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9/9

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下野佐和子
1988/9/9

鹿児島県薩摩郡出身。OSAKA女子プロレス所属。但し所属団体の興行だけでは試合数が少ないため、プロレスリングWAVEを中心とする東京の団体や大阪プロレスなどにも多く参戦している。

来歴・戦歴

2009年
  • 12/23、プロレスリングWAVE・大阪大会で初エキシビション。
2010年
  • 3/21、OSAKA女子プロレス旗揚げ戦となる世界館大会の対花月戦でデビュー。異例となるメインエベンターとしてのデビュー戦であったが、バックフリップで敗戦。
  • 3/24、WAVE新木場大会で東京初試合。桜花由美にエビ固めで敗戦。
  • 4/18、DEP世界館大会でHARU。から腕ひしぎ十字固めでシングル初勝利。
  • 5/15、NEO(板橋)初参戦。松本浩代に片エビ固めで敗戦。
  • 5/16、JWP(東京キネマ倶楽部)初参戦。昼の部では新人黒木千里と対戦もエビ固めで初勝利を献上。しかし夜の部でのタッグマッチではなんでやねんでリベンジを果たし、タッグ初勝利(下野のパートナーはGAMI、黒木のパートナーはコマンド・ボリショイ)。以来、黒木とライバル関係になる。
  • 5/30、WAVE主催「Catch the WAVE」に出場。
  • 6/20、ZERO1(ツッキードーム)初参戦。HARUの体固めで敗戦。
  • 10/17、OSAKA女子世界館大会。勇気彩と組んで、華名&弁天娘と対戦し、大女初勝利。
  • 11/20、OZアカデミー(世界館)初参戦。永島千佳世と組んで、加藤園子&小松奈央組と対戦。小松に片エビ固めで勝利。
  • 11/28、JWP東京キネマ倶楽部大会、JWP認定ジュニア王座&POP王座(JWPジュニア二冠)1回戦で黒木とのライバル対決を制する。
  • 12/12、JWP東京キネマ倶楽部大会、帯広さやかに勝利してJWPジュニア二冠王座挑戦権を獲得。
  • 12/23、JWP後楽園大会で悲恋が持つJWPジュニア二冠王座に挑戦も変形アンクルホールで敗退。

・JWP新人賞を受賞。

2011年
  • 1/4、WAVE新宿大会より「下野佐和子十番勝負」が始まる。初戦の相手は松本浩代だったが、片エビ固めで敗戦。
  • 1/23、OSAKA女子ミナミムーヴオン大会メインで「十番勝負」第2戦。浜田文子に片エビ固めで敗戦。
  • 2/9、初の大阪プロレス正式参戦。アップルみゆきと組み、紫雷美央&紫雷イオ姉妹と対戦。男子の試合を押しのけてメインに抜擢されたが、イオの片エビ固めに屈する。
  • 3/21、OSAKA女子ミナミムーヴオン大会で米山香織が持つJWP認定無差別級王座に挑戦するが、ダイビング延髄ニーからの片エビ固めで敗戦。
  • 7/17、OSAKA女子ミナミムーヴオン大会にて「十番勝負」最終戦として花月が持つJWP認定ジュニア王座&POP王座に挑戦。十番勝負を勝利で飾るとともに初タイトル獲得。

所属

  • OSAKA女子プロレス(2010年〜)

獲得タイトル

  • JWP認定ジュニア王座&POP王座






葛西純
1974/9/9

日本を主な活動の地とするプロレスラー。ヒラデルヒア出身。FREEDOMS所属。大日本プロレスを主戦場としている。通称『狂猿』/『クレイジーモンキー』。

経歴

プロレス入り以前

帯広市の高校を卒業後上京し、都内で警備会社に就職。当時からプロレスラー志望ではあったものの、173cmという身長(プロレスラーとしては小柄)から「自分がプロレスラーになれるわけがない」と思い、警備会社で働き続けていた。

1995年にとあるきっかけで体調を崩した際にたまたまHIV(AIDS) のチェックリストを目にしたところ、自分がほとんどの項目に当てはまることに気づき、元々風俗通いの習慣もあったことから慌ててHIV検査を受けに行くこ とになる。検査結果は陰性だったが、検査結果が出るまでの間いろいろ考えた結果「もし命があったら自分のやりたいことをやろう」と決意し、本格的にプロレ スラーとしてのデビューに向けたトレーニングを始めた。

渡米

1998年に大日本プロレスに入団。同年の8/23―大阪の鶴見緑地花博公園広場に開かれたこのプロレス団体の大会でプロとしての経歴を始動した。

2000年を前後に大日本プロレスとコンバット・ゾーン・レスリング(CZW)との抗争が勃興すると、これに際してCZW軍側に付き、『CZWジャパン』という連合を結成。そして渡米したうえでワイフビーター宅に下宿しつつCZWのマットを舞台に活躍し始めた。

