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プロレス/格闘技
誕生日/忌日
9/2

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西村賢吾
1989/9/2

本名 西村賢吾、身長 173㎝、体重 70㎏、出身地 京都府亀岡市
デビュー 2009/6/27 MAKEHEN新木場大会 対 内田祥一
フリーランス、入場曲 夢 / The Nectars





帯広さやか
1986/9/2

日本の女子プロレスラー。北海道札幌市出身。Ustream中継プロレス団体19時女子プロレス代表。

所属

  • アイスリボン(2009年12月 - 2010年5月)
  • 19時女子プロレス(2010年5月29日 - )

経歴・戦歴

2010年
  • 4/29、アイスリボンイサミレッスル武闘館大会での対しもうま和美戦でデビュー。
  • 5/28、記者会見にて新団体「19時女子プロレス」旗揚げと、帯広の移籍・代表就任を発表し、翌29日、アイスリボン大会終了後のイサミレッスル武闘館にて19時女子プロレス・プレ旗揚げ戦(帯広対しもうま)。
  • 6/1、19時女子プロレスを正式に旗揚げ(帯広対真琴)。
  • 8/6、19時女子プロレス第29戦イサミレッスル武闘館大会の6人タッグマッチにて19時女子プロレスでの初勝利。
  • 8/21、アイスリボンイサミレッスル武闘館大会での6人タッグマッチにて初の自力ピンフォール勝ち(相手はさくらえみ)。JWP米山香織による「米山革命」に共鳴し、「米山革命(帯広)」を提唱。米山の持つJWP認定無差別級王座への挑戦をアピールする。
  • 9/19、JWP新宿FACE大会では、さくら対米山の敗者髪切りマッチ決着後にリング上に乱入。自分の髪を切るなどの必死の訴えにより、米山から新人としては異例の挑戦受諾を取り付ける。
  • 9/23、アイスリボン後楽園ホール大会で米山の王座に挑戦し、敗退。
  • 10/10、アイスリボン札幌テイセンホール大会「札幌リボン」にて、星ハム子との道産子タッグでさくらえみ・高橋奈苗のインターナショナル・リボンタッグ王座に挑戦し、敗退。
  • 12/12、JWP東京キネマ倶楽部大会において、悲恋の持つJWP認定ジュニア王座&POP王座への挑戦者決定トーナメント決勝戦を下野佐和子と戦うが、敗退。
  • 12/26、アイスリボン後楽園ホール大会のしもうま和美引退試合においてさくら・ハム子と組み、しもうま・高橋奈苗・夏樹☆たいよう組と対戦。変則的な丸めこみでしもうまからピンフォールを奪い、勝利。
2011年
  • 1/28、脱臼を繰り返していた右肩の手術のため、長期欠場することを発表。
  • 2/11、K-RIBBON(アイスリボンとKAIENTAI-DOJOの合同興行)イサミレッスル武闘館大会にてマリーンズマスクとストラックアウト形式で対戦。3-4で敗戦。
  • 2/20、右肩の手術のため長期欠場、一時帰郷する。
  • 4/23、北海道から蕨に戻り、しばらくはリハビリを兼ねて団体スタッフとして帯同する。
  • 5/6、19時女子プロレスのMCとして正式に復帰。

人物

  • 高校時代に見た北斗晶引退試合(2002/4/7GAEA JAPAN横浜文化体育館大会、北斗晶・里村明衣子 vs 長与千種・浜田文子戦)をきっかけに女子プロレスを好きになる。その後GAEA JAPANや我闘姑娘を視聴。
  • 一時期、野球に没頭。所属していたチームでは副将を務めた。
  • さくらえみらが参戦した2009/5/31NEO女子プロレス札幌テイセンホール大会に感銘を受け、プロレスラーになることを決意。
  • 19時女子プロレスに移籍後もアイスリボンの所属選手と行動を共にし、アイスリボンの興行にもレギュラー出場している。その他、コマンド・ボリショイの誘いを受けJWPにも参戦。
  • 「生きているのが奇跡とも思えるほどのドジ」と称され、そそっかしさをネタにされることが多い反面、それを逆手に取り、変則ロープワークなどで相手を撹乱するしたたかさも見せる。
  • しもうま和美の影響もあり、一生懸命でハイテンションなキャラクターを確立。必死に言葉を絞り出すマイクパフォーマンスで会場人気を博す。
  • 19時女子プロレス、アイスリボンで司会進行、リングアナ、レフェリーを務めることがあるが台詞を噛んだりすることがあるため、さくらえみから「帯る(帯った)」とよく言われる。
  • 襲ってくる眠気に対して我慢できず、すぐ寝落ちてしまうクセがある。

