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INOKI BOM-BA-YE DVD/大会リスト

アントニオ猪木がプロデュースし、2000年から2003年にかけて毎年12/31に開催された。地上波の他、パーフェクト・チョイスのペイ・パー・ビューで放送された。6年間の休止期間を置いて、2010年12月3日に7年ぶりに開催され]

2000年と2010年はプロレスのイベント。2001年から2003年は一部プロレスを含む格闘技のイベントである。

2001年に初めて大晦日当日に地上波で放送されて高視聴率を獲得した。2000年はアントニオ猪木と総合格闘技イベントのPRIDEを運営するドリームステージエンターテインメント (DSE) が協力して開催し、2001年からはこれに立ち技格闘技イベントのK-1が加わる形で運営された。しかし2003年になって、アントニオ猪木系、K-1系、PRIDE系の3つのイベントに分裂して民放3局で放送され、アントニオ猪木のINOKI BOM-BA-YEは視聴率争いに完敗した結果、日本テレビから契約解除されて、2003年でいったん幕を下ろした。

2010年になって、プロレスイベントのイノキ・ゲノム・フェデレーション(IGF)を主催するイノキ・ゲノム・フェデレーション株式会社によって復活することになった。ただし開催日は恒例となっていた大晦日ではなく12/3となっている。




INOKI BOM-BA-YE 2010

INOKI BOM-BA-YE 2010 大会情報 IGF公式サイト内

  



イノキボンバイエ2003

INOKI BOM-BA-YE 2003
前年までのINOKI BOM-BA-YEの好視聴率と興行の成功を受けて、各テレビ局が放映権の獲得に動いたこと、K-1では石井和義館長が、PRIDEでは森下直人社長が不在となり、格闘技界で権力の変動が起こったことを背景として、これまで協力関係が築いて開催していたINOKI BOM-BA-YEは、日本テレビが放送するアントニオ猪木のINOKI BOM-BA-YE、TBSが放送するK-1のK-1 PREMIUM Dynamite!!、フジテレビが放送するPRIDEのPRIDE男祭りの3つに事実上、分裂する。K-1、PRIDEは以降もINOKI BOM-BA-YEに関わることがなく、独自の大晦日興行を打ち出していくこととなった。

この年から中継権が日本テレビに移った。日本テレビの地上波中継のゲストは花田勝と掛布雅之で、杏さゆり、若槻千夏、小倉優子、岩佐真悠子の4人の女性タレントがボンバイエ・ガールズとして華を添えた。

運営会社もDSEやK-1ではなく「ケイ・コンフィデンス」というそれまでK-1の運営に関わっていた川又誠矢が代表の会社に移った。主催はこのケイ・コンフィデンスの他、日本テレビと読売テレビとなっており、後援に読売新聞大阪本社と報知新聞社がついた。日本テレビの担当プロデューサーは宮本修二で、2002年8月に開催した日本テレビの総合格闘技イベントUFO LEGENDの担当者でもあった。UFO LEGENDでプロデューサーを務めていた大手芸能事務所ケイダッシュ社長の川村龍夫が日本テレビと川又の仲介をしたとも言われる。

事実上のメインは藤田和之の試合で、地上波でもメインとして放送された。以降の試合は年越しイベントまでの時間稼ぎであった。

日本テレビとケイ・コンフィデンスは年間8億円で3年契約を結び、INOKI BOM-BA-YEとは違う形で年3回のペースで格闘技イベントを開催していく予定であった。

大晦日に3つの格闘技イベントが開催されることから、選手の争奪戦も生じ、PRIDEの王者だったエメリヤーエンコ・ヒョードルを出場させようとしたことで、当時PRIDEに参戦していたセーム・シュルトの出場を認めていたPRIDEとの関係が悪化。K-1からはマイケル・マクドナルドが派遣されたと言われるものの、主力選手を抱え込まれ、目玉となるはずだったミルコ・クロコップは欠場。開催直前になってもカードが決まらなかった。

当初、小川直也、吉田秀彦、ミルコらの出場を提示されていた日本テレビは当初の約束と違うと不満を漏らす結果となってしまった。吉田はPRIDE男祭りを選択し、小川はPRIDEを運営するDSEが新たに始めるプロレスイベントのハッスルの1/4の旗揚げ大会に出場した。

