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新日本プロレス
タイトル


IWGP王座の歴史

IWGPヘビー級王座
新日本プロレスが管理する王座(タイトル)。

概要

IWGPは元々は、「International Wrestling Grand Prix」というリーグ戦を意味するものであったが、1987年に開催された第五回大会「IWGP王座決定リーグ戦」の優勝者であるアントニオ猪木を初代チャンピオンとして防衛戦が行われ、現在まで継承されている。

タイトル制定以降、新日本プロレスを象徴する、同団体で最も権威のあるチャンピオンベルトとされている。デザインは初代から4代目まであり、初代は1983年の第1回IWGPリーグ戦開催にあたって作成され優勝したハルク・ホーガンが初めて巻き、1997年まで使用されたが、旗揚げ25周年を迎えて一新された。

2001年にPRIDEのリング上でアントニオ猪木から初代ベルト王者として指名を受けた藤田和之と、2代目のベルトを継承していた第28代王者スコット・ノートンとの間で4/9に大阪ドームで「IWGP新旧ベルト統一戦」が行われ、この一戦に勝利した藤田が2本のベルトを獲得したが、年末に練習中に右アキレス腱を断裂。2002年1月4日、防衛戦が出来ずに2本のベルトを猪木に返上した。

その後は2代目のベルトを使用していたが、2005/7/11、通算最多防衛記録を持つ橋本真也が逝去。天山広吉に勝利して再び王者となった藤田が、橋本の功績を称え、橋本家に2代目ベルトを贈呈することになり、新デザインを作成。9/30にサイモン・ケリー猪木新社長就任披露パーティーにて米国で作成された3代目のベルトが藤田に授与された。10/9日東京ドームでブロック・レスナーが獲得。その後、剥奪することになったが返還されることなく、新王者となった棚橋弘至が2代目ベルトを代替使用した。

3代目ベルトはその後、IGF旗揚げ興行で新日本とは無関係に行われた防衛戦でレスナーを下したカート・アングルに渡ったが、2008年に第48代王者の中邑真輔がカートとのベルト統一戦に勝利し、奪還に成功。3/2、ZERO1-MAX後楽園ホールのリングに上がり、佐藤耕平に勝利。試合後、橋本家に2代目ベルトを贈呈した。

新日本プロレスリング認定の「プロレスリング競技者規約 ・ IWGP各選手権ルール」第二条第一項によって体重100kg以上の選手を対象としている。しかし2007/2/18に棚橋弘至の持つ王座に金本浩二が挑戦したことで、事実上体重の制限はなくなったと考えられる。

デザインの改変

1997年に橋本真也保持の際に2代目ベルトになり(初代ベルトは創設者アントニオ猪木に寄贈)、その後それに合わせてジュニアヘビー級シングルベルトならびタッグベルト新調・ジュニアタッグ設立されベルトの巻く部分だけ統一デザインになる、2005年10月8日から3代目ベルトになったが、保持していたブロック・レスナーが防衛戦を行わないまま持ち帰ってしまった為、しばらくは2代目ベルトを代用していた、2008年レスナーに勝ち非公式で3代目ベルトを保持していたカート・アングルと正式の王者の中邑真輔のタイトルマッチで中邑が勝ち4代目ベルトの誕生となる(2代目ベルトは、そのベルトを初めて保持した故・橋本真也の家族に寄贈)、なお4代目ベルトは3代目ベルトを少し改良したデザインとなっている。

歴代王者

以下の表は、歴代王者の記録をまとめた表である。王者が王座返上した場合は、次のシリーズで王座決定戦によりタイトル移動が行われる。

それ以外は、すべて前王者に勝利してのタイトル移動。

主な記録

  • 最多戴冠回数:6回 - 藤波辰爾(第2, 3, 9, 11, 15, 21代)
  • 最多連続防衛:10回 - 永田裕志(第31代王者時代)
  • 最多通算防衛:20回 - 橋本真也
  • デビュー最短戴冠記録:1年4ヶ月 - 中邑真輔(第34代王者時代)
  • 最年少戴冠記録:23歳288日 - 中邑真輔(第34代王者時代)


