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AJW
1984

長与千種vs山崎五紀(隠し撮り)/2/2

AJW
1982
徳山市体育館

長与千種vs山崎五紀

NJPW
2011/8/1
福岡国際センター

ブシロード PRESENTS G1 CLIMAX XXI
~THE INVINCIBLE FIGHTER~
福岡国際センター 19:00


G1 CLIMAX 公式戦
棚橋弘至 vs 永田裕志
MVP vs 中邑真輔
小島聡 vs 鈴木みのる
真壁刀義 vs ランス・アーチャー
内藤哲也 vs 高橋裕二郎

IWGP Jr.ヘビー級選手権試合
飯伏幸太 vs 田口隆祐

G1 CLIMAX 公式戦
後藤洋央紀 vs 天山広吉
矢野通 vs 高山善廣
ジャイアント・バーナード vs ヒデオ・サイトー
井上亘 vs ラ・ソンブラ

NJPW
1982/7/30
愛知県体育館

WWF Jr.
タイガーマスクvsブレット・ハート/2/2

NJPW
1982/7/31
大阪臨海スポーツ
センター

タイガーマスク/藤波辰巳/木村健吾vsダイナマイト・キッド/ブレット ハート/グレッグ バレンタイ/2/2

NJPW
1982/8/5
蔵前国技館

WWF Jr.
タイガーマスクダイナマイト・キッド/2/2

NJPW
1982/8/30
MSG

WWF Jr.
タイガーマスクダイナマイト・キッド

タイガーマスクダイナマイト・キッド(TWC)

NJPW
1982/8/27
後楽園ホール

タイガーマスク/藤波辰巳vsブラックタイガー/ピート ロバーツ

スターダム
2011/1/23
新木場1st

夢vsパッション・ナッキー(夏樹☆たいよう)

AJPW
2011.8.13.後楽園.大和vsKAI

SMASH
朱里公開練習/2/2

FCF総帥スターバック必勝宣言

ROH
The Champion of the new era of Television

CHIKARA
Throwdown Lowdown (8.2.11)

FU★CK
2005/12/23
 
FU★CK Vol.22: Saints Rhapsody 12.23.05 music video

ユニオン
2011/5/4

UNION Golden Union 2011 5.4.11 music video

ZERO1
2011/6/14

ZERO1 Wrestlers 6.14.11 music video

IWRG
2010/3/10

IWRG Guerra de Empresas 2010 10.3.10 music video


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USTREAM 20:00
水曜カレープロレス

サムライTV 22:00
Sアリーナ
2011年8月3日(水)号

FREEDOMS 7.26新木場

23:00
新日本プロレス 8.2福岡国際センター

CSテレビ朝日 24:25
#153 藤波辰巳特集

藤波辰巳vsアブドーラ・ザ・ブッチャー

藤波辰巳/アントニオ猪木vsダスティ・ローデス/バディ・ローズ

藤波辰巳/アントニオ猪木vsハルク・ホーガン/アイアン・マイク・シャープ


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1989年以前

JWA
1963/8/3
大阪府岸和田市
港市場

○ジャイアント馬場[2-1]アントニオ猪木●

AJW
1970/8/3

AGWAインターナショナルタッグ
星野美代子 & 宮本芳子vsマスクド・キラー & マスクド・リー

NJPW
1982/8/3
岡山武道館

タイガーマスク&星野勘太郎 vs
ダイナマイト・キッド&ブレット・ハート

初代タイガーマスク
大全集
発掘!秘蔵名勝負撰<其の弐>
Vol.4
初代タイガーマスク大全集


初代タイガーマスクDVD-BOX紹介

ヒロ マツダ/ 谷津 嘉章vs
アドリアン アドニス/ グラップラー

藤波 辰巳vsグレッグ バレンタイン

NJPW
1985/8/3
ハワイ・アロハ・
スタジアム

アントニオ猪木vsブルザー・ブロディ



2/2

アントニオ猪木全集 7
ライバルとの激闘
アントニオ猪木大全集 Ⅷ


アントニオ猪木大全集DVD-BOX紹介

古舘・山本小鉄・ハワイ
ジミー スヌーカvsラリー・シャープ
コブラvsチュイ
藤波 辰巳/木村 健吾vsブルトン/ルイス
坂口征二対マット・ボーン
アンドレ・ザ・ジャイアント/スティーブ・コリンズ/モスカvs
キングコング・バンディ/マーク・ルーイン/ケビン・サリバン



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ヤフオクプロレス


1900年代

新日本プロレス
1993/8/3
両国国技館

冬木弘道vs飯塚孝之
スーパー・ストロング・マシンvs越中詩郎
蝶野正洋vs阿修羅原
武藤敬司vsザ・グレート・カブキ
馳浩vs橋本真也

Disk.6
破壊王G1激闘史
破壊王 橋本真也


IWGP列伝/ジュニア・ヘビー級列伝ビデオ紹介

藤波辰爾vs藤原喜明
タイガーマスクvsエディ・ゲレロ
パワー/ホーク・ウォリアーvsナスティ・ボーイズ

1993
G1 クライマックス
93 G1 クライマックス 1


G1 クライマックス ビデオ紹介

藤原組
1994/8/3
後楽園ホール 

藤原喜明/サンダー・クラッキーvs神取忍/ジョー・マレンコ 
石川雄規vs臼田勝美
 
FUTURE STARⅡ
FUTURE STARⅡFUTURE STARⅡ

新日本プロレス
1994/8/3
両国国技館

谷津嘉章vs木戸修
藤原喜明vs武藤敬司
長州力vs蝶野正洋

Uとの決着
1993-1997
革命伝説 長州 力9


越中詩郎vs飯塚孝之
馳浩vs橋本真也
藤波辰爾vs越中詩郎
グラン浜田/ディーン・マレンコvs
獣神サンダー・ライガー/エル・サムライ
エル・ヒガンテvsネイルズ