そして、民放キー局3局が『紅白歌合戦』の裏で視聴率を争い合う形となったが、その結果は、瞬間最高で43.0%を獲得して平均でも19.5%と話題になったK-1 PREMIUM 2003 Dynamite!!に対して、INOKI BOM-BA-YEは5.1%と低迷。観客動員共に伸び悩み興行としては大失敗に終わった。これにより、日本テレビは当初の3年契約を破棄して、8億円を6億円に減額。主催者であった川又誠矢は選手へのファイトマネーやイベント運営の下請けを行った会社に費用を払わないまま海外へ渡航。不払いの選手が所属する新日本プロレスから2004年11月に訴訟を起こされて、川又側は出頭しないために2005年1月に敗訴。INOKI BOM-BA-YEを主催したケイコンフィデンス側は、日本テレビの契約破棄を認めず2004年5月に民事訴訟を東京地方裁判所に起こしたが、2006年に棄却された。さらに2006年になって、川又は「週刊現代」などで、PRIDEと暴力団との関係があるとし、これが原因であるとは明言していないもののフジテレビがPRIDEの放送契約を打ち切るなど、2003年の大晦日格闘技戦争と言われた騒動の余波は後々まで続いた。

イベント中の年越しイベントにおいても、アントニオ猪木恒例となっていた「108つビンタ」の際に大勢の観客がリングに殺到する騒ぎになり、危険を感じた猪木が観客に蹴りと張り手をして、「殺すぞ、お前らルールを守れ!」と一喝する一幕もあった。

なお、当初、この日本テレビで放送するINOKI BOM-BA-YEは名称にTBS色が強いため、別のイベント名になることが予定され、視聴者からイベント名の募集も行われたが、結局INOKI BOM-BA-YEのイベント名で開催された。


イノキボンバイエ2003

INOKI BOM-BA-YE 2003
前年までのINOKI BOM-BA-YEの好視聴率と興行の成功を受けて、各テレビ局が放映権の獲得に動いたこと、K-1では石井和義館長が、PRIDEでは森下直人社長が不在となり、格闘技界で権力の変動が起こったことを背景として、これまで協力関係が築いて開催していたINOKI BOM-BA-YEは、日本テレビが放送するアントニオ猪木のINOKI BOM-BA-YE、TBSが放送するK-1のK-1 PREMIUM Dynamite!!、フジテレビが放送するPRIDEのPRIDE男祭りの3つに事実上、分裂する。K-1、PRIDEは以降もINOKI BOM-BA-YEに関わることがなく、独自の大晦日興行を打ち出していくこととなった。

この年から中継権が日本テレビに移った。日本テレビの地上波中継のゲストは花田勝と掛布雅之で、杏さゆり、若槻千夏、小倉優子、岩佐真悠子の4人の女性タレントがボンバイエ・ガールズとして華を添えた。

運営会社もDSEやK-1ではなく「ケイ・コンフィデンス」というそれまでK-1の運営に関わっていた川又誠矢が代表の会社に移った。主催はこのケイ・コンフィデンスの他、日本テレビと読売テレビとなっており、後援に読売新聞大阪本社と報知新聞社がついた。日本テレビの担当プロデューサーは宮本修二で、2002年8月に開催した日本テレビの総合格闘技イベントUFO LEGENDの担当者でもあった。UFO LEGENDでプロデューサーを務めていた大手芸能事務所ケイダッシュ社長の川村龍夫が日本テレビと川又の仲介をしたとも言われる。

事実上のメインは藤田和之の試合で、地上波でもメインとして放送された。以降の試合は年越しイベントまでの時間稼ぎであった。

日本テレビとケイ・コンフィデンスは年間8億円で3年契約を結び、INOKI BOM-BA-YEとは違う形で年3回のペースで格闘技イベントを開催していく予定であった。

大晦日に3つの格闘技イベントが開催されることから、選手の争奪戦も生じ、PRIDEの王者だったエメリヤーエンコ・ヒョードルを出場させようとしたことで、当時PRIDEに参戦していたセーム・シュルトの出場を認めていたPRIDEとの関係が悪化。K-1からはマイケル・マクドナルドが派遣されたと言われるものの、主力選手を抱え込まれ、目玉となるはずだったミルコ・クロコップは欠場。開催直前になってもカードが決まらなかった。