入場曲

  • 全開スタイル(Carry Smile)

 
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ジェイ・ヤングブラッド
"The Renegade" Jay Youngblood
1955/6/21 - 1985/9/2

スティーブン・ニコラス・ロメロSteven Nicolas Romero)は、アメリカ合衆国のプロレスラー。テキサス州アマリロ出身。

インディアン・ギミックのベビーフェイスとして活躍し、リッキー・スティムボートとのアイドル系タッグチームで大人気を博した。父親のリッキー・ロメロ、弟のマーク・ヤングブラッドとクリス・ヤングブラッドもプロレスラーである。

来歴

デビュー当時は地元テキサスのアマリロ地区にてシルバー・ストリークSilver Streak)のリングネームで活動、1976/2/27に父リッキー・ロメロとのコンビでNWAウエスタン・ステーツ・タッグ王座を獲得している。

その後、ジェイ・ヤングブラッドJay Youngblood)に改名し、オレゴンやワシントンをサーキット・エリアとする太平洋岸北西部のPNW(パシフィック・ノースウエスト・レスリング)にて活動。1977年10月には全日本プロレスに初来日、インディアン・レスラーの大御所ワフー・マクダニエルのパートナーを務めた。

1979年よりジム・クロケット・ジュニアの運営するノースカロライナのNWAミッドアトランティック地区に進出し、リッキー・スティムボートとタッグを結成。同年10月24日、ポール・ジョーンズ&バロン・フォン・ラシクを破り、ミッドアトランティック版のNWA世界タッグ王座を獲得した。以降、レイ・スティーブンス&グレッグ・バレンタイン、スティーブンス&ジミー・スヌーカなどのチームと激闘を展開し、同地区を代表する人気タッグチームとなる。1980/4/21にはニューヨークのWWFにもゲスト出場し、マディソン・スクエア・ガーデンのリングでトーア・カマタ&ブルドッグ・ブラワーから勝利を収めた。

1981年は単身で古巣のPNWをサーキットし、NWAパシフィック・ノースウエスト・ヘビー級王座を巡りバディ・ローズと抗争。1982年5月にはスティムボートと共に全日本に再来日、6/1に大仁田厚のNWAインターナショナル・ジュニアヘビー級王座にも挑戦した。全日本には同年11月の世界最強タッグ決定リーグ戦にもスティムボートとのコンビで出場、開幕戦でのスタン・ハンセン&ブルーザー・ブロディのミラクルパワーコンビとの対決は名勝負として語り草となった。

以降も本国ではNWAミッドアトランティック地区を主戦場にスティムボートと組んで活躍、1983年にはサージェント・スローター率いるコブラ・コープス(スローター、ドン・カヌードル&ジム・ネルソン)やブリスコ・ブラザーズ(ジャック・ブリスコ&ジェリー・ブリスコ)とNWA世界タッグ王座を争った。

1984年よりマーク・ヤングブラッドとのインディアン兄弟コンビでフロリダのCWF(チャンピオンシップ・レスリング・フロム・フロリダ)に参戦し、翌1985年1月1日には、クラッシャー・クルスチェフ&ジム・ナイドハートからNWA USタッグ王座を奪取。その後も同王座を巡り、ココ・B・ウェアとノーベル・オースチンのプリティ・ヤング・シングス(PYTエクスプレス)と抗争した。