1994
G1 クライマックス
Aブロック代表者決定リーグ戦
1994 G1 クライマックス1


G1 クライマックス ビデオ紹介

新日本プロレス
1996/8/3
両国国技館

佐々木健介vs平田淳嗣
武藤敬司vs小島聡
長州力vs天山広吉

Uとの決着
1993-1997
革命伝説 長州 力9


長州力DVD紹介

越中詩郎vs山崎一夫

1996
G1 クライマックス
96 G1 クライマックス Part.1

G1 クライマックス ビデオ紹介

大谷晋二郎vsネグロ・カサス
エル・サムライvsグラン浜田

J-CROWN
ジュニア8冠統一トーナメント
Part.3
J-CROWN


みちのくプロレス
1996/8/3
郡山セントラル
ホール 

中米ミドル級
愚乱・浪花vs獅龍

新日本プロレス
1997/8/3
両国国技館

天山広吉vs橋本真也

Disk.6
破壊王G1激闘史
破壊王 橋本真也


橋本真也追悼DVD-BOX紹介

佐々木健介vsスコット・ノートン

優勝戦
佐々木健介vs天山広吉

1997
G1 クライマックス
FIGHT AND GLORY Part.2
97 G1 クライマックス Part.2


G1 クライマックス ビデオ紹介

IWGP列伝 8
IWGP列伝8


IWGP列伝/ジュニア・ヘビー級列伝ビデオ紹介

グレート・ムタ vs スティーブン・リーガル

WWF
1997/8/3
コンチネンタル・
エアライン・アリーナ

第10回大会(1997年)
WWF SummerSlam 1997 "Hart and Soul"


スティール・ケージ・マッチ -Steel cage Match-
○マンカインド vs ハンター・ハースト・ヘルムスリー(w / チャイナ)●
○ゴールダスト(w / マレーナ) vs ブライアン・ピルマン●
○リージョン・オブ・ドゥーム(ホーク&アニマル) vs ザ・ゴッドウィンズ(フィニアス・I・ゴッドウィン&ヘンリー・O・ゴッドウィン)●
WWFヨーロピアン王座 -WWF European Championship-
○ブリティッシュ・ブルドッグ(c) vs ケン・シャムロック●
8人タッグチーム・マッチ -Eight-Man Tag Team Match-
○ロス・ボリカス(サビオ・ベガ&ホセ・エストラーダ&ミグエル・ペレス&ヘスス・カスティーヨ) vs ディサイプルズ・オブ・アポカリプス(クラッシュ&チェインズ&8ボール&スカル)●
WWFインターコンチネンタル王座戦
-WWF Intercontinental Championship-

○スティーブ・オースチン(c) vs オーエン・ハート●
WWF王座戦 -WWF Championship-
スペシャル・レフェリー ショーン・マイケルズ
●ジ・アンダーテイカー(c) vs ブレット・ハート○





2000年以降

吉本女子プロレスJd'
2000/8/3
後楽園ホール

西千明が阿部幸江戦でデビュー

新日本プロレス
2002/8/3
両国国技館

越中詩郎vs棚橋弘至
佐々木健介vs高山善廣
安田忠夫vs鈴木健想

2002
G1 クライマックス Part.1
02 G1 クライマックス Part.1


G1 クライマックス ビデオ紹介

LLPW
2003/8/3
後楽園ホール

風間ルミが引退した後は、神取忍が2代目社長に就任

風間ルミ
FINAL SEXY
FINAL SEXY
2003/8/3

Hな女子プロレスラー特集(18禁)

アイスリボン
2006/8/3

アイスリボン35
タニー・マウスvs希月あおい

アイスボックス
8月セレクション
アイスボックス8

BJW
2008/8/3

松崎和彦vs今井計
大橋篤vsX
関本大介&伊東竜二&井上勝正vs原田大輔&矢野啓太&今井計

BJ UNDERGROUND
LAZONA KAWASAKI 3DAYS
BJ UNDERGROUND

NJPW
2007/8/3

棚橋弘至、初のオフィシャル本『オレはプロレスラー』(カンゼン刊)が発売

オレはプロレスラー

WWE
2008/8/3

リック・フレアーがWWEを退団

 
JWP
2008/8/3
後楽園ホール

デイリースポーツ認定女子タッグ王座決定
トーナメント決勝戦
春山香代子&倉垣翼 vs 堀田祐美子&豊田真奈美

JWP激闘史2008
JWP激闘史2008


AJW
2008/8/3

小島聡が離脱、F4を結成。


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プロレス/格闘技
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カール・ゴッチ
Karl Gotch
1924/8/3 - 2007/7/28

プロレスラー、プロレスコーチ。日本においてはプロレスの「神様」と称される。本名はカール・イスターツKarl Istaz)。1961年まではリングネームとしてカール・クラウザーKarl Krauser)と名乗っている。プロフィール上はドイツ・ハンブルク出身とされているが、実際はベルギー出身と言われている。得意技はジャーマン・スープレックス。
来歴

レスリングでは、グレコローマンおよびフリースタイルレスリングのベルギー王座を7回ずつ獲得。ロンドンオリンピック(1948年)のグレコローマンおよびフリースタイルレスリングにベルギー代表として出場。1950年"Karel Istaz"のリングネームでプロレスデビュー、ヨーロッパ各地のトーナメントへ参戦。同年、ウィーンでのトーナメントでハープ・ガーウィッグ(後のキラー・カール・コックス)に敗れ準優勝。1951年より"Snake Pit"(蛇の穴)の通称でも知られるイギリスのビリー・ライレージムでビリー・ジョイスについてランカシャーレスリング(キャッチ・アズ・キャッチ・キャン)を練習する。