獲得日付 レスラー 戴冠
回数
防衛
回数
初代 1987/6/12
両国国技館
アントニオ猪木
vsマサ斎藤、王座返上
1 4
第2代 1988/5/8
有明コロシアム
藤波辰巳
vsB・ベイダー、王座預かり
1 0
第3代 1988/6/24
大阪府立体育会館
藤波辰巳
vs長州力、王座返上
2 7
第4代 1989/4/24
東京ドーム
ビッグバン・ベイダー
王座決定トーナメン
1 0
第5代 1989/5/25
大阪城ホール
サルマン・ハシミコフ 1 0
第6代 1989/7/12
大阪府立体育会館
長州力 1 0
第7代 1989/8/10
両国国技館
ビッグバン・ベイダー 2 4
第8代 1990/8/19
両国国技館
長州力 2 1
第9代 1990/12/26
浜松アリーナ
藤波辰爾 3 0
第10代 1991/1/17
横浜文化体育館
ビッグバン・ベイダー 3 0
第11代 1991/3/4
広島サンプラザ
藤波辰爾 4 3
第12代 1992/1/4
東京ドーム
長州力 3 4
第13代 1992/8/16
福岡国際センター
グレート・ムタ 1 5
第14代 1993/9/20
愛知県体育館
橋本真也 1 4
第15代 1994/4/4
広島グリーン
アリーナ
藤波辰爾 5 0
第16代 1994/5/1
福岡ドーム
橋本真也 2 9
第17代 1995/5/3
福岡ドーム
武藤敬司 2 5
第18代 1996/1/4
東京ドーム
高田延彦 1 1
第19代 1996/4/29
東京ドーム
橋本真也 3 7
第20代 1997/8/31
横浜アリーナ
佐々木健介 1 3
第21代 1998/4/4
東京ドーム
藤波辰爾 6 2
第22代 1998/8/8
大阪ドーム
蝶野正洋
王座返上
1 0
第23代 1998/9/23
横浜アリーナ
スコット・ノートン 1 4
第24代 1999/1/4
東京ドーム
武藤敬司 3 5
第25代 1999/12/10
大阪府立体育会館
天龍源一郎 1 0
第26代 2000/1/4
東京ドーム
佐々木健介
王座返上
2 5
第27代 2001/1/4
東京ドーム
佐々木健介
王座決定トーナメント
3 1
第28代 2001/3/17
愛知県体育館
スコット・ノートン 2 0
第29代 2001/4/9
大阪ドーム
藤田和之
王座返上
1 2
第30代 2002/2/16
両国国技館
安田忠夫 1 1
第31代 2002/4/5
東京武道館
永田裕志 1 10
第32代 2003/5/2
東京ドーム
高山善廣 1 3
第33代 2003/11/3
横浜アリーナ
天山広吉 1 0
第34代 2003/12/9
大阪府立体育会館
中邑真輔
王座返上
1 1
第35代 2004/2/15
両国国技館
天山広吉
王座決定トーナメント
2 1
第36代 2004/3/12
国立代々木競技場
第2体育館
佐々木健介 4 0
第37代 2004/3/28
両国国技館
ボブ・サップ
王座返上
1 1
第38代 2004/6/5
大阪府立体育会館
藤田和之
vs棚橋弘至
2 1
第39代 2004/10/9
両国国技館
佐々木健介 4 2
第40代 2004/12/12
愛知県体育館
天山広吉 3 0
第41代 2005/2/20
両国国技館
小島聡 1 1
第42代 2005/5/14
東京ドーム
天山広吉 4 1
第43代 2005/7/18
月寒グリーン
ドーム
藤田和之 3 0
第44代 2005/10/8
東京ドーム
ブロック・レスナー
藤田&蝶野の3WAY戦。王座剥奪
1 3
第45代 2006/7/17
月寒グリーン
ドーム
棚橋弘至
王座決定トーナメント
1 4
第46代 2007/4/13
大阪府立体育会館
永田裕志 2 2
第47代 2007/10/8
両国国技館
棚橋弘至 2 1
第48代 2008/1/4
東京ドーム
中邑真輔 2 2
第49代 2008/4/27
大阪府立体育会館
武藤敬司 4 4
第50代 2009/1/4
東京ドーム
棚橋弘至 3 3
第51代 2009/5/6
後楽園ホール
中西学 1 0
第52代 2009/6/20
大阪府立体育会館
棚橋弘至
王座返上
4 1
第53代 2009/9/27
神戸ワールド記念ホール
中邑真輔
vs真壁刀義
3 6
第54代 2010/5/3
福岡国際センター
真壁刀義 1 3
第55代 2010/10/11
両国国技館
小島聡 2 1
第56代 2011/1/4
東京ドーム
棚橋弘至 5 -

IWGPタッグ王座
新日本プロレスが管理する王座(タイトル)。

概要

IWGPタッグ王座は、新日本プロレスがIWGPの王座として初めて認定したタイトルである。

1985年の年末に初代IWGPタッグ王座を決める総当りのタッグ・リーグ戦が開催された。予選の一位と二位が決勝で対戦するはずだったが、予選一位のブルーザー・ブロディ&ジミー・スヌーカ組が決勝をボイコットして帰国してしまった為、急遽12/12に藤波&木村組と猪木&坂口組の予選二位同士の間で決勝戦が行われ、ドラゴン・スープレックス・ホールドで藤波が猪木からで3カウントを奪い、藤波&木村組が記念すべき初代王者に輝いた。

デザインの改変

1997年にヘビー級シングルベルトが2代目となり、その後それに合わせてタッグベルトも新調され2代目となる、2008年ヘビー級シングルベルトが新調されたのに伴い、2010年にタッグベルトも3代目と新調された、2代目ベルトまでのプレートは銀色だったが3代目は金色である。

歴代タッグ王者

注:タッグ王者が王座返上した場合は、王座決定戦によるタイトル移動。それ以外は、前王者に勝利してのタイトル移動。※は防衛失敗。

  • 第47代王者は、高山の長期欠場により王座を剥奪、高山が新王者に健介&鈴木組を指名したが許可されず棚橋&中邑組VS佐々木&鈴木組による王座決定戦が行われた。
  • 第48代王者は、蝶野の左ひじ手術による離脱で長期間防衛戦をしていない等の理由でサイモン・ケリー猪木新日本プロレス社長により同王座史上初の王座剥奪。
  • 第49代王者は、2006年7月2日に真壁刀義&越中詩郎組とジャイアント・バーナード&トラヴィス・トムコ組の間で暫定王者決定戦を実施。勝利した真壁&越中組と中西学&大森隆男組が正規王座決定戦を行い、勝った中西&大森組が正式に第49代王者に認定される。