当初、小川直也、吉田秀彦、ミルコらの出場を提示されていた日本テレビは当初の約束と違うと不満を漏らす結果となってしまった。吉田はPRIDE男祭りを選択し、小川はPRIDEを運営するDSEが新たに始めるプロレスイベントのハッスルの1/4の旗揚げ大会に出場した。

そして、民放キー局3局が『紅白歌合戦』の裏で視聴率を争い合う形となったが、その結果は、瞬間最高で43.0%を獲得して平均でも19.5%と話題になったK-1 PREMIUM 2003 Dynamite!!に対して、INOKI BOM-BA-YEは5.1%と低迷。観客動員共に伸び悩み興行としては大失敗に終わった。これにより、日本テレビは当初の3年契約を破棄して、8億円を6億円に減額。主催者であった川又誠矢は選手へのファイトマネーやイベント運営の下請けを行った会社に費用を払わないまま海外へ渡航。不払いの選手が所属する新日本プロレスから2004年11月に訴訟を起こされて、川又側は出頭しないために2005年1月に敗訴。INOKI BOM-BA-YEを主催したケイコンフィデンス側は、日本テレビの契約破棄を認めず2004年5月に民事訴訟を東京地方裁判所に起こしたが、2006年に棄却された。さらに2006年になって、川又は「週刊現代」などで、PRIDEと暴力団との関係があるとし、これが原因であるとは明言していないもののフジテレビがPRIDEの放送契約を打ち切るなど、2003年の大晦日格闘技戦争と言われた騒動の余波は後々まで続いた。

イベント中の年越しイベントにおいても、アントニオ猪木恒例となっていた「108つビンタ」の際に大勢の観客がリングに殺到する騒ぎになり、危険を感じた猪木が観客に蹴りと張り手をして、「殺すぞ、お前らルールを守れ!」と一喝する一幕もあった。

なお、当初、この日本テレビで放送するINOKI BOM-BA-YEは名称にTBS色が強いため、別のイベント名になることが予定され、視聴者からイベント名の募集も行われたが、結局INOKI BOM-BA-YEのイベント名で開催された。


イノキボンバイエ
2003
馬鹿になれ、夢を持て

2003/12/31
神戸ウイングスタジアム


辻結花vsカリオピ・ゲイツイドウ
アリスター・オーフレイムvs橋本友彦
アマール・スロエフvsディン・トーマス
藤田和之vsイマム・メイフィールド
エメリヤーエンコ・ヒョードルvs永田裕志
ステファン・"ブリッツ"・レコvs村上和成
マイケル・マクドナルドvs天田ヒロミ
ジョシュ・バーネットvsセーム・シュルト
エメリヤーエンコ・アレキサンダーvs
アンジェロ・アロウージョ
LYOTOvsリッチ・フランクリン
レネ・ローゼvs安田忠夫