1959年にカナダへ進出、モントリオールでの興行へ参戦。1960年にアメリカへ進出、プロフィール上はドイツ人となり、リングネームとしてカール・クラウザーを名乗る。オハイオ州のMidwest Wrestling Association(MWA)へ参戦すると、1961年にNWAイースタンステーツヘビー級王座を獲得。同年、リングネームをフランク・ゴッチにあやかりカール・ゴッチへ改める。1962/8/31オハイオ州コロンバスにおいて、友人であるビル・ミラーと共に、NWA世界ヘビー級王者バディ・ロジャースと控え室でトラブルを起こす。同年、ドン・レオ・ジョナサンを破り、American Wrestling Alliance(オハイオ版AWA)世界ヘビー級王座を獲得。1963年9月から1964年11月にかけて、ルー・テーズが保持していたNWA世界ヘビー級王座に9回挑戦するが、王座は獲得できず。1967年カリフォルニア州ロサンゼルスのWWAに参戦すると、同年"アイアン"マイク・デビアスをパートナーとしてWWA世界タッグ王座を獲得。同年6/30、大木金太郎が保持していたWWA世界ヘビー級王座にデビアスが挑戦した試合へ乱入し、デビアスの王座獲得を助けたと言われている。1968年アメリカ市民権を取得。1971年WWWF(後のWWE)へ参戦すると、レネ・グレイをパートナーとしてWWWF世界タッグ王座を獲得。しかし、ルー・テーズから「私をもっとも苦しめた挑戦者」と評されながらもとうとう主要王座は獲得できず、「無冠の帝王」の異名を持つ。

日本においては、1961年4月日本プロレスの第3回ワールドリーグに出場するために、カール・クラウザー(Karl Krauser)のリングネームで初来日。吉村道明を相手にジャーマン・スープレックス・ホールドを日本初公開する(試合は引き分け)。力道山とも対戦し、引き分ける。なお、来日中、ビル・ミラー(覆面レスラーのミスター・Xとして来日)と共に控え室でグレート・アントニオへ制裁を加えたという噂がある。1966年7月に再来日、ジャイアント馬場のインターナショナル選手権に挑戦が決まっていたが怪我で断念。1968年1月日本へ移り住み、日本プロレスのコーチに就任。「ゴッチ教室」を開き、アントニオ猪木に卍固め、ジャーマン・スープレックスを伝授。さらに山本小鉄、星野勘太郎といった当時の若手・中堅選手を厳しく鍛えた。ヨーロッパ仕込みのテクニックから「プロレスの神様」と称される。

その後はハワイで清掃の仕事などをしていたが、1971年3月国際プロレスの吉原功社長の招きで、第3回IWAワールドシリーズに参加。ビル・ロビンソンと5回対戦し、全試合とも時間切れで引き分ける。モンスター・ロシモフ(後のアンドレ・ザ・ジャイアント)とも対戦し、ジャーマン・スープレックス・ホールドを決めるが、レフェリーがリング外でダウンしていたためフォールは認められず、ロシモフの逆襲に不意を突かれ敗れる。国際プロレスに所属していたアニマル浜口らを指導する。

1972年1月の新日本プロレス設立に選手及びブッカーとして助力。1972年3月から1974年8月にかけて、アントニオ猪木と5回対戦し、3勝2敗。1973年10月ルー・テーズをパートナーとしてアントニオ猪木&坂口征二組と3本勝負で対戦し、1-2で敗れる。その後、フロリダ州タンパの「ゴッチ道場」において、藤波辰巳、木戸修、藤原喜明、佐山聡、前田日明らプロレスラーを数多く育成する。1982/1/1後楽園ホールにおいて藤原喜明とエキシビション・マッチで対戦、同年1月8日後楽園ホールにおいて木戸修と対戦したエキシビション・マッチが、プロレスラーとして最後の試合である。

その後は、第一次および第二次UWF、藤原組の顧問に就任し、所属プロレスラーを指導。佐山聡が設立したスーパータイガージムでも指導をする。シーザー武志へはシュートボクシング創設につながるアドバイスを与える。また、船木誠勝、鈴木みのるが1993年5月に設立した団体に「パンクラス」の名を与えている。2006年7月より藤波辰爾、西村修が設立した無我ワールド・プロレスリングの名誉顧問に就任。晩年は、タンパの自宅に西村修が度々訪ね、既に夫人を亡くしていたゴッチの世話を西村が行っていた。二人で夜な夜なワインを酌み交わしながら、プロレス談義に花を咲かせていたという。

2007/7/2821時45分、アメリカ合衆国フロリダ州タンパ市にて82歳で死去した。2007/7/30発行の東京スポーツ紙の記事では『大動脈瘤破裂』が死因だったとしている。