主な記録

  • 最多戴冠者:天山広吉 8回(第25、28、34、36、40、43、45、48代)
  • 最多戴冠回数:蝶野正洋&天山広吉 5回(第25代、第28代、第34代、第43代、第48代)
  • 最多連続防衛:蝶野正洋&天山広吉 7回(第43代)
  • 最多通算防衛:蝶野正洋&天山広吉 12回
- 獲得日付 タッグチーム 防衛
回数
初代 1985/12/12
宮城県スポーツ
センター
藤波辰巳/木村健吾
vsアントニオ猪木/坂口征二
5
第2代 1986/8/5
両国国技館
前田日明/木戸修 1
第3代 1986/9/23
後楽園ホール
藤波辰巳/木村健吾
タッグ解消による王座返上
第4代 1987/3/20
後楽園ホール
越中詩郎/武藤敬司
第5代 1987/3/26
大阪城ホール
前田日明/高田伸彦 2
第6代 1987/9/1
福岡スポーツ
センター
藤原喜明/山崎一夫 2
第7代 1988/1/18
宮城県スポーツ
センター
藤波辰巳/木村健吾 3
第8代 1988/6/10
広島県立体育館
長州力/マサ斎藤 4
第9代 1989/3/16
横浜文化体育館
S・ストロング・マシン/ジョージ高野
(烈風隊)
1
第10代 1989/7/13
両国国技館
長州力/飯塚孝之 1
第11代 1989/9/20
大阪城ホール
マサ斎藤/橋本真也 3
第12代 1990/4/27
東京ベイNKホール
武藤敬司/蝶野正洋 3
第13代 1990/11/1
日本武道館
馳浩/佐々木健介
(ハセケン)
2
第14代 1990/12/26
浜松アリーナ
S・ストロング・マシン/ヒロ斎藤 2
第15代 1991/3/6
長崎国際体育館
馳浩/佐々木健介
第16代 1991/3/21
東京ドーム
リック・スタイナー/スコット・スタイナー
(スタイナー・ブラザーズ)
王座返上
2
第17代 1991/11/5
日本武道館
武藤敬司/馳浩
vsリック・スタイナー/スコット・ノートン
2
第18代 1992/3/1
横浜アリーナ
ビッグバン・ベイダー/C・バンバン・ビガロ 2
第19代 1992/6/26
日本武道館
リック・スタイナー/スコット・スタイナー 3
第20代 1992/11/22
両国国技館
スコット・ノートン/トニー・ホーム
第21代 1992/12/14
大阪府立体育
会館
ホーク・ウォリアー/パワー・ウォリアー
(ヘルレイザーズ)
4
第22代 1993/8/5
両国国技館
スコット・ノートン/ヘラクレス・ヘルナンデス
(ジュラシック・パワーズ)
3
第23代 1994/1/4
東京ドーム
ホーク・ウォリアー/パワー・ウォリアー 2
第24代 1994/11/25
岩手県営体育館
武藤敬司/馳浩
王座返上
1
第25代 1995/6/12
大阪府立体育
会館
蝶野正洋/天山広吉(蝶天)
vs平田淳嗣/橋本真也
王座返上
第26代 1995/7/13
札幌中島体育
センター
橋本真也/平田淳嗣
vsマイク・イーノス/S・ノートン
6
第27代 1996/6/12
大阪府立体育
会館
山崎一夫/飯塚高史
第28代 1996/7/16
札幌中島体育
センター
蝶野正洋/天山広吉 2
第29代 1997/1/4
東京ドーム
藤波辰爾/木村健悟 3
第30代 1997/4/12
東京ドーム
長州力/佐々木健介
第31代 1997/5/3
大阪ドーム
中西学/小島聡
(ブル・パワーズ)
1
第32代 1997/8/10
名古屋ドーム
佐々木健介/山崎一夫
第33代 1997/10/19
神戸ワールド
記念ホール
武藤敬司/蝶野正洋
武藤の負傷の為王座返上
2
第34代 1998/6/5
日本武道館
蝶野正洋/天山広吉
vs天龍源一郎/越中詩郎
第35代 1998/7/15
札幌中島体育
センター
天龍源一郎/越中詩郎 2
第36代 1999/1/4
東京ドーム
天山広吉/小島聡(天コジ) 1
第37代 1999/3/22
尼崎市記念公園
総合体育館
佐々木健介/越中詩郎 2
第38代 1999/6/27
グランシップ静岡
後藤達俊/小原道由
(クレイジー・ドッグス)
1
第39代 1999/8/28
神宮球場
中西学/永田裕志 4
第40代 2000/7/20
北海道立総合
体育センター
天山広吉/小島聡 6
第41代 2001/9/23
なみはやドーム
西村修/藤波辰爾 1
第42代 2001/10/28
福岡国際
センター
武藤敬司/太陽ケア
武藤が全日移籍で王座返上
第43代 2002/3/24
尼崎市記念公園
総合体育館
蝶野正洋/天山広吉
vs中西学/永田裕志
7
第44代 2003/6/13
日本武道館
吉江豊/棚橋弘至 3
第45代 2003/12/14
名古屋レインボー
ホール
西村修/天山広吉
第46代 2004/2/1
北海道立総合
体育センター
鈴木みのる/高山善廣
王座剥奪
4
第47代 2004/12/11
大阪府立体育
会館
棚橋弘至/中邑真輔
vs鈴木みのる/佐々木健介
4
第48代 2005/10/30
神戸ワールド
記念ホール
蝶野正洋/天山広吉
王座剥奪
3
第49代 2006/9/28
月寒グリーン
ホール
中西学/大森隆男
(ワイルド・チャイルド)
vs越中詩郎/真壁刀義
1
第50代 2007/3/11
愛知県体育館
ジャイアント・バーナード/トラヴィス・トムコ 5
第51代 2008/2/17
両国国技館
真壁刀義/矢野通 4
第52代 2009/1/4
東京ドーム
ブラザー・レイ/ブラザー・ディーボン
(チーム3D)
4
第53代 2009/7/22
フロリダ
ブルータス・マグナス/ダグ・ウィリアムズ 1
第54代 2009/10/18
フロリダ
フルメタルメイヘムマッチ
ブラザー・レイ/ブラザー・ディーボン
1
第55代 2010/1/4
東京ドーム
高橋裕二郎/内藤哲也
(NO LIMIT)
ジャイアント・バーナード/カール・アンダーソン組との3ウェイ戦
1
第56代 2010/5/3
福岡国際センター
永田裕志/井上亘
ジャイアント・バーナード/カール・アンダーソン組との3ウェイ戦
第57代 2010/6/19
大阪府立体育
会館
ジャイアント・バーナード/カール・アンダーソン
(BAD INTENTIONS)
高橋裕二郎/内藤哲也組との3ウェイ戦
6


