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長州力/維新軍団 おまとめ動画集
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長州 力(本名(通名)吉田 光雄、韓国名:郭 光雄 1951/12/3)
山口県徳山市(現:周南市)出身のプロレスラー。血液型O型。在日韓国人2世である。

海外遠征時のリングネームはリッキー・チョーシュー。ニックネームは「革命戦士」。入場曲は平沢進作曲のオリジナルテーマ曲「パワーホール」。最終学歴は専修大学卒業。
タイトル

  • IWGPヘビー級王座 - 第6代、第8代、第12代王者
  • PWFヘビー級王座 - 第11代王者
  • WWFインターナショナルヘビー級王座
  • グレーテスト18クラブ王座 - 初代王者
  • IWGPタッグ王座 - 第8代、第10代、第30代王者(パートナーはそれぞれマサ斎藤、飯塚孝之、佐々木健介)
  • インターナショナル・タッグ王座 - 第35代王者(パートナーは谷津嘉章)
  • NWA北米タッグ王座 - パートナーは坂口征二
  • UWA世界ヘビー級王座 - 第7代王者
  • UWA世界タッグ王座 - 初代王者(パートナーはグラン浜田)
  • WMGタッグ王座 - 初代王者(パートナーは天龍源一郎)
  • G1 CLIMAX - 第6回(1996年)大会で初の全勝優勝
  • SG TAG LEAGUE - 第2回(1992年)大会
 2004/2005/2006/2007/2008/2009/2010

新日本再復帰〜2010

ハッスルやインディー団体へ参戦を続け、2004年新日本に一時復帰。2005/10/8、サイモン・ケリー猪木(当時新日本社長)との会談で、リキプロに所属しつつ新日本プロレスの現場監督として復帰(ただし、新日本所属ではなく、あくまでリキプロ所属である)。このサイモンの独断により新日所属レスラーの意見は真っ二つに別れた。特に藤波は発表当初は歓迎をしていたものの、なぜかドーム興行終了後に態度を180度転換している。実際、前日組まれていたカードを当日になって変更するなど一部の選手とは更なる軋轢を生んでいる。

現在は新日本の現場監督と、元WJ所属の若手選手によるプロダクションリキプロで、選手会興行を単発で行っている。

2009年にはレスラー生活35年を迎え、記念パーティ「長州力レスラー生活35周年を祝う会」を開催した。その中で「自分のゴールはもう目の前にある」と近い将来に2度目の引退をすることを示唆した。11月には征矢学と全日本プロレスの世界最強タッグ決定リーグ戦に出場。1985年と1986年に谷津と組んで出場して以来23年ぶりに全日本プロレスのリーグ戦に出場することとなった。

2009年には引退を意識してかどうかは定かでないが、新日本のみならずドラディション、リアルプロレス、ハッスル、全日本と精力的に各団体へ参戦。一部ではいまだに遺恨が深いとされる猪木率いるIGFへの参戦説まで浮上したがこれは実現に至らなかった。SアリーナでGKこと金澤克彦からIGFよりオファーがあったかどうかを突っ込まれると「ノーコメントだよ。聞くなって!」と切り返し微妙な含みを残した。

2009/9/8に竹内力の双子の弟というギミックのRIKIが「日本リーゼン党」立ち上げの記者会見を開き、長州力と高山善廣が「日本リーゼン党」に入党したことを発表した。しかしハッスルの事実上の倒産によってこのアングルは立ち消えとなっている。

2010年銀幕デビューとなる「星砂の島のちいさな天使」に初出演。共演者の美保純が番組でその演技力を絶賛する。現在は大手芸能プロダクション芸映が芸能活動の全てをバックアップしていることから今後も俳優としての露出も増えることが予想される。