同年9月2日、遠征先のニュージーランドで心臓発作を起こし死去。30歳没。

獲得タイトル

NWAウエスタン・ステーツ・スポーツ
  • NWAウエスタン・ステーツ・タッグ王座:1回(w / リッキー・ロメロ)
ジム・クロケット・プロモーションズ
  • NWA世界タッグ王座(ミッドアトランティック版):5回(w / リッキー・スティムボート)
  • NWAミッドアトランティック・タッグ王座:3回(w / ポークチョップ・キャッシュ、ジェイク・ロバーツ、リッキー・スティムボート)
パシフィック・ノースウエスト・レスリング
  • NWAパシフィック・ノースウエスト・ヘビー級王座:4回
  • NWAパシフィック・ノースウエスト・タッグ王座:1回(w / ジョー・ライトフット)
NWAオールスター・レスリング
  • NWAパシフィック・コースト・ヘビー級王座(バンクーバー版):1回
  • NWAカナディアン・タッグ王座(バンクーバー版):1回(w / ジョー・ベンチュラ)
メープル・リーフ・レスリング
  • NWAカナディアンTV王座(トロント版):1回
チャンピオンシップ・レスリング・フロム・フロリダ
  • NWA USタッグ王座(フロリダ版):2回(w / マーク・ヤングブラッド)





アレッシオ・サカラ
Alessio Sakara
1981/9/2

イタリアの総合格闘家。ローマ出身。アメリカン・トップチーム所属。

イタリア人として初めてUFCに参戦した選手であり、全身を覆うタトゥーが特徴的な選手である。

来歴

アマチュアボクシングではイタリアのジュニア王者・アマチュア王者となった。その後、ブラジリアン柔術を学ぶためにブラジルへ移住。

2002/11/15、M-1でローマン・ゼンツォフと対戦し、判定負け。

2004/10/23、Jungle Fight 3でアスエリオ・シウバに判定負け。

2005/10/7のUFC 55からUFCに参戦。ロン・フェアクロスと対戦するが、金的攻撃を受け続行不可能となり、無効試合となった。続くUFC 57ではエルヴィス・シノシックに判定勝ち。

2007/4/21、UFC 70でヴィクター・ヴァリマキにTKO勝ち。8/25、UFC 75でヒューストン・アレクサンダーと対戦し、TKO負け。

2008/3/1、UFC 82ではミドル級に落としてクリス・リーベンと対戦するもTKO負けを喫した。9/17、UFN 15にてジョー・ヴェデポにTKO勝ちを収め、ノックアウト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。

2009/8/8、UFC 101でターレス・レイチと対戦し、2-1の判定勝ちを収めた。

2010/3/21のUFC on Versus: Vera vs. Jonesでジェームス・アーヴィンと対戦。サカラが放った左フックがアーヴィンの右目に当たったため試合が中断したが、審議の結果拳による攻撃と判定され、レフェリーストップによるTKO勝ちを収めた。






上林愛貴
1976/9/2

日本の女子プロレスラー。北海道札幌市出身。REINA女子プロレス所属。

所属

  • FMW(1994年 - 1998年)
  • フリー(1998年 - 2000年)
  • K-DOJO(2000年 - 2001年)
  • フリーランス(2001年 - 2006年)
  • 伊藤薫プロレス教室(2006年 - 2010年)
  • フリーランス(2011年)
  • REINA女子プロレス(2011年 - )

プロフィール

FMW所属として1995年10月25日に上林愛貴の名前で鍋野ゆき江を相手にデビュー。1996年8月12日よりミス・モンゴルのリングネームで猛毒隊に加入し活躍の後に退団、その後KAIENTAI-DOJOの師範代として設立に関わった後フリーランスとなりAkyに改名し、伊藤道場入り後は本名に戻した。

2001年、キャットファイト団体「Cat Panic Entertainment」(CPE)を立ち上げ、レスラー兼プロデューサーとして運営にも関わっている。

また、グレプロ及び北都プロレスではラ・マルクリアーダという覆面レスラーとして活躍している。

入場テーマ曲

  • 「ジンギスカン」

特記

  • 天才・たけしの元気が出るテレビ!!の女子プロ予備校出身であり、同番組企画の出身者には元気美佐恵・シュガー佐藤・市来貴代子がいる。

  