猪木祭三分裂を徹底検証(5) イノキボンバイエ2003編
「IB派の野望と業界地図の変化」
イノキボンバイエ2003:政治的背景はこう読め


「小川、吉田、ミルコ、ヒョードル、ノゲイラ」
当初、日本テレビ側にK-コンフィデンス川又社長が提示したラインナップは、錚々たるビッグネームだった。この顔ぶれを本当に揃えることができれば、PRIDEのドーム級に匹敵するヴァリューの興業になる。だが、契約交渉の行なわれた当時このラインナップは、はったりでも口からでまかせでも無く実現可能なものだった。
小川はそもそも日本テレビ側と川又氏の仲介を行ったケイダッシュ川村社長の「持ち駒」であり、ノゲイラ他ブラジリアントップチーム勢は川村氏の傘下にある、U女史がブッキングを担当している。なにより、猪木事務所の社長である川村氏はアントニオ猪木や藤田和之も動かせる立場にいる。昨年夏のUFO-Legendが失敗に終わった川村氏は、ミルコ、アーツの他にヒョードル獲得も進行させていた川又氏をビジネスパートナーに迎えることで、実質的なUFO-Legendの再開を目論んだのであろう。
さらに、川又氏には切札として、吉田秀彦を参戦させうる可能性を抱えていたのだ。というのも、そもそも吉田を口説き落としてDynamite参戦へ漕ぎ着けたのが、川又氏だったからだという。吉田が現在所属する事務所J-Rockも川又氏の友人が経営するものなのだから、上記のラインナップは全て実現可能と考えるのが人情である。日本テレビの氏家社長も、この段階でイノキボンバイエの成功を疑う訳もなかった。トップダウンで7億ともいわれる放送権料が決定されたという。
だが、フライング気味に猪木氏がスタート宣言をぶち上げてみると、各所からきしみが聞こえ始める。まず、予想しなかったのは、フジの後押しでDSEが重い腰をあげ、吉田を最初にブッキングしてしまったことだった。吉田としても、馴染みのある川又氏のイベントに背は向けられないものの、自分の存在を格闘家としてバックアップしてくれたPRIDEから“引き抜かれる”ことは大きなイメージダウンに繋がる。金銭にシビアな外国人ならともかく、日の丸を背負った日本人選手としては「義理」の問題を抜きにはできなかったのだろう。小川も、現在準所属的な扱いのプロレス団体ZERO-ONEとの関係を優先、1/4に開催されるDSE初の純プロレス興業「ハッスル1」への参加をきめてしまった。
さらに、これだけは磐石と思われたミルコの参戦拒否、ヒョードルの移籍問題、そしてレイ・マーサーの来日拒否と、雪崩を打ったようにブッキングトラブルがぼっ発する。これら全てのトラブルに共通するのは、フジと日本テレビとのライバル意識の強さを考慮に入れていなかった、見通しの甘さに尽きると思われる。
当初、川又氏が日本テレビとの契約に走った段階では、PRIDEの年末参戦は具体化していなかったはずであり、フジ&DSE連合と事を構える気はなかったのだろう。この段階でのネゴシエーションがきちんとしていれば、ここまでの泥仕合にはならずに済んだのではないかという気がしてならない。
離反するものあれば、和解するものも生まれるのは世の常で、選手参戦があちこちで暗礁に乗り上げて苦境に追い込まれた川又氏に、かつての師である石井館長が救いの手を差し伸べたという情報もある。実際に天田・マクドナルドのK-1マッチが提供されている経緯を見ると、今後両陣営の関係修復を経て噂のK-1 MMA路線が川又氏&日本テレビ路線で実現するのではないかと、気の早い予測を語る関係者もあるぐらいである。
こういう動きを見るかぎり、猪木祭り分裂が生んだ業界地図の書き換えはまだまだ終わってはいない。合従連衡をくり返す、格闘技戦国時代は続いていくことだろう。
ただ、結果として民放局がスポーツコンテンツとして格闘技に目をむけ、そして資本が流れ込んできたことは事実である。一定の数しかない現有の格闘技ファンを奪いあう競争にしかならないのであれば、意味のない競争だが、全体として新たなファン層を獲得する結果に結びつけば、市場はさらに潤い、業界の発展に結びついていくことだろう。野球やサッカーでも、裏番組のスポーツ中継がバッティングしながら、どちらもがそこそこの数字を収めることはままある現象である。今後、格闘技がメジャースポーツとしての展開を図る上では、今回のような騒動も、起こるべくして起きた必要悪だったのかもしれない。





イノキボンバイエ2003

INOKI BOM-BA-YE 2002

2002/12/31、埼玉県さいたま市のさいたまスーパーアリーナで開催された。サブタイトルは「猪木軍vsK-1vsPRIDE全面対抗戦完全決着」。前年に引き続き、主催はTBS。運営と制作がDSE、協力が猪木事務所とK-1。

これまで「PRIDEは場である」としてPRIDE軍というあり方が否定されていたが、今回からPRIDEも加わる形での対抗戦となった。同じ運営体制で2002/8/28に国立競技場で開催された格闘技イベントDynamite!の成功の勢いもあり、当時アイドル的存在だったボブ・サップの参戦が話題となり、前年以上の16.7%という視聴率を獲得。藤田和之 vs ミルコ・クロコップ、クイントン・"ランペイジ"・ジャクソン vs シリル・アビディのリベンジ・マッチが組まれた他、佐竹雅昭はこの大会で格闘技から引退した。一方、新日本プロレス所属のプロレスラー、中邑真輔はこの大会で総合格闘技デビューをした。