IWGPジュニアヘビー級王座
新日本プロレスが管理する王座(タイトル)。新日本プロレス認定の「プロレスリング競技者規約 ・ IWGP各選手権ルール」第二条第二項によって体重100kg未満の選手を対象としている。

概要

IWGPジュニアヘビー級王座はIWGPとして認定するタイトルとしては、1985年末に認定されたタッグ王座に次いで1986年に創設された。その背景にはIWGPリーグ戦のゴタゴタで、本来の目的であったIWGPヘビー級王座の認定が立ち遅れていたため、ヘビー級王座に先駆ける形でタッグ王座の方を先に「見切り発車」的に認定せざるを得なかった事情がある。

当時の新日本プロレス(以下、新日)はWWF(現:WWE)との契約切れが迫っていた時期で、何としても団体を象徴する最高峰のシングルベルト(ヘビー級のベルト)を創設したいと考えており、結果的にジュニアヘビー級のシングルベルトは翌年の1987年に創設されることとなる「ヘビー級王座」への橋渡し的な役割を担う形となった。

また、当時の新日マットは初代タイガーマスクが去った後という時期でもあり、ジュニアヘビー級の選手層が薄く、実質的にはザ・コブラ(現:ジョージ高野)と越中詩郎の二強の戦いとなった。1986年の新春シリーズで「IWGPジュニアヘビー級王座決定リーグ戦」が開催され、上位2名による決定戦において ザ・コブラをジャーマンスープレックス・ホールドにて破り優勝した越中が初代王者となった。

その後、第一次UWFの崩壊で新日マットに出戻り参戦となった高田伸彦(現:高田延彦)との激闘によってジュニア戦線に注目が集まるようになり、山崎一夫・小林邦昭・馳浩らの参戦で人気は不動のものとなった。その後デビューした獣神ライガー(現:獣神サンダー・ライガー)を中心に激闘が展開され、現在まで継承されている。

デザインの改変

1997年にヘビー級シングルベルトが2代目となり、その後それに合わせてジュニアヘビーシングルベルトも新調され2代目となる、2008年ヘビー級シングルベルトが新調されたのに伴い、ジュニアヘビーシングルベルトも3代目と新調される、なお3代目ベルトはヘビー級シングルベルトを小さくした感じとなっている。

歴代王者

注:王者が王座返上した場合は、王座決定戦によるタイトル移動。それ以外は、すべて前王者に勝利してのタイトル移動。

  • 第27代から第29代まではジュニア8冠王座、第29代から第31代まではジュニア7冠王座。
  • 第36代王者は右腕骨折のため王座返上、シコシスを暫定王者に認定。
  • 第45代王者は、11人参加のニュージャパン・ランボー(2分時間差入場のバトルロイヤル)で王座決定戦が行われ、優勝してのタイトル獲得。

主な記録

  • 最多戴冠回数:11回 - 獣神サンダー・ライガー(獣神ライガー含む)(第9, 11, 13, 15, 18, 21, 26, 29, 32, 35, 37代)
  • 最多連続防衛:11回 - ヒート(第46代王者時代)
  • 最多通算防衛:31回 - 獣神サンダー・ライガー(獣神ライガー含む)
  • デビュー最短戴冠記録:1年10ヶ月 - 馳 浩(第5代王者時代)
- 獲得日付 レスラー 戴冠
回数
防衛
回数
初代 1986/2/6
両国国技館、
越中詩郎
vsザ・コブラ
1 1
第2代 1986/5/19
後楽園ホール
高田伸彦 1 6
第3代 1986/9/19
福岡スポーツ
センター
越中詩郎 2 2
第4代 1987/8/20
両国国技館、
小林邦昭 1 1
第5代 1987/12/27
両国国技館、
馳 浩 1 3
第6代 1988/5/27
宮城県スポーツ
センター
オーエン・ハート 1 1
第7代 1988/6/24
大阪府立体育会館
越中詩郎 3 6
第8代 1989/3/16
横浜文化体育館
馳 浩 2 0
第9代 1989/5/25
大阪城ホール
獣神ライガー 1 2
第10代 1989/8/10
両国国技館、
佐野直喜 1 2
第11代 1990/1/31
大阪府立体育会館
獣神サンダー・ライガー 2 1
第12代 1990/8/19
両国国技館、
ペガサス・キッド 1 0
第13代 1990/11/1
日本武道館
獣神サンダー・ライガー
王座返上
3 2
第14代 1991/4/30
両国国技館、
保永昇男
vs獣神サンダー・ライガー
1 2
第15代 1991/6/12
日本武道館
獣神サンダー・ライガー 4 0
第16代 1991/8/9
両国国技館、
野上彰 1 1
第17代 1991/11/5
日本武道館
保永昇男 2 1
第18代 1992/2/8
札幌中島体育
センター
獣神サンダー・ライガー 5 3
第19代 1992/6/26
日本武道館
エル・サムライ 1 3
第20代 1992/11/22
両国国技館、
ウルティモ・ドラゴン 1 1
第21代 1993/1/4
東京ドーム
獣神サンダー・ライガー
左足首骨折のため王座返上
6 5
第22代 1994/9/27
大阪城ホール
保永昇男
vsワイルド・ペガサス
3 6
第23代 1995/2/19
両国国技館
金本浩二 1 2
第24代 1995/5/3
福岡ドーム
サブゥ- 1 1
第25代 1995/6/14
日本武道館
金本浩二
米国テネシー州、海外防衛
2 2
第26代 1996/1/4
東京ドーム
獣神サンダー・ライガー 7 2
第27代 1996/4/29
東京ドーム
ザ・グレート・サスケ 1 5
第28代 1996/10/11
大阪府立体育会館
ウルティモ・ドラゴン
4度海外防衛
2 7
第29代 1997/1/4
東京ドーム
獣神サンダー・ライガー 8 4
第30代 1997/7/6
真駒内アイス
アリーナ
エル・サムライ 2 0
第31代 1997/8/10
ナゴヤドーム
大谷晋二郎 1 5
第32代 1998/2/7
札幌中島体育
センター
獣神サンダー・ライガー 9 8
第33代 1999/3/17
広島サンプラザ
金本浩二 3 3
第34代 1999/8/28
神宮球場
ケンドー・カシン 1 1
第35代 1999/10/11
東京ドーム
獣神サンダー・ライガー 10 1
第36代 1999/11/29
米国コロラド州
フベントゥ・ゲレーラ
王座返上
1 0
第37代 1999/12/6
ウィスコンシン州
獣神サンダー・ライガー
vsシコシス
11 3
第38代 2000/7/20
北海道立総合
体育センター
高岩竜一 1 2
第39代 2000/10/29
神戸ワールド
記念ホール
田中稔 1 2
第40代 2001/7/20
札幌ドーム
成瀬昌由 1 1
第41代 2001/10/8
東京ドーム
ケンドー・カシン
新日本離脱のため王座返上
2 2
第42代 2002/2/16
両国国技館
田中稔
vs垣原賢人
2 3
第43代 2002/7/19
北海道立総合
体育センター
金本浩二 4 6
第44代 2003/4/23
広島サンプラザ
ホール
タイガーマスク (4代目)
王座返上
1 4
第45代 2003/10/13
東京ドーム
邪道
時間差バトルロイヤルで優勝
1 1
第46代 2003/12/14
名古屋レインボー
ホール
ヒート 3 11
第47代 2005/1/4
東京ドーム
タイガーマスク(4代目) 2 3
第48代 2005/10/8
東京ドーム
ブラック・タイガー(4代目) 1 1
第49代 2006/2/19
両国国技館
タイガーマスク(4代目) 3 1
第50代 2006/5/3
福岡国際センター
金本浩二 5 1
第51代 2006/12/24
後楽園ホール
4 4
第52代 2007/7/6
後楽園ホール
田口隆祐 1 4
第53代 2007/12/8
大阪府立体育会館
第二競技場
井上亘
王座返上
1 3
第54代 2008/7/8
後楽園ホール
タイガーマスク(4代目)
プリンス・デヴィット
4 0
第55代 2008/9/21
神戸ワールド記念
ホール
ロウ・キー 1 1
第56代 2009/1/4
東京ドーム
タイガーマスク(4代目) 5 4
第57代 2009/8/15
両国国技館
ミスティコ 1 2
第58代 2009/11/8
両国国技館
タイガーマスク(4代目) 6 0
第59代 2010/1/4
東京ドーム
丸藤正道 1 5
第60代 2010/6/19
大阪府立体育会館
プリンス・デヴィット 1 -