小倉由美
1967/9/2

日本の女子プロレスラー。全日本女子プロレスの中心選手として活躍したアイドルレスラー。

経歴

  • 1983年、デビュー ニックネームは『ゴンゴン』。
  • 小柄だったが、健気に戦う姿がファンに愛された。
  • 入門して間もない頃、TBS系連続ドラマ「輝きたいの」にもレギュラー出演。
  • 元WWWA世界タッグ王者(パートナーは84代・永堀一恵、88代・小松美加)。第8代全日本選手権、初代・第3代全日本タッグ選手権も保持(ともにパートナーは永堀(タッグチーム「レッド・タイフーンズ」と名乗る))。主にタッグ戦線で活躍した。
  • 後輩の面倒見がよく、アジャ・コングや下田美馬らをかわいがった
  • 1987年4月、永堀と組んで王者宇野久子・堀田祐美子組に挑戦したWWWA世界タッグ戦において宇野に対しセカンドロープからのツームストン・パイルドライバーを仕掛け、首を骨折する重傷を負わせる(初めから怪我させる為に仕掛けた訳でなく、病院に運ばれる宇野へ号泣し謝罪している)。
  • その後も小松とのタッグでファイヤージェッツからWWWA世界タッグを奪取しJBエンジェルスや外人ペアから防衛しその後敗れはしたもののクラッシュギャルズの挑戦を受けるなどして活躍したが1990/12/8、後楽園ホールにて同期生ブル中野と引退試合(5分エキシビジョン)を行う。試合は5分ジャスト、ジャーマン・スープレックスで小倉のフォール勝ち。クラッシュの2人や同期らも駆けつけた試合後の引退セレモニーではかつて重傷を負わせた北斗晶やアジャ・コングが号泣しながら花束を贈呈していた。引退後、一時期覆面レスラー・ハイパーキャットとして1年間カムバックしている。
  • 2003年の全女35周年記念大会にて「松永俊国メモリアルマッチ 極悪同盟復活」と称し、小倉由美としての一日限定復活を果たした。

タイトル

  • WWWA世界タッグ王座





トレイシー・スマザーズ
"The Main Man" Tracy Smothers
1962/9/2

アメリカ合衆国のプロレスラー。ジョージア州アトランタ生まれ、テネシー州ナッシュビル出身。

若手選手時代はアイドル系のベビーフェイスとして活躍し、キャリアを積んでからはハードコア・レスリングにも対応できる技巧派の中堅ヒールとなって各団体に参戦した。近年はトレーナーとしても活動している。

来歴

ファビュラス・ワンズのスティーブ・カーンとスタン・レーンのコーチを受け、1982年にデビュー。地元テネシー州メンフィスのCWAにて活動後、1987年にボブ・アームストロングの息子スティーブ・アームストロングをパートナーに、NWAフロリダ地区でサザン・ボーイズThe Southern Boys)を結成。ベビーフェイスの若手タッグチームとして、テネシーやアラバマなどの南部を主戦場に活躍した。

1988年7月には揃って新日本プロレスに初来日。軽快な空中殺法とイキのいいファイトスタイルで好評を博し同年11月の『'88ジャパンカップ・シリーズ』では、ジョージ高野を加えたトリオでエリミネーション方式の6人タッグ・リーグ戦に参加した。1989年4月の来日時は、和歌山にてアントニオ猪木とのシングルマッチも行われている。

1990年、ヤング・ピストルズThe Young Pistols)のチーム名でWCWに進出し、マイケル・ヘイズとジミー・ガービンのファビュラス・フリーバーズを相手に抗争を展開、1991/11/5にはUSタッグ王座を獲得、翌1992/1/14にロン・シモンズ&ビッグ・ジョッシュに敗れるまでタイトルを保持した。

