橋本 真也(1965/7/3 - 2005/7/11)
日本のプロレスラー。俳優、声優としても活動。闘魂三銃士の1人。岐阜県土岐市出身。血液型AB型。リングへは鉢巻きを付けて印を結んで上がるというスタイルをとった。
団体崩壊、闘病〜最期
しかし同年、新日本に接近したことで大谷晋二郎との確執が生まれ、11/25にZERO-ONE崩壊を宣言し、負債は全て自ら被ることで決着。1人でフリーの道を歩むことになる。
その後、長い間治療せず放置していた右肩を手術し、リハビリをしながらリングへの復帰を目指していたが、2005/7/11午前8時頃、滞在先において脳幹出血で倒れ、午前10時36分、搬送先の病院で死亡が確認された。40歳没。睡眠時無呼吸症候群も遠因であったと推測されている。
7/16に行われた葬儀には、武藤・蝶野・小川ら団体の垣根を越えて、大勢のレスラー、各界著名人、一般ファン等1万人以上が参列した。
特に闘魂三銃士の絆を持つ武藤、蝶野の受けた衝撃は大きく、武藤が葬儀場の階段に座り込んだまま立ち上がれなくなったり、普段クールなイメージの蝶野が人目をはばからず涙に暮れるなどした。
友人でもある高島宗一郎KBCアナウンサーの涙声の絶叫に続き、出棺時に橋本選手の入場曲である『爆勝宣言』が流され、参列者から投げられた数千本もの赤い紙テープと「ハッシモト」コールの大声援に包まれて送り出された。戒名「天武真優居士(てんぶしんゆうこじ)」。
2008/3/2、橋本の功績を称え、2代目IWGPヘビー級ベルトが中邑真輔から橋本家に贈呈された。
バラエティ番組『ロンドンハーツ』が、生涯最後のテレビ番組出演だった。
タイトル
- IWGPヘビー級王座 : 第14代(防衛4回)、第16代(防衛9回)、第19代(防衛7回)
- 闘魂三銃士の中でもダントツの防衛回数を誇り、橋本の戦跡を語る上で欠かすことの出来ないものである。第16代王者時代に作った9回の防衛記録は後に永田裕志に破られるまで最多防衛記録であった。
- IWGPタッグ王座
- 第11代(防衛3回): パートナーはマサ斎藤。
- 第26代(防衛6回): パートナーは平田淳嗣。
- 三冠ヘビー級王座 : 第31代王者(防衛2回)
- IWGP・三冠ヘビーの2大メジャータイトルを制するのは、ベイダー、天龍源一郎、武藤敬司(グレート・ムタ)に続き4人目。
- NWA世界ヘビー級王座 : 第93代(防衛2回)
- NWAインターコンチネンタルタッグ王座
- 第4代(防衛1回) : パートナーは小川直也
- 第10代(防衛3回) : パートナーは藤原喜明
- 橋本の生前最後の試合が大谷晋二郎・大森隆男組の挑戦を受けたこの王座の防衛戦だった(結果は敗北)。
- 第8回G1 CLIMAX優勝(1998年)
- 第2回・6回SGタッグリーグ優勝
|