来歴についての疑問点
  • ゴッチの生年月日についてはいくつかの説が伝えられていたが、2000年代になってからは「1924年8月3日生まれ」でほぼ統一されている。「ドイツ・ハンブルク出身」とされているが、「ベルギーのアントウェルペンまたはブリュッセルの生まれで、後にハンブルクへ移住した」とも言われている。また、「父はハンガリー人、母はドイツ人」「"Gotch"というリングネームは母方の姓に由来する」とも「オランダ系でドイツ人の血は引いていない」とも言われている。このため、「ゴッチは(かつて第二次世界大戦においてアメリカと戦った『ヒール』としての)ギミックとしてドイツ人を演じているだけではないか」という意見もあるが、一方で、「ゴッチはナチスについて肯定的な発言を本気でしている」とも言われている。
  • ゴッチのアメリカ進出以前の経歴については、出典により異なった情報が伝えられている点が多い。例えば、以下のような経歴が紹介されたことがある。
    • ナチス統治下のドイツにおいて、9歳よりレスリングを始める。
    • 16歳でアマチュアレスリング全ドイツ・ヘビー級王座を獲得。
    • ヘルシンキオリンピック(1952年)のグレコローマンスタイルレスリングに出場、銀メダルを獲得。
    • 1954年より2年間、ビリー・ライレージムでランカシャーレスリングを練習する。
    • 1956年ヨーロッパでプロレスデビュー。
  • ゴッチが初来日の時に「クライザー」と名乗っていたのは、元々来日する予定であったクライザーというプロレスラーが来日できなくなり、代役として来日したためであるという「ゴッチ代役説」が伝えられている。この説では、ゴッチが「クラウザー」という類似したリングネームを使っていた事実はなかった(もしくは単なる偶然)とされる。また、代役としてゴッチを推薦したのは、ビル・ミラーとも言われている。この説とは別に、「クライザー」というプロレスラーが来日するはずが、なんらかの手違いにより「クラウザー」ことゴッチが来日してしまったという「ゴッチ人違い説」も伝えられている。元々来日する予定であったプロレスラーは、カロル・カルミコフのリングネームも使っていたカロル・クラウザー(Karol Krauser)とも言われている。
  • 1962/8/31にオハイオ州コロンバスのフェアグラウンズ・コロシアムにおいて、ジョニー・バレンドと対戦予定であったNWA世界ヘビー級王者バディ・ロジャースが「控え室でカール・ゴッチとビル・ミラーに襲われて負傷した」と訴え、その日の試合を欠場した(公演自体は行われ、ロジャースの代役としてジャイアント馬場がバレンドと対戦したが、入場料の一部は払い戻しとなった)。ゴッチとミラーは警察署に出頭し、逮捕されたが、保釈金を支払って釈放された。ロジャースが「急に閉じられたドアに手を挟まれて負傷した」と主張したのに対し、ゴッチとミラーは「平手で一発ずつロジャースの顔を殴っただけで、負傷させるつもりはなかった」と反論した。ゴッチとミラーは「ロジャースには、次にオハイオを訪れた時にわたしたちの挑戦を受けることを要求したのに、負傷させては意味がない」「わたしたちがロジャースを負傷させるつもりであれば、手を負傷した程度で終わるはずがない」とロジャースを負傷させたことを否定したが、ロジャースは複数のプロモーター、プロレスラーから恨まれていたため、何者かがゴッチとミラーに依頼してロジャースを負傷させたという憶測が絶えなかった。なお、ロジャースはしばらくして試合に復帰したが、1963年1月24日、ルー・テーズに敗れ、NWA世界ヘビー級王座を奪われた。一方、ゴッチはこの事件の2週間後にオハイオ版AWA世界ヘビー級王座を獲得すると、その後はテーズと互いの王座を懸けて対戦するなど、アメリカにおける全盛期を迎えた。この逸話はかつては梶原一騎などによって「ロジャースは人気ばかりで実力がなかったからゴッチに控室でKOされた男として最低の恥をかかされた(『プロレススーパースター列伝』でのリック・フレアーの台詞)」などと誇張して伝えられ、ロジャースが未来日だったこともあって日本でのある時期のロジャースの印象を一部で低下させた。
プロレスラーとして
  • ゴッチはプロレスラーとしてそれほど大きな成功を収めておらず、アメリカでの知名度は低い。しかし、レスリングの技術とトレーニングに対する拘りから、日本では尊敬を集めている。インドのクシュティ、日本の柔道、ロシアのサンボを含む世界中のあらゆるレスリングに精通しており、「朝目覚めてから夜眠るまで常に『素手でいかに効率良く人を殺せるか』を考え続けている」と言われている。
    • ゴッチはレスリングを最も古く、最も難しいスポーツと考えており、キャッチアズキャッチキャンをレスリングの中で最強のスタイルとしている。打撃を含む総合格闘技に関しては一貫して否定的である。
    • ゴッチの行うトレーニング方法はインドに由来するものが多い。レジスタンストレーニングとしてはフリーウエイトを使うことは好まず、自重によるトレーニングを多用している。
    • 柔道出身のプロレスラーであった木村政彦とゴッチは友人であった。ゴッチはグレイシー柔術については「自分も知っている昔の柔道以上のものではない」と語っており、あまり評価していない。
    • ゴッチは宮本武蔵を尊敬しており、五輪書を愛読している。武蔵の心境に近づくために、プロレスラーとして試合をすることがなくなってもトレーニングを続けていた。
    • 左手の小指の大部分を欠損している。この欠損の原因は、レスリングとは関係ない事故とされている。本人の弁では船員時代折れた船の煙突が友人を下敷にしそうになったのを庇って失ったとのことである。
  • ゴッチのファイトスタイルは、レスリング技術を主体とする「正統派」で、派手さが無く、興行が盛況に至らないという理由から、一部プロモーターには煙たがられていた。見る人間によって「独り善がりでプロレスを理解していない人間」か「妥協無き真のプロレスラーでありシューター」という風に、評価が真っ二つに分かれるプロレスラーである。プロレスラー間でも、日米問わず賛否が分かれており、ルー・テーズやビル・ミラーから高い評価をされている一方、新日本プロレスの道場での稽古で再会したザ・グレート・カブキはゴッチが関節を極める際に指を眼に入れるなどの妥協なき「技術」を駆使して来るために「ずるい」と語り、ジャイアント馬場も「コーチとしての腕は認めても良いが、レスラーとしては駄目」と発言している。
  • ゴッチがルー・テーズの保持するNWA世界ヘビー級王座に6回目の挑戦をした試合(1964/5/2、ミシガン州デトロイト)において、ゴッチはテーズからバックドロップを仕掛けられた時に、自分の体重をテーズにあずけ、テーズの肋骨5本を骨折させた。テーズはダブルリストロックで試合には勝ったものの、この骨折から回復するのに7か月間かかり、特に骨折直後の2か月間は、後に人生で最悪の時間であったと語るほど苦しんだ。テーズはゴッチがこの試合でダブルクロスを試みて自分を傷付けたと信じており、そのことが2人の仲違いにつながったとも言われている。
  • ゴッチのジャーマン・スープレックス・ホールドはもっとも軌道が美しいと称えられており、ミスタージャーマンのスープレックスを投げられるレスラーは、ある意味勲章であった。
  • ゴッチのライバルは数多い。ビル・ロビンソンやドン・レオ・ジョナサンなど多くのライバルと戦って来たが、最強のライバルと言うと「鉄人」ルー・テーズを置いて他に無い。1961年から1964年までに7回戦って来たが、何れも引き分けであった。大方のパターンはジャーマン→バックドロップ→時間切れ引き分け……と言うのが大体の試合パターンであった。なおゴッチはテーズに対してライバル心と同様、ある種の憧れも抱いており、敢えてテーズと同じ様なファイティングポーズを取っていたと言う。