2010/2/14
両国国技館
長州力 井上亘 Vs ジャイアント・バーナード カール・アンダーソン    
2010/1/4
東京ドーム
長州力 蝶野正洋 中西学 テリー・ファンク vs
アブドーラ・ザ・ブッチャー CHAOS
2/2  
2009/12 長州力 征矢学 vs 武藤敬司 船木誠勝 2/2  
  長州力 井上亘 中西学 平澤光秀 Vs 本間 石井 飯塚 アンダード     
  長州力 ライガー AKIRA vs 佐山 タイガーマスク 飯伏幸太 2/2  
  長州派同士の試合    
2009/10/17
埼玉
長州力 中西学 大森隆男 vs 永田裕志 井上亘 平澤光秀 2/2  
  長州力 井上亘 vsジャイアント・バーナード カール・アンダーソン 2/2  
  長州力 木戸修 vs 武藤敬司 ドン・フライ    
  長州力 曙 vs 中邑真輔 ブロック・レスナー    
  長州力 越中詩郎 vs 天龍源一郎 大仁田厚    
       
       
       
       
       
       
       
       



 2002-2004

WJプロレス

2002年2月武藤敬司派が新日を退団した責任を取らされ現場監督の任を剥奪。2002年5月痛烈な猪木、藤波批判を行った上新日本プロレスを退社。盟友・永島勝司と共に有力タニマチであった福田政二を代表取締役として2003年3月WJプロレス(ファイティングオブワールドジャパン)を旗揚げしたものの、多数の「諸般の事情」により頓挫、総合格闘技イベントX-1やZERO-ONEとの対抗戦に活路を見出そうとするも崩壊に至った。

なお、WJ設立時のオープニングシリーズでは全6戦全てのメインに長州対天龍のシングルマッチを組んだ。

 1987-1998

新日復帰・現場監督就任

1986年ごろからインタビューやマイクで藤波の名を口にし、古巣へのカムバックが次第に色味を帯びてきた1987年、長州の師であり維新軍でも頭目格であったマサ斉藤と猪木との抗争が始まる。これに伴い、調印式などに長州も姿を見せるようになりいよいよ復帰が秒読みと思われつつあった中、4/27両国国技館での猪木vs斉藤戦に際し、セコンドとして幾人かの元ジャパンプロ盟友らとついに新日会場に姿を見せる。試合前の協議でリング下につくセコンドは馳浩のみとなり、長州はリングサイドでの観戦を余儀なくされたが、斉藤がKO負けした直後は周囲に押さえられて未遂に終わるもリングに駆け上がらんばかりであった。これを契機についに長州の新日復帰が加速するかに見えたが、新日側は長州軍の参戦カードを中々組まず、痺れを切らせた長州側は5/30鹿児島県立体育館大会にてカードジャックを強行、第8試合にて長州は斉藤とのタッグで出陣の運びとなったが、この入場時に藤原が3年前を髣髴とさせるテロ行為に出る。鉄パイプ奇襲で負傷した長州はこの日はマシンに試合を譲ることになった。中一日をおいての6/1、愛知県体育館にてマシンとのタッグで2年8ヶ月ぶりの新日マットでのファイトに勝利を飾った。

長州側の陣容は、ジャパンプロレス時代に1986年8月全日マットで謀反を起こしたカーン、そして当時引退状態にあったアニマル浜口、全日本にそのまま残った谷津嘉章、寺西勇らを除き、マサ斎藤、小林邦昭、カルガリーハリケーンズのリーダースーパー・ストロング・マシン、またマシンとともに常に行動を共にしていたヒロ斎藤、更に専修大学の後輩でジャパンプロ出身の馳浩、そしてジャパンプロ生え抜きの佐々木健介といった選手らと反新日体制を率いる。正式な軍団名は無かったが全員リキプロに所属し、テレビやマスコミからは“長州軍”“ニュー維新軍”などと呼ばれていた。その軍団の当時のトレーニングジャージ(チャンピオンプロダクツ製)には背番号が入っていた(ちなみにマサ斎藤:0、長州:1、マシン:2、小林:3、ヒロ斎藤:5、保永昇男:6、佐々木:7、馳:8、タイガー服部:10、笹崎伸司:12)。現在でもマシーンはこのジャージを着用してリングインするときがある。