2001年のデラウェア州に催されたCZWのある興行の場では、蛍光灯を乗せた板に打ち付けられることによって左肘を豪快に切り開き、そこから骨が露出するという事態を見せもした。(要ニコニコ動画参照)ちなみにその試合は観客持参の凶器を用いたタッグマッチで、対戦相手となったのはジャスティス・ペインとジョニー・カジミア、組んだ相手はのちに伝説となるニック・モンドであった。

ジュニアヘビー級王座とタッグ王座を獲得しもしたこの団体にあっては、ジョン・ザンディグ、ニック・モンド、ワイフビーター、Zバール、トレント・アシッドという、5名のレスラーらとともに『ビッグ・ディールズ』(Big Dealz)という連合を組んでもいた。

日本への帰還

2001年にBADBOY非道等とヒールユニット「赤まむし」を結成し、大日本プロレスのマットを恐怖に陥れたが、2002年に大日本プロレスを退団し、フリーランスを経て、2003年にZERO-ONEに移籍。猿キャラで一般のプロレスファンからの知名度を得るが、バナナをプレゼントされ過ぎてバナナ恐怖症になったり、バナナをくわえたままドン荒川に首輪で繋がれて入場するなどコミックレスラーとしての面ばかりが強調され、試合内容もそのようなものが多かった。

全日本プロレスにも参戦したが、前座のタッグマッチ要員に甘んじ目立った活躍は無く、さらに橋本真也の付き人を務めたが諸々の事由によりその過去を現在では封印するなど、葛西にとっては不遇の時代であった。この時期には橋本が出演した映画『あゝ!一軒家プロレス』に他レスラーと共に出演している。

2004年にハッスルが発足すると、さっそくその旗揚げ大会に参戦し、MIKAMI、キング・アダモ、ロウ・キーとともにリングに登場。 のちには高田延彦率いる高田モンスター軍の一員としての活動を見せた。

大日への帰還

2005年、伊東竜二からの呼び掛けに応える形で、伊東からBJW認定デスマッチヘビー級王座を取るため、アパッチを通じて大日本プロレスに復帰。当初はフリーであったが、後にアパッチ所属となった。同年6月8日の大日本プロレスの大会でそれまで危険すぎるという理由で実現に至らなかったカミソリ十字架ボードデスマッチを、"黒天使"沼澤邪鬼戦で敢行。沼澤のパワーボムでボード上に叩きつけられ設置されたカミソリの形状そのままに背中から大出血を起こす事態を見せた。試合後、沼澤に呼び掛ける形でキチ●イタッグ「045邪猿気違's(ゼロヨンゴ ジャンキーズ)」を結成。伊東竜二のデスマッチヘビー級王座挑戦を表明していたが、10月下旬、内臓疾患のため、休養を余儀なくされ、伊東への挑戦は泡と消えた。

手術を受け長期の活動停止状態にあったが、2006年3月19日のアパッチプロレス軍主催興行の有刺鉄線ボード6人タッグ戦で復帰。4月14日に行った佐々木貴とのデスマッチ対決に続き、045邪猿気違'sの一員として参加した4月22日の大会から大日本プロレスにも復帰。

9月、アパッチにて、大日本プロレスOBの本間朋晃とのタッグで、佐々木貴&BADBOY非道の持つWEWタッグ王座に挑戦して見事勝利した。しかし、目標としていた伊東竜二のデスマッチヘビー級王座挑戦は、伊東の負傷によるタイトル返上で2度も幻となった。

その傍ら大日本プロレスにてデスマッチスクール「スクール・オブ・デス(狂気学校)」を開校し、その校長に就任。沼澤を教頭に、MEN'Sテイオーを理事長に指名し、第4世代デスマッチファイターの育成にも力を注ぐ。

12月25日のアパッチ新木場1stRINGでは、自らがプロデュースする1dayデスマッチトーナメントを開催。主催者の葛西は決勝戦でジ・ウインガーに敗れたものの、金村キンタローや黒田哲広などのトップどころのいない中で超満員の観客を動員し、見事成功を収め、「今度は屋外でやりたい」と、第2回の実施を予告した。

この年には米国のIWAイーストコーストへの参戦を果たしたうえで、トビー・クライン、マッドマン・ポンド、コーク・ヘイン、コーポラル・ロビンソン、ドレイク・ヤンガー、JCベイリー、2・タフ・トニーという、自身を含めて総数8名のレスラーらが参加したマスターズ・オブ・ペインというデスマッチ選手権の初大会に参加。有刺鉄線やザリガニや蛍光灯を用いたデスマッチでトビー・クラインとマッドマン・ポンドを破って勝ち進み、ついには決勝戦でJCベイリーを下してその初代覇者の座へと君臨した。

2007年6月24日のアパッチプロレス軍の大会では、空位となっていたWEWタッグ王座を賭けて、045邪猿気違'sとしてトーナメントに出場し、邪猿気違'sとして初のタイトルを獲得した。