獲得タイトル

  • ヨーロッパ認定世界ヘビー級王座
  • NWAイースタンステーツヘビー級王座
    • 1961年獲得。
    • 1961/12/29、オハイオ州コロンバスにおいてドン・カーティスに奪われる。
  • AWA世界ヘビー級王座(オハイオ版)
    • 1962/9/14、オハイオ州コロンバスにおいてドン・レオ・ジョナサンより獲得。
    • 1964年9月7日、オハイオ州コロンバスにおいてルー・テーズに奪われ、NWA世界ヘビー級王座へ吸収。
  • IWA世界ヘビー級王座(オーストラリア版)
    • 1965/8/18、メルボルンにおいてスパイロス・アリオンより獲得。
    • 1965/8/25、メルボルンにおいてスパイロス・アリオンに奪われる。
    • この頃のオーストラリアでは、ゴッチはリングネームをカール・クラウザーに戻している。
  • WWA世界タッグ王座(ロサンゼルス版)
    • パートナーは "アイアン" マイク・デビアス。
    • 1967年、ミスター・モト&大木金太郎組より獲得。
    • 1967年、ペドロ・モラレス&ビクター・リベラ組に奪われる。
  • WWWF世界タッグ王座
    • パートナーはレネ・グレイ。
    • 1971/12/6、ニューヨーク州ニューヨークにおいてルーク・グラハム&ターザン・タイラー組より獲得。
    • 1972/2/1、ペンシルベニア州フィラデルフィアにおいてマイケル・シクルナ&キング・カーティス組に奪われる。
    • 新日本プロレスの設立に協力するために、短期間で王座を譲り、WWWFから離脱する。
  • 世界ヘビー級(認定団体不明)
    • フランク・ゴッチゆかりのベルトと言われていたが、上記のオハイオ版AWAベルトを流用したものと思われる。
コーチとして
  • コーチとしてのゴッチは、豊富な知識から様々な練習方法を提案し、やる気を出させる教え方が上手なため、慕っているプロレスラーが多い(ただし、スパーリングは非常に厳しいらしい)。ゴッチの教えは「ゴッチイズム」と呼ばれ、ゴッチの指導を受けたアントニオ猪木が新日本プロレスで「ストロングスタイル」を確立したため、特に新日本プロレス出身のプロレスラーの間では畏敬の念を抱かれている。もっとも、これはアングルの一種でもあり、弟子たちの多くはゴッチを利用して有名になるとゴッチの下を訪れなくなったため、ゴッチがインタビューでかつての弟子たちに苦言を呈したこともある。なお、全日本プロレスの渕正信がゴッチの下を訪れた際にもゴッチは熱心に指導しており、指導するプロレスラーの所属団体についての拘りはないようである。
    • 長州力がデビュー戦から使用し続けているサソリ固め(スコーピオン・デスロック)は、ゴッチが伝授したと言われている。
    • 藤波辰爾の得意技だったドラゴンスクリュー、ドラゴン・スープレックス(フルネルソン・スープレックス)は、ゴッチが元祖である。
    • ゴッチは「12種類のスープレックス」を新日本プロレス期待の若手であった当時の前田日明に伝授している。
    • ゴッチは小沢正志のためにモンゴル人のギミックを考案し、「テムジン・モンゴル」と命名したが、小沢がアメリカへ進出する際に「キラー・カーン」と改名したために破門している。その後、ゴッチと小沢が和解したかどうかは不明である。
  • 第2次UWFブーム当時、ゴッチは週刊ゴングのインタビューで「日本には私のファイトスタイルを忠実に再現しているレスラーが1人だけいる」と発言し、記者から「それは誰ですか?やはり前田(日明)さんですか?」と尋ねられたのに対して、「木戸修だよ」と答えている。この発言からも分かるように、蹴りを多用する前田日明、高田延彦には、「彼らはキック・ボーイになってしまった」とやや冷水を浴びせるところがあった。ただし、ゴッチは来日時に山本小鉄へ見事なソバットを決めたこともあり、キックを嫌う傾向はあるが、必ずしも否定はしていないという見方もある。また、鈴木みのるがUWF時代にこだわりを持って使用したドロップキックやストンピングを批判していないところから、繋ぎ技、裏技、奇襲として足の裏で蹴ることは否定していないのではないかと思われる。
    • なお、木戸修に対するゴッチの思い入れは若手時代からであり、新日本旗揚げシリーズ前の道場での公開練習では、ゴッチは当時22歳であった木戸を専属パートナーとして指名している。
  • ゴッチはレスリングをするために筋肉増強剤は有害であると考えており、ケン・シャムロックが筋肉増強剤を使用していると批判している。パンクラスがゴッチの批判を無視してケン・シャムロックを重用したため、ゴッチはパンクラスと決別したと言われている。
  • ゴッチは1999年からしばらくの間マット・フューリーを指導したことがあり、2000年にトニー・チチーニーがフューリーを批判した時にはチチーニーを非難したが、その後はフューリーを厳しく批判している。かつての弟子とのトラブルについて、ゴッチは「魂だけは教えることができないものであり、本人が生まれながらに持っているものである」と述べている。
  • グレコ特有のロックアップしてからの展開を基本としていたため、自ら飛び込んでの片足タックルを全く教えなかった。ゴッチの技術体系では現在の総合格闘技に対応できないことは明らかであり、パンクラスがゴッチから訣別した一因ともなっている。
  • 前田日明によればゴッチはUWFの選手にタックルの有効性を訴えていたが、選手たちは理解せず見栄えのよいキックばかり練習していたと言う。
エピソード
  • 1986年「INOKI 闘魂 LIVE」前田日明vsドン・中矢・ニールセン戦のセコンドとしてUWFサイドの招きで来日した際、「これまで何度も飛行機で日本に来ているが、ファーストクラスを用意してくれたのは初めてだ。ありがとう。」とコメントした。これをUWFサイドは、「プロレスの神様と持ち上げておきながら、これまで関わった団体はその程度の扱いしかしなかった!」と、雑誌等で喧伝した。しかし、後にゴッチが第2次UWFの顧問から外れた際、実は新日も日本に呼ぶ際はファーストクラス料金を送金していたのに、ゴッチ自らが下のクラスの座席を取って来日していた事が明かされた。
  • 第一次UWF崩壊後も、来日の度に団体が用意したホテルではなく第一次UWFの社長であった浦田昇の家に宿泊していた。これは、1996年5月に浦田が修斗コミッショナーに就任した後に受けたインタビューで述べている。
  • 日本プロレスに来日した際、歯が痛くなったゴッチは「歯があるから痛くなる」と言い張って、歯医者に無理矢理痛くない歯も含めて全部の歯を抜かせたという。当然ながら抜いた直後は体調が悪化して練習を休みにせざるを得なくなり、猛特訓に辟易していたレスラー連中を大喜びさせたという。
  • 渕正信が雑誌「Gスピリッツ」(週刊ゴングの後継誌の一つ)に語ったところによると、渕がゴッチの元で修業していた1982年に「新日本とは何の契約もないので全日本が呼んでくれるのなら行ってもいい」とゴッチが言い出し、ちょうど米国遠征中だった馬場も興味を示したという。このゴッチ全日本登場は、「新日本の象徴であるゴッチを全日本が引き抜いてどう使うかが非常に難しい」ということなどから幻に終わった。渕によるとゴッチは馬場のことを「あの身体の大きさであれだけ動けて身体も柔らかいのは素晴らしい」と語っていたという。
  • ルー・テーズはゴッチについて晩年に「彼の動きはロボットを連想させる」と述べたことがある。
  • 死去する直前、テレビの取材で坂口征二とともに自宅に訪れた俳優の坂口憲二に「ゴッチ式トレーニング」を直接指導した。当初坂口は、10分程度の練習のつもりだったが、ゴッチの指導に熱が入り1時間以上練習するハメに。
  • アントニオ猪木が自他共に認めるゴッチの弟子としてレスラーとして尊敬していたこと、新日本プロレス旗揚げの際にNWAから締め出されていた新日に実力あるレスラーをブッキングしたことは有名だが、猪木自伝によれば「新日旗揚げ時のブッカー料は業界抹殺のリスクに見合う巨額を請求してきた」「ギャラの札の枚数を目の前で数えられた」として、金銭にシビアな面に猪木が幻滅した描写がある。