この合流に際し、一足先に新日本に合流していた前田日明率いるUWFとのからみがファンに期待されたが、目立った直接対決の機会のないまま新世代として長州、藤波、前田らは共闘し、猪木世代を相手に世代闘争を繰り広げることとなる。 しかし長州の一存でほどなくこのアングルも瓦解、新日本隊対長州軍という流れへと移行していく。次第にUWFの存在を希薄化され解体吸収されることを危惧しナーバスになった前田が長州の姿勢を「言うだけ番長」と揶揄するなど、徐々に確執が顕著になっていく中、11/19後楽園ホールの長州軍対UWFの6人タッグマッチにおいて、前田による長州への顔面蹴撃事件が勃発。これにより長州は眼窩底骨折で長期欠場、前田は新日本を解雇され独立の道を歩み、第二次UWFの旗揚げへと繋がる。 これは同時に新日本内部において反対勢力を排し長州の影響力を強める契機となった。 長州・新日本とUWFという後のプロレス界を席巻、牽引していく二大潮流の源流であり、また両者両団体の因縁の発端と言う意味でも、プロレス界における昭和から平成へのひとつのエポックとなった事件といえる。

長州は1988年7月にアントニオ猪木から念願のフォール勝ちを奪い、名実共に新日本マットの中心となった。そして現場監督として猪木が一線を退いた後の団体を取り仕切り、因縁浅からぬUWFインターナショナルとの抗争を主導し、新日本プロレスに莫大な利益をもたらす。しかし、その後は愛弟子の佐々木健介や他団体の天龍源一郎を重用する等の私情優先とも取れる経営も見られ西村修などの一部新日選手に長州を嫌う傾向が出始める。

1998/1/4の東京ドーム大会で引退。引退試合は藤田和之、吉江豊、高岩竜一、飯塚高史、獣神サンダーライガーの5人掛けであった。(藤田、吉江、高岩、ライガーに勝利。飯塚に敗北。)引退後、長州力のリングネームは愛弟子の佐々木健介が襲名するという話が持ち上がるも実現せず、引退前は現役復帰を完全否定していたにも関わらず大仁田厚の参戦・挑発に乗る形で2000年7月に現役復帰した。

  長州力引退記念興行 1 2/3 3/3
  長州力 vs 安生洋二    
1996/8/2
両国国技館
長州力 vs 橋本真也 2/2  
1993/3/23  長州力 藤波辰爾 vs 石川敬士 天龍源一郎  2/2  
1992/8/16 長州力 vs グレート・ムタ 2/2  
1990/5/24 長州力 vs 武藤敬司    
1989/3/16 長州力 マサ斎藤 vs SSマシン ジョージ高野 2/3 3/3
1990/1/4 長州力 ジョージ高野 vs 天龍源一郎 タイガーマスク 2/2  
1989/1/10 長州力 vs ビック・バン・ベイダー    
1988/6/17
新潟
小林邦明 vs オーエン・ハート    
1988/5/29
USA
長州力 マサ斎藤 vs Gagne Lawler 2/2  
1988/5/22
USA
長州力 マサ斎藤 vs Louis Spicol Houdini    
  長州力 vs クラッシャー・バンバン・ビガロ    
1987/8/20 長州力 藤波辰爾 vs アントニオ猪木 武藤敬司 2/2  
  長州力 SSマシン 小林邦明 vs 藤原喜明 木戸修 高田延彦 2/3 3/3 



 1985/1986

ジャパンプロレス旗揚げ〜全日参戦

その後ジャパンプロレスを旗揚げし、維新軍団に所属するレスラーを率いて戦場を全日本プロレスへと移すという、新日本に対し最初の造反を行う。UWFに続き、長州および維新軍団にも去られた新日本は選手が不足し、窮余の策として若手を登用、これが後の闘魂三銃士の隆盛に繋がる。