IWGPジュニアタッグ王座
新日本プロレスが管理する王座(タイトル)。ジュニアヘビー級選手のタッグチームを対象としている。

概要

新日本プロレスのジュニア戦線は、藤波辰巳・初代タイガーマスクの活躍以降、トップ・オブ・ザ・スーパージュニア(1988年 - )、ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア(1994年 - )と充実していたもののシングル戦がメインで、格下扱いされていたジュニアのタッグマッチがメインの扱いをされることはなかった。

しかし、1994/4/16に他団体の選手も参加して両国国技館で開催されたSUPER J CUP 1st. STAGEの成功で、ヘビー級にはない「空中戦」やスピーディな試合展開で新日本プロレスにおけるジュニアヘビー級再評価の機運が高まった。「ワールドプロレスリング」でもヘビー級と同等に放送されるようになり、1998年にIWGPジュニアタッグ王座が創設された。

デザインの改変

2010/5/8のスーパーJタッグのチャンピオンから2代目ベルトに新調された、初代ベルトのプレートは金色だったが2代目は銀色である。

歴代タッグ王者

注:タッグ王者が王座返上した場合は、王座決定戦によるタイトル移動。それ以外は、すべて前王者に勝利してのタイトル移動。

主な記録

  • 最多戴冠回数:4回 - 邪道&外道(第7代、11代、13代、17代)
  • 最多連続防衛:6回 - 邪道&外道(第7代王者時代)、獣神サンダー・ライガー&金本浩二(第10代王者時代)
  • 最多通算防衛:15回 - 邪道&外道
獲得日付 タッグチーム 防衛
初代 1998/8/8
大阪ドーム
大谷晋二郎/高岩竜一
vs金本浩二/ドクトル・ワグナーJr.
2
第2代 1999/1/4
東京ドーム
ケンドー・カシン/ドクトル・ワグナーJr. 2
第3代 1999/4/10
東京ドーム
獣神サンダー・ライガー/ザ・グレート・サスケ 0
第4代 1999/7/13
岩手県営体育館
大谷晋二郎/高岩竜一 4
第5代 2000/6/25
後楽園ホール
金本浩二/田中稔
(ジュニア・スターズ)
3
第6代 2001/3/6
大田区体育館
獣神サンダー・ライガー/エル・サムライ 1
第7代 2001/7/20
札幌ドーム
邪道/外道 6
第8代 2002/5/2
東京ドーム
獣神サンダー・ライガー/田中稔 1
第9代 2002/8/29
日本武道館
金丸義信/菊地毅 4
第10代 2003/1/26
神戸ワールド
記念ホール
獣神サンダー・ライガー/金本浩二
金本負傷のため、王座返上
6
第11代 2003/11/29
宮城県スポーツセンター
邪道/外道
vs田口隆祐/後藤洋央紀
2
第12代 2004/3/12
国立代々木競技場
第2体育館
カレーマン/アメリカン・ドラゴン 1
第13代 2004/6/5
大阪府立体育会館
邪道/外道 5
第14代 2005/3/4
後楽園ホール
金本浩二/井上亘 2
第15代 2005/5/14
東京ドーム
稔/後藤洋央紀 3
第16代 2006/2/19
両国国技館
エル・サムライ/田口隆祐 2
第17代 2006/7/8
ツインメッセ静岡
邪道/外道 2
第18代 2007/5/2
後楽園ホール
ディック東郷/TAKAみちのく 3
第19代 2008/1/27
後楽園ホール
稔/プリンス・デヴィット 0
第20代 2008/2/17
両国国技館
獣神サンダー・ライガー 1
第21代 2008/7/21
月寒アルファ
コートドーム
稔/プリンス・デヴィット
(プリンス・プリンス)
1
第22代 2008/10/13
両国国技館
裕次郎/内藤哲也
(NO LIMIT)
1
第23代 2009/1/4
東京ドーム
アレックス・シェリー/クリス・セイビン
(モーターシティマシンガンズ)
3
第24代 2009/7/5
後楽園ホール
田口隆祐/プリンス・デヴィット
(Apollo 55)
スーパーJタッグに伴い王座返上
5
第25代 2010/5/8
JCBホール
スーパーJタッグエル・サムライ/金本浩二 0
第26代 2010/7/19
北翔クロテック
月寒ドーム
田口隆祐/プリンス・デヴィット 1
第27代 2010/10/11
両国国技館
飯伏幸太 2
第28代 2011/1/23
後楽園ホール
田口隆祐/プリンス・デヴィット 1