前年のINOKI BOM-BA-YE 2001とは異なり、Dynamite!と同様に、立ち技格闘技のK-1によるルールと総合格闘技イベントPRIDEのルールで行なわれた。ただしPRIDEルールが1ラウンドが10分だったのに対して、各ラウンドは5分だった。


イノキボンバイエ
2002
イノキ ボンバイエ2002
2002/12/31
さいたまスーパー
アリーナ

ボブ・サップvs高山善廣
佐竹雅昭引退試合
吉田秀彦vs佐竹雅昭
ミルコ・クロコップvs藤田和之
クイントン・"ランペイジ"・ジャクソンvsシリル・アビディ
ゲーリー・グッドリッジvsマイク・ベルナルド
滑川康仁vsヴァリッジ・イズマイウ
中邑真輔vsダニエル・グレイシー
安田忠夫vsヤン・"ザ・ジャイアント"・ノルキヤ

 



<B>INOKI BOM-BA-YE 2001 <B>INOKI BOM-BA-YE 2001

INOKI BOM-BA-YE 2001
主催はTBS。運営・制作が総合格闘技イベントPRIDEのDSE、協力が猪木事務所とK-1となり、この布陣は、翌年のDynamite!とINOKI BOM-BA-YE 2002まで継続した。試合は、PRIDEルールが採用されたが、総合格闘技に不慣れなK-1選手のために各ラウンドが3分で行われた。スペシャルマッチとしてプロレスの試合も1試合だけ実施された。

同年8月に日本テレビで放送されたK-1 JAPANシリーズの決勝戦で始まったK-1軍と猪木軍の対抗戦を引き継ぐ形で開かれ、これをコンセプトとして打ち出した。この大会から運営にK-1が加わるとともに、TBSが放送することになり、大晦日の当日放送となった。

この大会で、マイク・ベルナルド、子安慎悟、サム・グレコ、シリル・アビディ、ジェロム・レ・バンナなどK-1を主戦場とするキックボクサーが総合格闘技のデビューをしている。

猪木軍の大将には同年8/19の対抗戦でミルコ・クロコップに敗れていた藤田和之がアキレス腱を断裂し不出場となり、ミルコの対戦相手にはこれが総合格闘技デビューとなる新日本プロレス所属の永田裕志が抜擢された。前年のプロレスルールのMillennium Fighting Arts INOKI BOM-BA-YEには出場した小川直也(UFO)は出場のオファーを受けたもののこれを断り、猪木軍の選手確保は難航。一時はアントニオ猪木とも新日本プロレスとも関わりの薄いアメリカ人選手のガイ・メッツァーに覆面をかぶせて、タイガーマスクとして試合をさせるプランも浮上したという。

結局、メインには藤田と同じ猪木事務所の安田忠夫がジェロム・レ・バンナの対戦相手に指名された。一般的には無名に近い安田をメインに据えるため、安田の転落人生からの再生ストーリーの演出。圧倒的不利の下馬評を覆して安田がバンナから勝利を奪ったことで興行は大成功を収め、NHK『紅白歌合戦』の裏で視聴率は14.9%と健闘した。対抗戦の戦績は猪木軍の2勝1敗4引き分け。

大会終了後の年越しイベントの2002個の餅投げの際、観客同士が乱闘になる傷害事件が発生。警察沙汰となった

 

イノキボンバイエ
2001

イノキ ボンバイエ2001
2001/12/31
さいたまスーパー
アリーナ


安田忠夫vsジェロム・レ・バンナ
ミルコ・クロコップvs永田裕志
ドン・フライvsシリル・アビディ
プロレススペシャルマッチ
アントニオ猪木/ザ・グレート・サスケvs
ジャイアント・シルバ/紅白仮面
子安慎悟vs石澤常光
エベンゼール・フォンテス・ブラガvs
ゲーリー・グッドリッジ
サム・グレコvs佐竹雅昭
マイク・ベルナルドvs.高田延彦