2007年11月26日の大会で左膝半月版を損傷、これの手術を行った。これによって長期の欠場を余儀なくされたものの、2008年5月―佐々木貴の 自主興行にてメイン終了後に乱入。6月のアパッチ興行活動再開に合わせて復帰すると発表。5月25日の大日本プロレス大会メイン終了後にも沼澤に呼ばれて 登場し、045邪猿気違's活動再開と、デスマッチヘビー級王座のタイトル戦線へ本格的に参入することを明らかにした。

アパッチプロレス軍が2009年にその活動を停止すると、佐々木貴と組んで新たな団体『FREEDOMS』を設立。そして、かねてよりの念願であった伊東竜二とのシングル戦―『カミソリ十字架ボード+αデスマッチ』を11月20日の大日本プロレス後楽園ホール大会にて敢行。超満員の観客を動員し、29分45秒という時間切れギリギリで勝利。試合後、年内の引退を考えていたが取り止める旨のマイクアピールを行い、現役続行の意思を表明した。この試合が2009年プロレス大賞ベストバウトを受賞。デスマッチとしては19年振りの受賞であった。

2010年になると、空位となっていたBJW認定タッグ王座の新王者決定選手権に045邪猿気違'sで出場し、4月28日の大会で関本大介と佐々木義人を相手とした決勝戦に勝利。これは自身初の大日本プロレスの王座の獲得であった。

5月3日のアイスリボンの大会では、自身を憧れの人物に指名する松本都と組んだうえでインターナショナル・リボンタッグ王座を獲得し、これにて2冠を達成。

翌5月4日の大日本プロレス設立15周年記念大会にあっては、2000年代の黎明の頃に激戦を繰り広げたニック・ゲージとおおよそ10年ぶりの再会を果たし、かつて結成していた『CZWジャパン』を復活させたうえで、馴染みのカミソリ十字架ボードを用いたデスマッチを披露した。

戴冠歴

コンバット・ゾーン・レスリング
  • CZW世界タッグ王座×1 ∽MEN'Sテイオー
  • CZW世界ジュニアヘビー級王座×1
WEW
  • WEWハードコアタッグ王座×1 ∽ジ・ウィンガー
アパッチプロレス軍
  • WEWタッグ王座×2 ∽本間朋晃(2006年)/∽沼澤邪鬼(2007年)
大日本プロレス
  • BJW認定タッグ王座×3 ∽沼澤邪鬼
アイスリボン
  • インターナショナル・リボンタッグ王座×1 ∽松本都

入場曲

  • DEVIL (COCOBAT)
  • Wait And Bleed (Slipknot) - 045邪猿気違'Sでの登場時に使用

メディア出演

映画
  • 「あゝ!一軒家プロレス」
PV
  • 「PUMP」サイプレス上野とロベルト吉野

 
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オッキー沖田
1973/9/9

本名沖田佳也は、日本のリングアナウンサー。千葉県千葉市出身。ZERO1所属。

経歴

1994/4/3に全日本女子プロレスのリングアナウンサーとしてデビューする。

全女大量離脱が起きた1997年にアルシオンの旗揚げに参加し、1999年退社。同年、元女子プロレスラーの長谷川咲恵と結婚し2子をもうけたが、2008年に離婚した。

2001年、ZERO-ONEのリングアナウンサーで復帰。ZERO-ONE崩壊後はZERO1の渉外部長を兼ねながらリングアナウンサーを勤める。

感激屋リングアナ

ZERO1-MAXの発展に尽力し、主張すべきところは主張しつつもユーモアを解する人物で、また「いじられキャラ」であり、感激屋でもある。自身が実行委員長を務めた第2回ディファカップでは、大会開催の発表時に、早速KENTAから「オッキーと対戦したい」といじられ、オッキーも試合はしなかったが「ブサイク対イケメンの闘いだ」と舌戦を繰り広げた。結局大会は丸藤正道・KENTA組の優勝に終わるが、「(病気療養中の)星川尚浩に責任を持って渡せ」と優勝賞金の100万円を寄贈されると、オッキーはたまらず号泣した。また、日高郁人・藤田ミノル組が金丸義信・杉浦貴組からGHCジュニアヘビー級タッグ王座を奪取したときも、リング下で号泣した。

パンチパーマに

2006年12月27日の後楽園ホール大会で、神風が志賀賢太郎(プロレスリング・ノア)の保持する、グローバル・ハードコア選手権に挑戦するという申し入れをしに、沖田が神風の代行してノア事務所に出向いたが、志賀からの要望として、沖田に「即刻、俺と同じ様にパンチパーマにするように」という条件があり、本人も気乗りはしなかったが翌日にはパンチパーマにした(共にアニキキャラ同士で、ランバージャック・デスマッチルールによるこの戦いは、志賀側セコンドのパンチ軍団の介入もあったが試合自体は神風優勢だった所を一瞬の丸め込みで志賀の防衛となった)。





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