全日本マットにハイスパート・レスリングを持ち込むものの、当初はジャイアント馬場から「シャム猫のケンカ」と揶揄された。だが、結果的にはそれまでショー的要素の強いアメリカン・プロレススタイルが主流であった全日本の試合内容に変革を起こすこととなった。また全日本所属の天龍源一郎は長州にライバル意識をムキ出しにしたことで注目されることとなった。

そして、全日本プロレスのエースであるジャンボ鶴田と、大阪城ホールでのメーンエベントにて60分フルタイムの激闘を展開した。この試合については、後述の1998年の引退時のインタビューにて「あの試合はしんどかったね」「結果的に60分ドローだったけど、明らかに俺の方がバテてたよね」と、自分の方が不利であったことを認めている。この試合は、1985年のプロレス大賞の年間最高試合賞(ベストバウト)を獲得した。

天龍、鶴田の他にも、馬場をはじめブルーザー・ブロディ、ハーリー・レイス、ニック・ボックウィンクル、ドリー・ファンク・ジュニア、リック・フレアーらの世界的な名選手との対戦が行われ、全日本プロレスへの参戦は、長州にとっても大きな経験となった。1985年秋から全日本プロレス中継がゴールデンタイムに復帰するのも長州らの参戦による盛り上がりが大きく貢献している。

1986/2/5に谷津嘉章とのチームで鶴田、天龍の鶴龍コンビを破ってインターナショナル・タッグ王座を奪取。(この時は谷津がジャーマン・スープレックスで天龍からフォール勝ち)さらに、二か月後の4月5日にはハンセンを破ってPWFヘビー級王座を奪取。この王座は全日本創設以来の看板タイトルで、この時点で鶴田も天龍も奪取していなかった。しかし全日本のタイトルに興味がない長州はベルトを無造作に手に持ったり肩に掛けたりして、マスコミへの撮影以外で腰に巻くことはほとんどなかった。

その後、テリー・ゴディ、テリー・ファンク、カート・ヘニングらを相手に防衛に成功。1987年2月から病気(ガングリオン)で全日本のシリーズを欠場し、そのまま新日本に復帰。契約問題で馬場および日本テレビと揉め大騒動に発展した。これによりジャパンプロレスは崩壊。また、長州のスタイルに強い影響を受けた天龍は、長州離脱後の全日本マットで激しいプロレスを展開し、後の四天王プロレスのスタイルの礎を築いた。