アームストロングとのコンビ解散後は、ジム・コルネットが主宰していたノックスビルのスモーキー・マウンテン・レスリングに参戦。"The Wild Eyed Southern Boy" をニックネームに、プライムタイム・ブライアン・リーやクリス・キャンディードと抗争した。その間、1993年1月にジェイソン・ザ・テリブル(ラファエル・ロドリゲス)の偽者に変身してW★INGプロモーションに来日。同年11月には全日本プロレスの『世界最強タッグ決定リーグ戦』にリチャード・スリンガーと組んで出場している。

1995年はIWAジャパンに来日し、9/29にカクタス・ジャックとのコンビでザ・ヘッドハンターズから世界タッグ王座を奪取。同時期、アメリカでは当時WWFのマイナーリーグ的な団体になっていたUSWAを主戦場に活動、1996年にはシャキール・アリShaquille Ali)なるイスラム名のヒールとなり、PG-13(J・C・アイス&ウォルフィー・D)やサー・モハメッドらによるネーション・オブ・ドミネーションに加入。同年下期からはWWFにも出場したが、ファルークをリーダーに再編されたWWF版ネーション・オブ・ドミネーションのメンバーには起用されず、フレディ・ジョー・フロイドFreddie Joe Floyd)のリングネームでベビーフェイスのジョバーを務めた。

1997年、リングネームをトレイシー・スマザーズに戻し、"The Main Man" のニックネームでECWに登場。イタリア系の出自ではないのにもかかわらず、フル・ブラッデッド・イタリアンズに加入して再びヒールに転向する(自身のホームタウンであるテネシー州ナッシュビルをイタリアの都市だと主張し、出身地を "Nashville, Italy" としていた)。以後、タッグパートナーのリトル・グイドーおよびマネージャーの "ザ・ビッグ・ドン" トミー・リッチとのトリオで活動し、同年10/18にはグイドーとのコンビでニュー・ジャック&ジョン・クローナスからECW世界タッグ王座を奪取した。

ECWには2000年まで在籍し、同年4月にはFMWに来日。以降はXPWやIWAミッドサウスなど各地のインディー団体を転戦し、2005年はシェーン・ダグラスがプロデュースしたECWのリユニオン・イベント "Hardcore Homecoming" に連続参加。2007年からはインセイン・クラウン・ポッシーが主宰するJCWに参戦している。2008年8月にはレイヴェンらと共にXWFの旗揚げ興行に出場。2010/8/8には、TNAの主催によるECWリユニオン興行 "Hardcore Justice" にて、リトル・グイドーやトニー・ママルークとフル・ブラッデッド・イタリアンズを再結成した。

獲得タイトル

CWA
  • NWAミッドアメリカ・ヘビー級王座:2回
  • CWAタッグ王座:1回(w / ジョン・ポール)
NWA
  • NWAフロリダ・タッグ王座:1回(w / スティーブ・アームストロング)
  • NWAコンチネンタル・タッグ王座:1回(w / スティーブ・アームストロング)
WCW
  • WCW USタッグ王座:1回(w / スティーブ・アームストロング)
SMW
  • SMWヘビー級王座:2回
  • SMWビート・ザ・チャンプTV王座:3回
  • SMWタッグ王座:1回(w / ダーティ・ホワイト・ボーイ)
USWA
  • USWA世界タッグ王座:2回(w / ジェシー・ジェームズ・アームストロング)
IWAジャパン
  • IWA世界タッグ王座:1回(w / カクタス・ジャック)
ECW
  • ECW世界タッグ王座:1回(w / リトル・グイドー)
OVW
  • OVW南部タッグ王座:1回(w / スティーブ・アームストロング)
IWAミッドサウス
  • IWAミッドサウス・ヘビー級王座:1回
  • IWAミッドサウス・タッグ王座:1回(w / クリス・ハムリック)

育成選手

  • ノラ・グリーンウォルド
  • コーポラル・ロビンソン
  • クリス・ヒーロー
  • ブライアン・ダニエルソン
  • J・C・ベイリー




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