<B>INOKI BOM-BA-YE 2000


INOKI BOM-BA-YE 2000
2000年(20世紀の最終年)と2001年(21世紀の開始年)という世紀跨ぎを記念する格闘技イベントとして、20世紀を代表するプロレスラーの一人であり、当時PRIDEのプロデューサーを務めていたアントニオ猪木の名を冠して、プロレスと格闘技の融合を目指して開催された。翌年以降の大会と異なり全試合がプロレスルールで行なわれたが、開催当日まで、ルールについての明確な発表がなく、プロレスのルールでは不成立となる試合があるなど、ルールについては不備な部分が散見された。しかしファンの間ではもう二度と見られないと思われていたPRIDEで活躍する選手と現役プロレスラー達の戦いはファンの大注目を集めることになった。武藤敬司がスキンヘッドを初披露した興行である(ただし現在のトレードマークであるヒゲは当時生やしていなかった)。またアントニオ猪木による世紀跨ぎのカウントダウンが行われたほか、世紀跨ぎ前にはアントニオ猪木による「108つビンタ」が行われ、世紀跨ぎ後にはアントニオ猪木や出場選手による餅つき、餅撒きが行われるなど、試合にのみ焦点を当てたイベントではなかった。

主催は、毎日放送と大阪ドームと関西系のイベント会社であるステージア。後援にスカイパーフェクTV!とFM802がつき、PRIDEを運営するドリームステージエンターテインメント(以下DSE)がイベントの運営協力を行った。

テレビ中継はスカパーが生中継し、毎日放送などが、後日録画中継を行なった。全国ネットでなく、毎日放送(関西地区ローカル)、テレビ朝日(関東地区ローカル)、中部日本放送(東海地区ローカル)がそれぞれ別々に深夜に放送を行なった。毎日放送は1/5深夜に放送され、8.1%の視聴率だった。なお、テレビ朝日でのオンエア内容は新日本プロレス所属選手の試合のみで、毎日放送が収録したものを別途編集したものであった。毎日放送で放送されたものはその後、同社系列のGAORAでも放送された。

大阪ドームでは2000年までジェット風船の使用が禁止されていたが、阪神タイガースの試合を多く挙行するために、同年の野球シーズンオフから使用が解禁された。このイベントで新年(新世紀)カウントダウンに合わせてジェット風船が放たれたので、大阪ドームでのジェット風船使用第1号のイベントということになる。

 

イノキボンバイエ
2000
イノキ ボンバイエ2000
2000/12/31
大阪ドーム

高田延彦/武藤敬司vs
ケン・シャムロック/ドン・フライ
桜庭和志vsケンドー カシン
マーク・コールマン/マーク・ケアーvs
飯塚高史/永田裕志
小川直也vs安田忠夫
橋本真也 vs ゲーリー・グッドリッジ
バス・ルッテン/アレクサンダー大塚vs
リコ・ロドリゲス/佐野なおき
ザ・グレート・サスケ/松井大二郎vs小路晃/宇野薫
藤原喜明 vs ジャスティン・マッコリー
スペシャル・エキシビションマッチ
アントニオ猪木 vs ヘンゾ・グレイシー

番外編1
小川不参戦に石井館長怒りの会見
「猪木祭り2」(12・31さいたま)の目玉として期待されていた暴走王・小川直也(33)=UFO=が21日、同大会に参戦しないことを正式発表した。小川は「出るつもりだったがK-1側に断られた」と説明したが、これに正道会館館長の石井和義・K-1プロデューサー(48)が猛反発。「(小川が)1億円のギャラを要求してきた(のが原因)」とぶちまけ、両者に深い溝が出来たことを印象づけた。

焦点となっていた小川の出場問題が後味の悪い結末を迎えた。

 小川はこの日午後6時前から緊急会見。不参戦を発表した上で、「(出たかったが)仕方ないです。1月4日に気持ちをチェンジしてやっていく」と佐々木健介と初対戦する新日本1/4東京ドームに照準を切り替えることを明かした。