1988 谷津嘉章 輪島大士 vs ピート・ロバーツ ポール・ハリス  2/2  
1988 谷津嘉章 vs ジョー・ディートン     
1988 谷津嘉章 vs ブルーザー・ブロディ 2/2   
1987 谷津嘉章 vs スタン・ハンセン  2/2   
1987
横浜
谷津嘉章 vs ジャンボ鶴田 2/3   3/3
  谷津嘉章 vs リック・フレアー 2/3  3/3
1987
宮城
谷津嘉章 仲野信市 vs スタン・ハンセン ディック・スレーーター 2/2  
1987
横須賀
谷津嘉章 仲野信市 vs ディック・スレーター ジョー・ディートン  2/2  
1987
札幌
谷津嘉章 仲野信市 vs ジャンボ鶴田 タイガーマスク 2/2  
  キラー・カーン テリー・ゴディ vs ジャンボ鶴田 天龍源一郎  2/3  3/3
1986
札幌
長州力 谷津嘉章 vs スタン・ハンセン テッド・デビアス 2/2  
  長州力 vs カートヘニング 2/2  
  長州力 アニマル浜口 vs ディック・ステーター ボブ・ブラウン    
  長州力 vs ジャンボ鶴田 Digest    
1986/11/1  ザ・ロード・ウォリアーズ vs アニマル浜口 仲野信市    
1986/5/24
日本武道館
SSマシン キラー・カーン vs ザ・ロード・ウォリアーズ  2/2  
1986/5/17
横須賀
長州力 vs テリー・ゴディ    
1986/3/13 長州力 vs タイガーマスク    
1986/3/13 アニマル浜口 vs ジャンボ鶴田    
  長州力 vs ミル・マスカラス    
  長州力 キラー・カーン vs ジャンボ鶴田 天龍源一郎 2/2   
1986 キラー・カーン 寺西勇i 仲野信市vs SSマシン ヒロ斎藤 高野俊二    
1986 谷津嘉章 寺西勇i vs ニキタ・コロフ クラッシャー・クリフチョフ    
1986/1/1
後楽園ホール
長州力対トム・マギー・異種格闘技戦 1/2 2/2  
  キラー・カーン 栗栖正伸 vs ハリー・レイス クラウス・ワラス    
1985  長州力 谷津嘉章 vs ジャンボ鶴田 天龍源一郎  2/4  3/4 
4/4  
1985/8/23
後楽園ホール
長州力 vs タイガー・ジェット・シン 2/2  
1985/6/21
日本武道館
長州力vs 天龍源一郎 1/3  2/3  3/3 
1985/6/4
大阪
キラー・カーン 谷津嘉章 vs ザ・ロード・ウォリアーズ    
1985/4/24
横浜
長州力 アニマル浜口 vs 天龍源一郎 阿修羅原    
1985/4/23 長州力 vs リック・フレアー  2/3  3/3
1985/3/9 長州力 谷津嘉章 vs ブルーザー・ブロディ キラー・ブルックス    
1985/3/8 キラー・カーン アニマル浜口 vs ザ・ロード・ウォリアーズ    
  小林邦明vsマジック・ドラゴン     
札幌 小林邦明 vs タイガーマスク 2/2   
1985/3/9 小林邦明 vs タイガーマスク 2/2   
  小林邦明 vs タイガーマスク  2/2  
  長州力/谷津嘉章/小林邦明vs
ジャンボ鶴田/天龍源一郎/タイガーマスク1
 2/3  3/3
  長州力/谷津嘉章vsジュネッティ・ホーナー    
  キラー カーン vs 阿修羅 原    
  ザ・ロシアンズ対谷津嘉章/寺西勇    
日本武道館 キラー・カーン 永源遙 vs ブルーザー・ブロディ キラー・ブルックス    
1985 キラー・カーン vs ザ・グレート・カブキ    
1985
後楽園ホール
長州力 谷津嘉章 vs ラッシャー木村 阿修羅原  2/2   
1984/12/8 長州、全日本に乱入する    



 1983/11984/1985

「かませ犬発言」から「革命戦士」へ

ワールドプロレスリングの視聴率が20%を超えるという「新日ブーム」で沸く1982年に入ると、藤波辰巳との「名勝負数え歌」で一躍ブレイク。短い髪が流行っていた80年代になぜか長髪になっていた長州は『革命戦士』のニックネームとともに時代の寵児となり、マンハッタンコンビ(ボブ・オートンJR&アドリアン・アドニス)を模したツープラトン攻撃と素早いロープワークとを駆使し、短時間で勝負を付けるプロレス・スタイル「ハイスパート・レスリング」はのちにプロレス界の主流となっていった。

ブレイクの発端となったのは「藤波、俺はお前のかませ犬じゃない!」という発言だが、長州が実際に発した言葉は「なんで(入場の際に)オレ(長州)がオマエ(藤波)の前を歩かなきゃいけないんだ! なんで(メキシコで当時実力No.1のエル・カネックを破り、UWA世界ヘビー級王座を奪取し凱旋してきた)オレがオマエの前に(試合前での)コールされなきゃいけないんだ!」であった。格下が先に入場し先にリングアナウンサーに紹介されるのが業界の慣わしである。藤波は年下であるが先輩であり、この時点では人気もはるかに勝っていたため当然とも思われることであったが、これに長州は噛み付いた。この直後、プロレス雑誌「ビッグ・レスラー」82年12月号の単独インタビューの中で長州が初めて「噛ませ犬」という例えを使っている。インタビュアーも「噛ませ犬…?」とすぐに意味が飲み込めなかった様子も書かれていた。ここから拾い上げたかは定かではないが、当時の新日本プロレス実況を行っていた古舘伊知郎アナが「かませ犬」という言葉を頻繁に使い浸透していったものである。