IWGP U-30無差別級王座
新日本プロレスが管理するタイトル。棚橋弘至の提唱により、30歳以下のレスラーを対象としたタイトル、U-30無差別級王座としてスタート。当初は棚橋のプライベート王座の色合いが濃かったが、2004/11/4以降は正式なIWGPの認可タイトルとして執行されている。 第3代王者・棚橋の返上以降王座決定の動きが止まっており、現在は空位。

獲得日付 王者 防衛回
初代 2003/4/23
広島サンプラザ
ホール
棚橋弘至 11
第2代 2005/1/4
東京ドーム
中邑真輔
(封印→返上)
0
第3代 2005/6/18
京都市体育館
棚橋弘至
(返上)
2

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リーグ戦と覇者
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G1 CLIMAX
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新日本プロレスが主催するシングルマッチの大会。「真夏の祭典」として知られている。

概要

発案者は坂口征二。1991年に第1回大会が開催され、以降、毎年8月上旬頃に開催されている。優勝賞金は1,000万円(開催当初は500万円だった)。試合会場は愛知県体育館、大阪府立体育会館など地方でも行われているが、優勝決定戦は必ず両国国技館で行われる。なお、1993年から1998年までは両国だけで行われた。

基本的にはヘビー級、ジュニアヘビー級を問わず、新日本プロレス最強の選手を決定する大会だが、外国人選手や他団体の選手が参加することもある。1996年には、J-CROWN(8冠統一決定トーナメント戦)も同時に開催されて、ザ・グレート・サスケが優勝した。

大会形式には以下の3通りがあり、年によって方式が異なる。

  • トーナメント方式(1992年、1993年、1997年、1998年)
2005年から「ニュージャパン・カップ」が開催されるようになった為、トーナメント方式の大会はNJCのほうに受け継がれる。
  • リーグ戦方式(1991年、1994年、1996年、1999年、2008年、2010年)
2ブロックに別れてリーグ戦を行い、各ブロックの最高得点者の2人が優勝決定戦で最強者を決定する。
  • リーグ戦+決勝トーナメント方式(1995年、2000年~2007年、2009年)
各ブロックで1位、2位の選手が決勝トーナメントに進出し、勝ち抜いた選手が優勝決定戦で最強者を決定する。

最高得点者が同点だった場合は進出者決定戦やリーグ戦での直接対決により順位、決勝進出者を決めるなどで対応している。以下に主な例外を挙げる。

1999年-最終日にリーグ戦が終了した時点でAブロックの武藤敬司と永田裕志が同点だったため、決勝進出決定戦で勝利した武藤が1位として優勝決定戦に進出。最終日に1日に3試合を行った。
2000年-4ブロックでリーグ戦が開催され、各ブロックの1位の選手が決勝トーナメントに進出した。
2001年-日本人選手だけの参加となったので、9月に「G1 WORLD」と銘打って外国人選手参加で行われ、優勝者同士で真王者決定戦を行う予定だったが、フライが直後に出場したPRIDE.16で負傷した為、延期となっていたが実現されていない。
2004年-各ブロックの3位までが決勝トーナメントに進出する方式だったが、Aブロックの最高得点者が6人いたため、6人の直接対決と進出者決定戦により、柴田勝頼が1位、天龍源一郎が2位、中邑真輔が3位で進出した。
2009年-Aブロックの田中将斗、真壁刀義、棚橋弘至3人が勝ち点7で並んだが、田中は両選手に負け棚橋と真壁は引き分けだったため棚橋と真壁が同率1位となり、コイントスで1位2位が決められた。

優勝者がIWGPヘビー級王者ではない場合、自動的に王座への挑戦権を与えられる。王者として優勝したのは、武藤敬司と佐々木健介の2人だけで、武藤はグレート・ムタ(1997年)、健介はパワー・ウォリアー(1994年)として出場経験があり、また2人は全日本プロレスのチャンピオン・カーニバルにも優勝している(武藤は2002年、2004年、2007年。健介は2005年)。

主な記録 (2010年現在)

  • 最多出場 - 蝶野正洋 16回(1991年 - 2005年、2007年)
  • 連続出場 - 天山広吉 15年(1995年 - 2009年)、蝶野正洋 15年(1991年 - 2005年)
  • 最多優勝 - 蝶野正洋 5回(1991年、1992年、1994年、2002年、2005年)
  • 2年連続優勝 - 蝶野正洋(1991年 - 1992年)、天山広吉(2003年 - 2004年)
  • 全勝優勝 - 長州力(1996年 リーグ戦【不戦勝1】+優勝決定戦)、天山広吉(2006年 リーグ戦+決勝トーナメント)
  • IWGPヘビー級王者で優勝 - 武藤敬司(1995年)、佐々木健介(2000年)
  • 最年少優勝 - 蝶野正洋(1991年=27歳11か月)
  • デビュー最速優勝 - 後藤洋央紀(2008年、2003年7月デビュー=5年1か月)
  • 通算勝利 - 蝶野正洋 50勝(2007年まで)