 小川側の説明では、18日に、参戦を前提にUFO・川村龍夫代表とともに石井館長と会談。アーツとバンナの負傷を知らされ、ベルナルドと戦いたい旨を伝えたが、19日朝になって、石井館長からメールで「交渉を白紙に戻したい」という連絡を受けたという。

 ところが、これに対し、石井館長が約1時間後の午後7時から怒りの緊急会見。原因が小川側の法外なギャラ要求にあったと、ぶちまけた。

 館長は小川のPRIDE参戦時のギャラが2000万円だったことを暴露した上で、「最初、ギャラは3000万円でどうかと交渉したが、要求は1億円。私のポケットマネーを加えて5000万円、最後は8000万円まで譲歩したがだめだった」。しかも、館長はバンナとの対戦を希望したが、小川側は足を負傷しているアーツを指定してきたため、「自分は交渉人を降りる」旨の連絡をしたという。

 「こちらから出て欲しくないと言った覚えはない。考えられない」と館長。両者の言い分は完全に平行線だ。

 「今回はおしまいだが、来年以降は(小川との交流が)あるかもしれない」と最後はほこを収めたが、小川vsK-1というファンの夢の実現は限りなく難しくなった。




番外編2
猪木祭、主催会社が日本テレビを提訴
2003年大みそかに行われた「イノキボンバイエ2003 ~馬鹿になれ夢を持て~」をめぐって、主催会社である株式会社ケイコンフィデンスが、日本テレビを東京地裁に提訴した。ケイコンフィデンス側は20日、和久田修氏、岩井信氏の2人の担当弁護士が都内で会見を行い、減額された契約金2億円の支払いとイベント収支計算の書類の引渡し、さらにイベントの3年契約の確認で訴訟を起こしたことを説明した。一方、日本テレビ側は矢永啓助・広報部長名で「まったく不当な提訴。減額と契約解除は正当かつ適正な手続きの下で行われ、当然の対応。裁判ではケイコンフィデンスの極めてずさんなイベント準備・運営についての詳細を明らかにするとともに徹底的に戦う」と反論した。

視聴率の伸び悩みからトラブルへ

 2003年の大みそかは、日本テレビ系列のほかにTBS系列でK-1、フジテレビ系列でPRIDEが放送され、“3大格闘技興行戦争”として注目を浴びた。しかし、K-1、PRIDEが15%以上の平均視聴率を記録(関東地区)する中、イノキボンバイエは5.1%と伸び悩んだ。ケイコンフィデンス側は、この視聴率が今回のトラブルの原因となったと話した。

ミルコ欠場が大問題に

 ケイコンフィデンス側の主張によれば、日本テレビ側は、ミルコ・クロコップが出場しなかったとして放映権と興行権を合わせた8億円の契約金のうち2億円を一方的に減額することを内容証明郵便で1/6に通知。さらに2/13、第2回目となる2004年のイベントが“最高の格闘技大会”であると(日本テレビ側が)認めるものにならないおそれがあると判断したとして、代理人を通じて解除通知書を送付したという。
 しかし、ケイコンフィデンス側は、ミルコが欠場した場合、および日本テレビ側が同等と判断する代替出場選手が出場しない場合については、イベント契約として契約金が減額されることが記載されているが、実際には日本テレビ側と相談した上でPRIDEヘビー級王者エメリヤーエンコ・ヒョードルの出場を確保したことなどを理由に契約金の減額通知に反論。また、反対に日本テレビ側が「遅滞なくイベント収益および分配金に関する計算書」を提示する義務を履行していないと主張した。

団体への未払い問題も明るみに

 また、ケイコンフィデンス側は日本テレビ側から2/13に送付された解除通知書で、ケイコンフィデンス側の対応の不誠実さを指摘されたことについても「話し合いを希望したにも関わらず日本テレビ側が代理人交渉に切り替えてきた」として反論した。しかし一方で、1月6日に通知された内容証明郵便については、弁護士側が受任するまでのタイムラグがあったことなどを理由に回答期限である17日を過ぎ、26日付けで返答したことを認めた。
 ケイコンフィデンスは、2003年8月に設立。年末の「イノキボンバイエ」開催に向けて、同年10月から当初はフジテレビと交渉を進めていたというが、最終的に日本テレビ側と契約。3年の複数年契約を提示したことが大きな決め手だったという。しかし、年が明けて日本テレビ側が契約残金2億円を減額したため、参加団体などへの未払いが生じているという。和久田弁護士は、現在ケイコンフィデンスの事務所が閉鎖されていることについて「社員は事務所を再開するつもり」と話した。