ゴッチが指導した主なプロレスラー

  • ヒロ・マツダ
  • アントニオ猪木
  • 坂口征二
  • キラー・カーン
  • アニマル浜口
  • 藤原喜明
  • 木戸修
  • 長州力
  • 藤波辰巳
  • 佐山聡
  • 渕正信
  • 前田日明
  • 高田延彦
  • 石川雄規
  • 鈴木みのる
  • 船木誠勝
  • 西村修
  • ジャック・ブリスコ
  • ボブ・バックランド
  • エル・カネック
  • ジョー・マレンコ
  • ディーン・マレンコ
  • ジョシュ・バーネット

流智美 Presents
プロレスの神様
カール・ゴッチ
その真実と真髄
流智美 Presents プロレスの神様 カール・ゴッチ その真実と真髄



ヘイスタック・カルホーン
Haystacks Calhoun
1934/8/3 - 1989/12/7

ウィリアム・ディー・カルホーンWilliam Dee Calhoun)は、アメリカ合衆国のプロレスラー。アーカンソー州モーガンズ・コーナー出身。

元WWWF世界タッグ王者(第6代)。1960年代を代表する巨漢レスラーであり、日本では「人間空母」「お化けカボチャ」などの異名で呼ばれた。

来歴

1957年にデビュー。オーバーオールを着用し、家畜の蹄鉄を鎖で首にぶら下げた農夫ギミックの超巨漢ベビーフェイスとして売り出され、カンザスシティやヒューストンなど各地を転戦。1960年代初頭はハッピー・ハンフリーとの巨漢対決で注目を浴びた。1962年10月にはロサンゼルスのWWAにて、エイブ・ジェイコブズ(アベ・ヤコブ)とのコンビでWWAインターナショナルTVタッグ王座を獲得している。

1963年3月、日本プロレスの『第5回ワールド大リーグ戦』に初来日。羽田空港から都心のホテルまで小型トラックの荷台で運ばれるなどの演出で話題を呼び、4/17には沖縄で力道山のインターナショナル・ヘビー級王座に挑戦。若手時代のアントニオ猪木や大木金太郎を相手にした5人掛けの変則試合なども行われた。

1960年代後半はカナダのバンクーバー地区を主戦場に、1966年7月にはドン・レオ・ジョナサンと組んでジョン・トロス&トニー・ボーンからNWAカナディアン・タッグ王座を奪取。1968年6月にもジョナサンとのコンビでジ・アサシンズを破り、再び同王座を獲得した。この間、1966年12月には地元のアーカンソーをサーキット・エリアとするミッドサウスのトライステート地区にて、ジャック・ブリスコと組んでNWA USタッグ王座にも戴冠。1968年8月にはマンマウンテン・カノンとの巨漢コンビで日本プロレスに再来日している。

1970年代よりニューヨークのWWWFに登場。1973/5/30、トニー・ガレアをパートナーにプロフェッサー・タナカ&ミスター・フジからWWWF世界タッグ王座を奪取した。9/11にタナカ&フジにタイトルを奪回されるが、以降もベビーフェイスの中堅としてWWWF(WWF)に定着。ゴリラ・モンスーン、チーフ・ジェイ・ストロンボー、イワン・プトスキーらと共に、マディソン・スクエア・ガーデンのミッドカードに欠かせない人気者となる。ブルーノ・サンマルチノやペドロ・モラレスともタッグを組み、1977/6/6にはスーパースター・ビリー・グラハムのWWWF世界ヘビー級王座にも挑戦した。