最終日での出来事

  • 試合終了後には国技館の大広間にて打ち上げパーティーが行われており、限定100名のオフィシャルファンクラブ「Team NJPW」会員が参加することが出来る。
  • 1991年に蝶野が優勝した際、リング上に大量の座布団が投げられたため、以後座布団の使用が禁止されている。
  • 優勝決定戦で先に入場した選手が優勝したのは、1991年の蝶野、2008年の後藤、2010年の小島だけである。
  • 1993年の優勝決定戦は、最終日前日の8月7日に行われており、最終日はメインで橋本が天龍源一郎とシングルマッチを行ったが敗れた。
  • 1995年に優勝した武藤に副賞として贈呈されたガウンは、東京都にあるプロレスショップ「バトルロイヤル」で展示されていた。
  • 1999年、2001年 - 2003年は、ワールドプロレスリングのスペシャル特番として夕方から地上波で生放送していたが、2006年からは、スカイパーフェクTV!のペイ・パー・ビューで生放送されている。
  • 2004年に優勝した天山に副賞のGM社「キャデラック」が贈呈されて、同期の金本浩二が同乗して国技館周辺を優勝パレードした。

優勝者 準優勝 備考
第1回 蝶野正洋 武藤敬司 1991年8月7日 - 11日
8選手による2ブロック・リーグ戦で開催
蝶野が「1・2・3、ダァーッ!」で締める
闘魂三銃士が上位を独占
第2回 蝶野正洋 リック・ルード 1992年8月6日 - 11日
16選手によるトーナメントで開催
蝶野が優勝と同時に第75代NWA王者になる
第3回 藤波辰爾 馳浩 1993年8月2日 - 8日
日本人16選手によるトーナメントで開催
トーナメント開催日は3日?7日
両国国技館7連戦
第4回 蝶野正洋 パワー・
ウォリアー
1994年8月3日 - 7日
日本人12選手による2ブロック・リーグ戦で開催
大会終了後、蝶野が武闘派転向を宣言
両国国技館5連戦
第5回 武藤敬司 橋本真也 1995年8月11日 - 15日
8選手による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
史上初、IWGP王者としてG1制覇(2冠達成)
両国国技館5連戦
第6回 長州力 蝶野正洋 1996年8月2日 - 6日
日本人10選手による2ブロック・リーグ戦で開催
平田淳嗣の負傷欠場による不戦勝を含めて全勝優勝
両国国技館5連戦
第7回 佐々木健介 天山広吉 1997年8月1日 - 3日
14選手によるトーナメントで開催
新日本 vs nWo がテーマ
両国国技館3連戦
第8回 橋本真也 山崎一夫 1998年7月31日 - 8月2日
16選手によるトーナメントで開催
橋本、8度目の出場で初優勝
両国国技館3連戦
第9回 中西学 武藤敬司 1999年8月10日 - 15日
日本人12選手による2ブロック・リーグ戦で開催
武藤、最終日に1日3試合
第10回 佐々木健介 中西学 2000年8月7日 - 13日
20選手による4ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
IWGP王者としてG1制覇(2冠達成)
第11回 永田裕志 武藤敬司 2001年8月4日 - 12日
日本人12選手による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
優勝トロフィーが一新される
9月には外国人選手参加の「G1 WORLD」が開催された
(優勝=ドン・フライ、準優勝=スコット・ノートン)
第12回 蝶野正洋 高山善廣 2002年8月3日 - 11日
日本人12選手による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
「新日本vs外敵」がテーマ
第13回 天山広吉 秋山準 2003年8月10日 - 17日
日本人12選手による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
プロレスリング・ノアから秋山準が出場
第14回 天山広吉 棚橋弘至 2004年8月7日 - 15日
16選手による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
天山が史上2人目の連覇
第15回 蝶野正洋 藤田和之 2005年8月4日 - 14日
日本人16選手による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
史上最多5回目の優勝
第16回 天山広吉 小島聡 2006年8月6日 - 14日
10選手による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
史上初の全勝優勝(※長州も過去に全勝優勝しているので実質的には2人目だが、不戦勝による勝利が含まれているため、試合を勝利で消化しての全勝は天山が史上初となる)
最終日、超満員札止めにならず
第17回 棚橋弘至 永田裕志 2007年8月5日 - 12日
12選手による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
最終日、超満員札止めにならず
第18回 後藤洋央紀 真壁刀義 2008年8月9日 - 17日
14選手による2ブロック・リーグ戦で開催
後藤は初出場で初優勝
最終日、3年ぶり超満員札止め
第19回 真壁刀義 中邑真輔 2009年8月7日 - 16日
14選手による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
最終日、超満員札止めにならず
第20回 小島聡 棚橋弘至 2010年8月6日 - 15日
16選手による2ブロック・リーグ戦で開催
新日本プロレス所属選手以外の優勝は史上初
チャンピオン・カーニバルとG1の両制覇は史上3人目
最終日、超満員札止めにならず
 

NEW JAPAN CUP
新日本プロレスが主催するシングルマッチの大会。

概要

2005年に第1回大会が開催。以降、毎年4月中旬頃に開催されていたが第3回以降からは3月上旬に開催される。優勝賞金は500万円。主な試合会場は大阪、名古屋、東京などだが2008年以降、優勝決定戦は尼崎市記念公園総合体育館と限定されている。基本的には出場選手数は14 - 16人までで、第2回以降からはシード枠も設置されており、この場合前年度優勝者がエントリーする。新日本所属選手が中心となるが、他団体選手も出場している。新日本所属選手以外の優勝は一度もない(2010年現在)。大会形式はトーナメントのみの時間無制限方式となっている。

