獲得した。

1979年5月に全日本プロレスに初来日。1981年5月の再来日では弟デビッドとのタッグでグレート小鹿&大熊元司からアジアタッグ王座を奪取したが、シリーズ中に石川隆士&佐藤昭雄に破れ短命王者に終わった。

アメリカでは父フリッツの主宰するテキサス州ダラスのWCCWを主戦場に、1980年代前半は弟のデビッドやケリーと組んでファビュラス・フリーバーズやダイナミック・デュオ(ジノ・ヘルナンデス&クリス・アダムス)などと抗争した。

1985年からは新日本プロレスにケリーと共に参戦。藤波辰巳&木村健吾の持つWWFインターナショナル・タッグ王座に挑戦している。

WCCW(WCWA)ではブッカー業務も兼任し、1986年にはブラック・バートを破りWCWA世界ヘビー級王座を獲得したが、テリトリーの崩壊と共に1995年に引退。

プロレス業界からは完全に身を引いていたが、2009年4月4日にフォン・エリック・ファミリーとして父や兄弟たちと共にWWE殿堂入り。インダクター(プレゼンター)は、かつて抗争を繰り広げたフリーバーズのマイケル・ヘイズが務めた。

獲得タイトル

NWA(セントルイス・レスリング・クラブ)
  • NWAミズーリ・ヘビー級王座:1回
WCCW
  • NWAアメリカン・ヘビー級王座:5回
  • NWAテキサス・ヘビー級王座:2回
  • NWAテキサス・タッグ王座:2回(w / デビッド・フォン・エリック)
  • NWAアメリカン・タッグ王座:1回(w / デビッド・フォン・エリック)
  • NWA世界タッグ王座(テキサス版):1回(w / デビッド・フォン・エリック)
  • NWA世界6人タッグ王座(テキサス版):7回(w / デビッド、ケリー、マイク、フリッツ)
  • WCWA世界ヘビー級王座:1回
  • WCWA世界タッグ王座:3回(w / ケリー・フォン・エリック)
全日本プロレス
  • アジアタッグ王座:1回(w / デビッド・フォン・エリック)

 
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ロン・シモンズ
Ron Simmons
1958/5/15

アメリカ合衆国のプロレスラー。ジョージア州出身のアフリカ系アメリカ人。WWE所属時代のリングネーム、ファルークFaarooq)としての活躍で知られる。

来歴

元NFL選手。クリーブランド・ブラウンズに所属していた。アメリカンフットボール引退後、ヒロ・マツダのもとでトレーニングを積み1986年にプロレスラーとしてデビュー。NWAフロリダ(FCW)を主戦場とし、同年12/2にカリーム・モハメッドからフロリダ・ヘビー級王座を奪取、翌1987/1/20にバッドニュース・アレンに敗れるまで保持した。

1989年にNWA-WCWに参戦。テディ・ロングをマネージャーに、ブッチ・リードと黒人タッグチーム「ドゥーム」を結成、1990/5/19にリック&スコットのスタイナー・ブラザーズを下し世界タッグ王座を獲得した。1991年3月には新日本プロレスに初来日している。

リードとのチーム解散後はベビーフェイスのシングルプレイヤーとして活躍し、1992/8/2にビッグバン・ベイダーを破りWCW世界ヘビー級王座を奪取、WCW(NWA)史上初の、そして当時のアメリカン・プロレスにおいてボボ・ブラジル以来途絶えていた久々の黒人世界王者となった。

初期WCWではダスティ・ローデスともタッグを組むなどベビーフェイスのトップのポジションにいたが、エリック・ビショフらによる新体制への移行に伴い解雇される。1994年から1995年にかけてECWに参戦した後、1996年にヒールとしてWWF(現WWE)に登場。ネーション・オブ・イスラムをモチーフとした黒人至上主義軍団「ネーション・オブ・ドミネーション(NOD)」を率いた。アーメッド・ジョンソンやリージョン・オブ・ドゥームと抗争を展開したが、後にメンバーに加わったザ・ロックを売り出すWWFの方針により、1998年にNODからの追放アングルが組まれロックにリーダーの座を譲ることになる。

NOD追放後はベビーフェイスに転向するも中堅のポジションに甘んじていたが、1998年に「アコライツ」なるタッグチームをブラッドショーと結成。これが再浮上のきっかけとなり、以降ブラッドショーとは2004年まで行動を共にした。アコライツとして、ジ・アンダーテイカーのミニストリー・オブ・ダークネスにも参加している。

2000年からは、アコライツ改め「アコライツ・プロテクション・エージェンシー(APA)」を結成。酒場で葉巻を吸いながらポーカーを行い、金さえ積めば用心棒を引き受ける荒くれ者のギミックを演じた。ブラッドショーとのタッグでは、ケイン&Xパック、ハーディー・ボーイズ、ダッドリー・ボーイズらを破りWWFタッグ王座を通算3回獲得している。

その後体調の悪化等(タッグ戦に出場するも、一度もタッチを受けずにリングサイドで試合を終えたこともあった)により2004年3月からセミリタイア状態となり、ツアー宣伝部門のスタッフとして勤務。以降は裏方に徹し番組内に登場する機会はなかったものの、2006年10月のRAWにて、ジョン・シナのマイクパフォーマンス中に突如現れマイクを奪い、決め台詞の「Damn !」だけを言って去るという、電撃的な復帰を果たす。硬派なイメージの強いシモンズだったが、以後毎週のように要所要所で登場して「Damn !」とだけ言って去っていくコミカルなキャラクターを演じ人気を博した。

また、同年のPPVサバイバー・シリーズではリック・フレアー率いるレジェンドチームの一員としてリングに復帰。2007年9月からダークマッチを数回こなした後、9月末のヒートからシングルでのリング復帰を果たす。その後も番組制作に携わりつつ、対ジョバーでの秒殺劇ではあるものの継続して試合に出場していたが、2009年1月にWWEを解雇された。

2010/11/15、"Old School edition" と銘打って行われたスペシャル版のRAWにゲスト出演、バックステージでダンスを踊るダスティ・ローデス、テッド・デビアス、IRS、ジム・ドゥガン、タタンカ、アクサナ、マリースらの前で、久々に「Damn !」を発した。

獲得タイトル

FCW
  • NWAフロリダ ヘビー級王座 : 1回
NWA / WCW
  • NWA世界タッグ王座 / WCW世界タッグ王座 : 1回(w / ブッチ・リード)
  • WCW USタッグ王座 : 1回(w / ビッグ・ジョッシュ)
  • WCW世界ヘビー級王座  : 1回
※シモンズの同王座獲得は、前身のNWA世界ヘビー級王座を含め黒人レスラーでは初めての快挙だった。
WWE
  • WWF世界タッグ王座 : 3回(w / ブラッドショー)
MCW
  • MCW南部タッグ王座 : 1回(w / ブラッドショー)
OVW
  • OVW南部タッグ王座 : 1回(w / ブラッドショー)
大学フットボール
  • オレンジボウル殿堂

入場曲

  • Damn!
  • I'll Be Damn
  • A.P.A.'s Theme





久保木 寿江
1971/5/15

日本の元女子プロレスラー。身長168cm、体重70kg、血液型A型。茨城県潮来市出身。

経歴・戦歴

1989年
  • 12/6、栃木・真岡市民体育館において、対山元真由美戦でデビュー。




  

















 
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