旗揚げ戦は1968/6/4、東京・品川公会堂。経営陣との対立から
日本女子プロレスを退社した松永高司を代表に、松永を慕う選手達によって設立された。 初代会長には、大日本一誠会・万年東一会長が就任した。
旗揚げ当初、暴力団と関係があるとする中傷がなされ、興行のための施設借用に
困難をきたした。 このため興行は野外リングを設営し旅回りをすることが多かった。 この時全女を支援し、その身元を保証したのが『デイリースポーツ』であった。
以後1990年代まで、全女の主だった興行には「後援・デイリースポーツ」の
クレジットがなされ、 フジテレビによる試合中継にもデイリースポーツ記者が解説者として派遣された。
また、全女旗揚げ時に、デイリースポーツ編集局長であった植田信治は、
のち全女のタイトル運営機関である「全日本女子プロレスリング協会」の
コミッショナーに就任している。
興行は県立体育館や市民会館、スーパーの駐車場など様々な場所で行われ、
最盛期には年間200を超え、全団体でも最多であった。
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