その後、当時の体制に反旗を翻して、師と仰ぐマサ斎藤やキラー・カーンと共に「革命軍」を結成。さらにラッシャー木村率いる国際軍団を振り切る形で長州と活動を共にするアニマル浜口、浜口と同じく国際軍団の寺西勇、タイガーマスクとの抗争で同じく新日軍を敵に回していた小林邦昭、そしてレスリング日本一の触れ込みで新日入団後、海外武者修行に出て帰国した長州の弟子ともいえる谷津嘉章らと共に「維新軍」を結成する。また、アメリカで活躍するタイガー戸口(キム・ドク)も時折、維新軍に帯同した。

長州は長髪にし日焼けしてイメージチェンジ。1981年末に全日本プロレスに転出したスタン・ハンセンのウエスタン・ラリアットを真似た「リキ・ラリアット」を頻繁に使うようになる。ニューヨークにて発掘されたWWFインターナショナル・ヘビー級王座を巡って藤波と「名勝負数え唄」といわれる連戦を展開、1983/4/3には藤波をピンフォールで破り王座奪取。「俺の人生にも一度くらいこんなことがあってもいいだろう」という名言を残す。

1984/2/27 アニマル浜口 vs 藤原喜明    
1984 長州力 vs アントニオ猪木    
1983/11/3
蔵前国技館
長州力 vs 前田日明 2/2  
1983/11/3
蔵前国技館
キラー・カーン vs 藤波辰巳 2/2   
  長州力 アニマル浜口 vs 木村健吾 藤原喜明    
  長州力 マサ斎藤 vs グレッグ・バレンタイン 2/2  
  キラー・カーン vs バッド・ニュース・アレン    
       
 <1982

五輪出場のエリート

小学生の頃から柔道を習い、高校(山口県桜ケ丘高校)からレスリングに転向。ミュンヘンオリンピックには韓国代表として出場。

同じオリンピック代表選手であったジャンボ鶴田をライバル視しており、スカウトにより大学卒業と同時に新日本プロレスに入門。デビューは1974/8/8、日大講堂でのエル・グレコ戦。サソリ固めで勝利を飾る。デビュー時のリングネームは吉田光雄であったが、後に故郷の旧名である長州と力道山から長州力と、ファン公募によって改名。因みに出身地の徳山市は旧周防国(すおう)であるが、長門国(ながと)と合わせた2国を治めていたのが毛利家の長州藩であった。

テレビでの登場機会も多くタイトルマッチも多かった。チャンスを多くもらったのだが、長髪全盛の時代に角刈りでおなかも出ており、技も華やかさに欠け無骨なファイトだった長州はさっぱり人気が出ず、精悍で女性受けする藤波辰巳、木村健悟の後塵を拝す。ストロング小林を抜いてヘビー級3番手に浮上し、坂口征二と共にNWA北米タッグ王座を保持していたが単なる脇役という印象は拭い去れずにいた。同タイトルもアントニオ猪木の提唱するIWGP構想により(IWGP発表当初はタッグに関する構想はなかったにもかかわらず)返上となった。

1981/8/14
後楽園ホール
長州力 vs ローランド・ボック  
1981 キラー・カーン vs アンドレ・ザ・ジャイアント 2/2
  長州力 アントニオ猪木 vs Black Gordman Gran Goliath  
  長州力 キラー・カーン Vs ハルク・ホーガン エル・カネック  
  長州力 vs ウイリアム・ルスカ  
1977/7/28 長州力 vs マサ斎藤 2/2 
     
     
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