日本テレビは反論

“3大格闘技興行戦争”の一角として注目を浴びたイノキボンバイエだが、大会前から思わぬ事態が続出した。04年の大みそかに猪木祭が行われるかどうかを含め、裁判の経過が注目される。なお、訴訟を起こされた日本テレビ側は矢永啓助・広報部長名で「まったく不当な提訴だ。そもそもKCはミルコ・クロコップ選手を参戦するなどとしていたが実現せず、その他の対戦カードも直前まで二転三転して決められないなど、大混乱を招いた責任者。減額と契約解除はKCと数回の協議を経た上で契約に基づいた正当かつ適正な手続きの下で行われ、日本テレビとしては当然の対応だ。裁判ではKCの極めてずさんなイベント準備・運営についての詳細を明らかにするとともに徹底的に戦う」と反論している。



番外編3

猪木、38度線での大みそかボンバイエ開催に好感触

2004/9/6

猪木が北緯38度線での大みそかイノキボンバイエ開催へ動き出した。 猪木は5日、すでに北朝鮮側に同イベントの開催を提案したことを明かすと「現地の関係者から『大変興味を持っています。アイデアとしては面白いですね』と言われた」と好感触に笑みをこぼした。かつて1995年に平壌で「平和の祭典」を実現させた猪木は、北朝鮮のほかにブラジルの「ジャングル・ファイト」など世界各地で実績を積んでおり「オレのマーケットは日本だけじゃない。韓国のテレビ局も興味を持っている」と開催実現へ粘り強く交渉を進めていく構えを見せた。なお、猪木は北朝鮮9.20国際テコンドー大会(平壌)に協力を決定。依頼されていた選手派遣で、新日本プロレスの中邑真輔、フリーのケンドー・カシンの参戦を決めた。
北緯38度線と言えば板門店が有名だが、すでにリサーチを始めている猪木は「北朝鮮の中には韓国の人が入れる経済特区もある」とニヤリ。「(38度線には)板門店も金剛山もある。板門店にこだわらなければ、38度線での開催は面白くなる」と幅広く開催候補地を探していることを示唆した。猪木は、90年代初頭の政治家時代から「スポーツ交流を通じての世界平和」をテーマに掲げており、今回は旧ロシア圏や中国でスポーツのプロ化が進む状況にも目を向け「プロ化へのステップというか、風穴を開けたい」と北朝鮮でのスポーツ振興に一役買うつもりだ。

中東訪問で新たなプラン浮上も !?

 しかし、冒険は危険と隣り合わせだ。猪木は「ブラジルでもジャングル・ファイトをやっているが、ここまでやるのには逆風があった。形になってようやく納得されることもある」と、問題を抱えながらも実行することで道が開けることを示唆した。また猪木は、人気低迷から発生した球界再編問題で揺れる野球界を例にとり「よっぽど業界全体で渇を入れないと、潰れて行く」と自らに言い聞かせるように、プロレス・格闘技界を叱咤した。
 さらに猪木は、北緯38度線での猪木ボンバイエ開催だけでなく、新たな計画にも着手しているようだ。「旅人生が終わらないよ」と話す猪木は、今後サウジアラビアやドバイなど中東方面を訪れる予定もあるといい「日本中がひっくり返るような企画があるんだ。フッフッフ」と不敵な笑みを浮かべ機上の人となった。20日の国際テコンドー大会に向けては16日に平壌入りする予定。同大会への協力だけでなく、大みそかの38度線ボンバイエ開催へ交渉を進めてくるに違いない。「一寸先はハプニング」――猪木の行くところは、何かが起こる。

藤田に苦言 「引っ張り過ぎるな」

 同日、猪木は新日本プロレス10.9両国国技館大会への出場を保留している“猪木イズム最後の継承者”藤田和之に対し「駆け引きはあると思うが、今は大衆(の興味の移り変わり)が早い。気が向いている時に崩してしまうと大変」と早期の決断を促した。




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