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SENDAI GIRLS おまとめ動画集





センダイガールズプロレスリング(SENDAI GIRLS Pro-Wrestling)
は、宮城県仙台市を拠点に活動する日本の女子プロレス団体で、みちのくプロレスの
女子部にあたる。仙台女子プロレスとも表記される。略称は、仙女(せんじょ)。

団体のコンセプトは『GLOCAL(グローカル)』(GLOBAL(グローバル)とLOCAL(ローカル)を
かけ合わせた造語)。女子プロレスでは初の『地域密着型プロレス団体』として旗揚げする。

所属選手

  • 代表・コーチ
    • 里村明衣子
  • 1期生
    • 十文字姉妹
      • DASH・チサコ(姉)
      • 仙台幸子(妹)
    • 悲恋
    • 水波綾
  • 3期生
    • 石野由加莉

退団選手

  • ティラノサウルス奥田(1期生・TEAM MAKEHENに移籍、現・羽沙羅)
  • 原田真利(2期生・引退)





 里村明衣子復帰戦
2008/10/26
Zepp Sendai
サバイバルマッチ!! 5vs5勝ち抜き戦/2/8/3/8/4/8/5/8/6/8/7/8/8/8
里村明衣子vsアジャ・コング2/5/3/5/4/5/5/5



里村 明衣子
1979/11/17

日本の女子プロレスラー。センダイガールズプロレスリング所属 。身長157cm、体重65kg、血液型O型。新潟県新潟市西区(旧黒埼町)出身。

所属

  • GAEA JAPAN(1994年〜2005年)
  • センダイガールズプロレスリング(2005年〜)

経歴

柔道出身で、中学時代には自ら柔道部を設立し、中学3年で県大会優勝等の活躍をするが、中学時代、姉に連れられ新日本プロレスを観戦、初めてプロレスの存在を知り、以降レスラーを志す。その後は独自のトレーニングに明け暮れ、1994年、GAEA JAPANの旗揚げを知り、「人数が少ないから、すぐトップになれる」の名言と共にオーディションを受け、参加者中、トップの成績で合格する。

合格後は、長与千種の課す、厳しいトレーニングに明け暮れ、翌年の1995/4/15、後楽園ホールでの加藤園子戦にてデビュー。15歳の史上最年少レスラーとして、他のデビューした新人選手達と共に、新人らしからぬ試合内容に『脅威の新人』と呼ばれる。

デビュー後、女子プロレス団体の共催企画である『ジュニア・オールスター戦』のメインイベントに出場すると言う大抜擢を受け、先輩レスラー達に臆する事なく向って行き、高い評価を得た後、1998年4月、長与から後継者指名を受け、GAEAのエース候補として注目される。

その後、デビル雅美と激しい抗争を繰り広げ、完璧な3カウントフォールを奪取。さらにダイナマイト・関西、尾崎魔弓を連破。その後の旗揚げ6周年大会で北斗晶との激しいケンカマッチを制し、さらにアジャ・コングとのタイトルマッチに勝利し、生え抜き選手としては初のAAAWシングル選手権を獲得する。

その後も順調な活躍を見せるものの、2005年腰椎捻挫、椎間板ヘルニアを同時発症。選手生活初の8ヶ月間に渡り長期欠場と言うアクシデントに見舞われるが、怪我を克服し、復活する。

その翌年、GAEA JAPANが解散となり、自らみちのくプロレスの母体会社である『みちのくエンタテイメント』の女子部門である、『センダイガールズプロレスリング』を旗揚げ。自らエースとして活動するのみに留まらず、コーチとして新人選手の育成等に手腕を振るっている。

2007年10月に日向あずみが繰り出した顔面へのランニングニーで右眼窩底骨折の重傷を負い、長期欠場。手術を計3回行った。

欠場中はリハビリ以外は選手育成に専念。これと並行して、2008年・2009年と、仙女選手と同世代の他団体若手選手にも目を向けるべく、「じゃじゃ馬トーナメント」を企画し、成功を収めた。特に復帰後の2009年の開催に際しては、里村本人は4/19を除いて自分の試合をあえて組まず、全てを若手選手に一任していた。

2008/10/26Zepp Sendai大会にてvsアジャ・コング戦で復帰。

2009/4/30、加藤園子・永島千佳世自主興行「Yes We Can 1dayトーナメント」で優勝し、メキシコAAAテレビマッチ出場権を獲得したが、6月、椎間板ヘルニアを再発、手術の為、再び長期欠場を余儀なくされた。12/20、vs日向あずみ戦で復帰。

2010年、仙女主催第2回戦場トーナメントで優勝。9/23アイスリボン後楽園大会メイン、さくらえみとの初シングル戦に勝利。

タイトル履歴

  • AAAWシングル王座
  • AAAWJrタッグ王座(後にAAAWタッグ王座に改名)

入場テーマ曲

  • ROCK YOUR LIFE AWAY

その他

  • デビュー時、里村は赤色のリングコスチュームを与えられた。赤は長与千種のコスチュームの色であり、その時点で「長与の後継者」に期待されていたことが伺える(赤はその後のコスチュームや、センダイガールズのシンボルカラーにも継続して用いられている)。なお、デビュー戦の相手である加藤園子にはライオネス飛鳥の色である青が与えられている。
  • 新潟出身のプロレスラーの先人にはジャイアント馬場がいるが、里村はデビュー直後、後楽園ホールで偶然馬場と遭遇している。その際「新潟出身のガイア里村です」と挨拶すると、馬場から「がんばってね」と応えてもらったという。
  • 和服を好み、プロレス雑誌にも和服を着ている写真が掲載されている。また、GAEA時代のコスチュームも和服をイメージしたものがある。2008年10/26に復帰した際にも、伊達政宗をモチーフにしたコスチュームで入場している。
  • 一人の少女がプロレスラーとしてデビューするまでをイギリス人女性映画監督が追ったドキュメンタリー映画ガイア・ガールズでは、当時練習生だった主人公竹内彩夏への指導中に里村の放ったドロップキックが竹内の顔面にあたり流血するシーンがあったため、波紋を呼んだ。
  • ストロングスタイルを貫いているせいか、ラフ殺法の相手を苦手としている。特に沖野小百合とのシングルマッチでは、竹刀・チェーン・イスなどの各種凶器攻撃に大苦戦した。
    アイスリボン代表のさくらえみとはデビュー(1995年、里村は4/15、さくらは8/17)も同年、団体旗揚げ(2006年、センダイガールズが7/9、アイスリボンが6/20)も同年という数奇な運命にありながら、指導方針からプロレス理論に至るまで正反対の方向性を進んだばかりか、2010/9/23アイスリボン後楽園ホール大会で初めて対戦するまで、タッグを含めて試合する事も、さくらを意識する事すら一度もない状況にあった。試合後も、「さくらえみは一生理解できない」と話し、あくまで己を貫くとしている。

 



 



 



 






 
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