1978年6月にはWWFとの提携ルートで新日本プロレスの『サマー・ファイト・シリーズ』に参戦、10年ぶりの来日を果たしたが、日プロ参戦時と比べ体重は大幅に落ちていた。同シリーズではピーター・メイビアと組んで坂口征二&ストロング小林の北米タッグ王座に挑戦、アントニオ猪木とのシングルマッチも行われている。なお、このシリーズには当時WWFでメイビアのマネージャーを務めていたフレッド・ブラッシーも来日しており、WWFではベビーフェイスのカルホーンも仇敵ブラッシーをマネージャー役にしてヒールを演じた。翌1979年6月には新日本のブッキングでアンドレ・ザ・ジャイアントと共に国際プロレスに特別参加している。

その後、健康状態が悪化して1980年代初頭に引退。1986年に糖尿病のため左足を失い、1989年12月7日に死去。55歳没。

エピソード

  • 初来日時は当時としては桁外れの体のサイズゆえ大きな話題を集め、子供向けの印刷媒体には「朝食には茹でたジャガイモをバケツ1杯、ベーコン900グラム、卵10個を食べ、ミルク半ガロン(約2リットル)を飲む」などと紹介された。プロレスラーになったきっかけも、巨体を武器にして手っ取り早く大金を稼ぎ、その食欲を満たすためだったなどとされている。東京スポーツ新聞社の桜井康雄が彼の食いっぷりを確かめるべくレストランに誘ったところ、800グラムのステーキを3枚、エビフライを4人前、フルーツを4皿たいらげたという。
  • 1962年公開の映画 "Requiem for a Heavyweight" (ロッド・サーリング脚本、アンソニー・クイン主演)に本人役で出演している。

獲得タイトル

  • WWAインターナショナルTVタッグ王座(ロサンゼルス版):1回(w / エイブ・ジェイコブズ)
  • NWAカナディアン・タッグ王座(バンクーバー版):2回(w / ドン・レオ・ジョナサン)
  • NWA USタッグ王座(トライステート版):1回(w / ジャック・ブリスコ)
  • WWWF世界タッグ王座:1回(w / トニー・ガレア)


ローラン・ボック
Roland Bock
1944/8/3

西ドイツ・ガイスリンゲン出身のプロレスラー。「欧州の帝王」「地獄の墓掘人」の異名を持つ。

ローランド・ボックと表記されていたこともあるが正しい読みはローラント・ボック。また、アントニオ猪木との西ドイツでの初対戦を報じた雑誌では、明らかな間違いであるがローラン・ブルック(もしくはルボック)と紹介されたこともある。

なお、 "Roland" のカタカナ表記は「ローラント」がドイツ式の原音に近いが、本人はプロレス専門紙『週刊ファイト』でのインタビューにおいて「ローラントは間違いなので、ローラン・ボックと表記して欲しい」と語っていた。これはヨーロッパにおいては知らぬ者がいないフランスの叙事詩 "La Chanson de Roland(ローランの歌)" の主人公に自らを重ねていたことに由来する(シュトゥットガルトでの猪木戦で、ボックを応援する観客が大合唱したのがローランの歌である)。つまり、リングネームとしてはローラン・ボックとフランス語風に発音することを本人は希望していた。

来歴

1968年、レスリングのグレコローマンスタイルでメキシコシティオリンピックに出場(ヘビー級)。また、レスリング超強豪国であったソビエト連邦でも活躍するなど、レスラーとしての実力は谷津嘉章からも高く評価されていた(『週刊ファイト』での対談による)。

1972年のミュンヘンオリンピックにも出場予定だったが、興奮剤の使用を巡り西ドイツの体育協会とトラブルを起こし、出場を断念。その後1973年にプロレスラーに転向。1975年にはメキシコから遠征してきたミル・マスカラスを破り、1979年12月にはアンドレ・ザ・ジャイアントとも対戦している(4R無効試合)。

西ドイツではプロモーター業も行い、1978年のアントニオ猪木の欧州遠征シリーズでは選手として自ら猪木と戦いつつ、興行そのものを取り仕切っていた(オットー・ワンツやウィレム・ルスカも参加。アントン・ヘーシンクの出場も予定されていた)。このシリーズでは、ボックは猪木と3回戦い、1勝(判定勝ち)1敗(反則負け)1分であったが、日本で放送されたのは前述のシュトゥットガルトにおける判定勝ちの試合であり、この際のボックの痛めつけ方が尋常ではなかったことから「シュトゥットガルトの惨劇」とも称された(実際、この試合を含むシリーズで猪木の負ったダメージは非常に大きかったと言われ、「猪木のレスラー生命を数年は縮めた」との評価も少なくなかった。

その後、交通事故や心臓発作に襲われ、かつてのようなコンディションは望むべくもない状態に陥った。

日本へは1981年と1982年、猪木の団体である新日本プロレスに通算3回来日している。1981年夏の初来日では木村健吾や長州力をダブルアーム・スープレックスで短時間で料理し、センセーショナルな日本マット登場を果たしたが、腹周りには贅肉がダブつき、長時間の試合も望めないコンディションだった。一説によれば、ビジネスを兼ねての来日であったという(マスクド・スーパースター談)。

逸話

  • レスリングの技能に加え、アントニオ猪木をして「とてつもなく力が強い」と言わしめた怪力を活かして活躍したが、「プロレスの暗黙の了解をしばしば無視し、時には平気で相手を負傷させる」といった悪評も付いて回った(「アンドレ・ザ・ジャイアントとの試合後、ボックの戦い方に怒ったアンドレがシャワールームに殴り込んだ」「自らも同様の悪評と無縁とは言えなかったカール・ゴッチが、『あんなルール破りの男と戦うのは危険だ』と猪木に忠告した」などの逸話が伝えられるほどであった)。
  • このため、「ショーマンシップのかけらもないが、実力(この場合は「真剣勝負をした場合」という意味と思われる)では世界の3本の指に入る」と『週刊ファイト』で賞賛されるなど、「強いプロレスラー」の代表の如く評価されるケースが多かったものの、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンを本格的に学んだと伝えられていないことなども考え合わせると、ボックのシューターとしての真の実力を疑問視する向きもある。
  • 得意技はダブルアーム式を始めとする各種スープレックス。また、その怪力を生かし、プロレス技としては「つなぎ技」でしかないボディスラムを必殺技に近いレベルで用いていた。欧州遠征した猪木は、ダブルアーム・スープレックスで肩を負傷(脱臼という説も)したとされる。
  • ボックは「腕さえ回れば象でも投げられる」と常々豪語していたと言われ、実際に「大巨人」アンドレを投げようとしたという逸話も残っている(ただし、実際にアンドレを投げることができたのかについては諸説あって不明である)。

獲得タイトル

  • WWU世界ヘビー級王座(1978年)
  • VDB世界ヘビー級王座(1979年)


杉内 由紀
1980/8/3

旧姓:古舘は、日本の元総合格闘家、現在はブラジリアン柔術家。ポゴナ・クラブジム所属。東京都町田市出身。夫は総合格闘家の杉内勇。

来歴

今成正和を擁するTeam ROKENの紅一点として2004/5/6のスマックガールFに参戦、「SGG 1Dayトーナメント2004 ライト級」に出場し1回戦で吉田正子を腕ひしぎ十字固めで下すも、準決勝で茂木康子に判定で敗れる。

総合デビューは同年11月26日のG-SHOOTO・Zepp Tokyo大会で柴田郁美相手に腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。2006/2/5にはDEEPに初参戦するもMIKUにチョークスリーパーで一本負け。この試合を最後にROKENを離脱するが、翌2007/3/18、プロレス団体「ガッツワールド」の興行で「ガッツワールド正規軍vsTeam ROKENイリミネーションマッチ」にROKENの一員として出場する。

ROKENの同僚だった杉内勇と結婚後はポゴナ・クラブジムに所属し、ブラジリアン柔術やグラップリングの試合に出場。2009/10/24にはVALKYRIE 03に参戦、「金網グラップリング」という形式で試合を行い田中由紀を腕ひしぎ十字固めで下した。



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団体 会場 / 時間
ドラゴンゲート
Summer Adventure Tag Tournament 2011
東京・後楽園ホール 18:30
Summer Adventure Tag Tournament 2011

CIMA/谷嵜なおき/KzyvsシーサーBOY/超神龍/渡辺陽介ARフォックスvsKAGETORA

Summer Adventure Tag Tournament 2011
トーナメント1回戦(Bブロック)
サイバー・コング/トマホークT.Tvs鷹木信悟/横須賀享
B×Bハルク/戸澤陽vs新井健一郎/岩佐拓
堀口元気/斎藤了vs望月成晃/YAMATO

Summer Adventure Tag Tournament 2011
トーナメント1回戦(Aブロック)
土井成樹/神田裕之vsドン・フジイ/琴香

※吉野正人、ドラゴン・キッド、Gamma、リッチ・スワンのカードは現在協議中。

ゼロワン
真夏の決闘 火祭り2011
新潟・万代シティ 19:00

火祭りAブロック 公式戦
曙vsゼウス(大阪プロレス)

火祭りBブロック 公式戦
崔領二vsフジタ“Jr”ハヤト(みちのく九龍)
関本大介(大日本プロレス)vs澤田敦士(IGF)

大谷晋二郎/橋本大地vs佐藤耕平/植田使徒
田中将斗/日高郁人vsKAMIKAZE/ニック・プリモ
藤田峰雄/横山佳和vs澤宗紀/柿沼謙太

健介オフィス
埼玉・健介オフィス道場 19:30

サマーボルケーノ異色のタッグトーナメント
優勝決定戦
西川/志賀vs菊/平柳組の勝者vs8/2 2回戦勝者

以下出場予定選手
森嶋猛(プロレスリング・ノア)/リッキー・マルビン/ザック・セイバーJr

K-DOJO
新木場1stリング  19:00

STRONGEST-K 2011 Aブロック公式戦
TAKAみちのくvs火野裕士
HIROKIvs滝澤大志

STRONGEST-K 2011 Bブロック公式戦
真霜拳號vs柏大五郎
KAZMAvs関根龍一
稲松三郎vsマリーンズマスク

佐藤悠己/ヒロ・トウナイvsダンディ拓也/バンディ
旭志織/大石真翔vs梶トマト/JOE

大阪プロ 大阪ミナミ・ムーブ・オン・アリーナ 13:00

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試合結果


◆ドラゴンゲート

▽サマー・アドベンチャー・タッグトーナメント1回戦
戸沢陽、○B×Bハルク[13分57秒 踏みつけ式体固め]×岩佐拓、新井健一郎
○神田裕之、土井成樹[10分41秒 体固め]×琴香、ドン・フジイ
○YAMATO、望月成晃[22分59秒 逆さ抑え込み]斎藤了、×堀口元気

◆大日本

○アブドーラ小林[7分31秒 片エビ固め]×ドレイスカー
星野勘九郎、○伊東竜二[11分56秒 体固め]シャドウWX、×佐々木義人
○ボーンズ、石川晋也[12分20秒 片エビ固め]×河上隆一、岡林裕二

◆K-DOJO

旭志織、○大石真翔[14分6秒 エビ固め]梶トマト、×JOE
▽STRONGEST-K2011公式戦Bブロック
○真霜拳號(2点)[14分5秒 無道]×柏大五郎(0点)
▽同Aブロック
○TAKAみちのく(2点)[17分43秒 ヘビーキラー1号]×火野裕士(0点)

◆健介オフィス
中嶋勝彦/○梶原慧/西川潤(22分24秒 ムーンサルトプレス→片エビ固め)志賀賢太郎/リッキー・マルビン/●ザック・セイバーJr

●なまずマン/●なまずマン(5分23秒 二匹まとめてジャンピングボディープレス→体固め)○森嶋 猛(ノア)

サマーボルケーノ異色のタッグトーナメント
決勝戦
宮原健斗/○アントーニオ本多(DDT)(20分27秒 ダイビングフィストドロップ→体固め)●菊タロー/平柳玄藩
※宮原健斗&アントーニオ本多組が優勝

  


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