IWGPヘビー級王者はエントリーせず、第2回からは優勝者にはIWGPヘビー級王座への挑戦権が与えられる様になった。

当時は無差別級トーナメントと題していたが近年ではヘビー級の選手のみしか参加してない。

「NEW JAPAN CUP」大会記録(2010年現在)

  • 最多優勝回数:2回 棚橋弘至(第1回、第4回)、後藤洋央紀(第5回 - 第6回)、永田裕志(第3回、第7回)
  • 連続優勝回数:2回 後藤洋央紀(第5回 - 第6回)
  • 最多準優勝回数:2回 ジャイアント・バーナード(第4回 - 第5回)、真壁刀義(第3回、第6回)
  • 連続準優勝回数:2回 ジャイアント・バーナード(第4回 - 第5回)
  • 最多決勝進出回数:3回 ジャイアント・バーナード(第2回、第4回 - 第5回)
  • 連続決勝進出回数:2回 ジャイアント・バーナード(第4回 - 第5回)
  • 最多出場回数:6回 中西学(第1回 - 第6回)
  • 連続出場回数:6回 中西学(第1回 - 第6回)

優勝者 準優勝 備考
第1回 棚橋弘至 中西学 2005年4月19日 - 24日
計16選手による無差別級トーナメントで開催
第2回 ジャイアント・バーナード 永田裕志 2006年4月16日 - 30日
計16選手によるトーナメントで開催
第3回 永田裕志 真壁刀義 2007年3月3日 - 21日
計14選手によるトーナメントで開催
第4回 棚橋弘至 ジャイアント・バーナード 2008年3月9日 - 23日
計16選手によるトーナメントで開催
第1回大会以来となる無差別級対戦も実現
V2達成
第5回 後藤洋央紀 ジャイアント・バーナード 2009年3月8日 - 22日
計14選手によるトーナメントで開催
2008年度G1 CLIMAX優勝に続き春夏連覇を達成
第6回 後藤洋央紀 真壁刀義 2010年3月14日 - 22日
計15選手によるトーナメントで開催
2連覇を達成
第7回 永田裕志 中邑真輔 2011年3月7日 - 20日
計16選手によるトーナメントで開催
4年ぶり2度目の優勝


ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア
BEST OF THE SUPER Jr.
新日本プロレスが主催するジュニアヘビー級選手によるプロレス大会。1994年に「TOP OF THE SUPER Jr.」から改称した。

優勝賞金は当初300万円だったが現在は500万円

「TOP OF THE SUPER Jr.」歴代王者
決勝戦 優勝者 準優勝者
第1回 1988/2/7
札幌中島体育
センター
越中詩郎 馳浩
第2回 1991/4/30
両国国技館
保永昇男 獣神サンダー・ライガー
第3回 1992/4/30
両国国技館
獣神サンダー・ライガー エル・サムライ
第4回 1993/6/14
大阪府立
体育会館
ペガサス・キッド エル・サムライ

「BEST OF THE SUPER Jr.」歴代王者
決勝戦 優勝者 準優勝者
第1回 1994/6/13
大阪府立体育
会館
獣神サンダー・ライガー スペル・デルフィン
第2回 1995/7/13
札幌中島体育
センター
ワイルド・ペガサス 大谷晋二郎
第3回 1996/6/12
大阪府立体育
会館
ブラック・タイガー 獣神サンダー・ライガー
第4回 1997/6/5
日本武道館
エル・サムライ 金本浩二
第5回 1998/6/3
大阪市中央
体育館
金本浩二 ドクトル・ワグナーJr.
第6回 1999/6/8
日本武道館
ケンドー・カシン 金本浩二
第7回 2000/6/9
大阪市中央
体育館
高岩竜一 大谷晋二郎
第8回 2001/6/4
大阪府立体育
会館
獣神サンダー・ライガー 田中稔
第9回 2002/6/5
大阪府立体育
会館
金本浩二 田中稔
第10回 2003/6/11
京都市体育館
垣原賢人 金本浩二
第11回 2004/6/13
後楽園ホール
タイガーマスク 金本浩二
第12回 2005/6/19
後楽園ホール
タイガーマスク 外道
第13回 2006/6/18
後楽園ホール
タイガーマスク
第14回 2007/6/17
後楽園ホール
ミラノコレクションA.T. 井上亘
第15回 2008/6/15
後楽園ホール
井上亘 金本浩二
第16回 2009/6/14
後楽園ホール
金本浩二 プリンス・デヴィット
第17回 2010/6/13
後楽園ホール
ブリンス・デヴィット 飯伏幸太

「BEST OF THE SUPER Jr.」大会記録(2009年現在)

  • 最多優勝回数:3回 金本浩二(第5回、第9回、第16回)
  • 連続優勝回数:2回 タイガーマスク(第11回、第12回)
  • 最多決勝進出回数:8回 金本浩二(第4回 - 第6回、第9回 - 第11回、第15回-第16回)
  • 連続決勝進出回数:3回 金本浩二(第4回 - 第6回、第9回 - 第11回)、タイガーマスク(第11回 - 第13回)
  • 最多出場回数:13回 エル・サムライ(第1回 - 第13回)
  • 連続出場回数:13回 エル・サムライ(第1回 - 第13回)
  • 全勝優勝:獣神サンダー・ライガー(第8回)
  • 大会最多出場者数:16人 2004年度・第11回
  • 初出場初優勝:ミラノコレクションA.T.


G1 TAG LEAGUE
タッグリーグ戦。第1回から第8回までは「SG TAG LEAGUE」として開催。

SUPER GRADE TAG LEAGUE 歴代優勝者
開催年 優勝者 準優勝
第1回 1991年 藤波辰爾/ビッグバン・ベイダー 長州力/マサ斎藤
第2回 1992年 長州力/橋本真也 馳浩/佐々木健介
第3回 1993年 武藤敬司/馳浩 スコット・ノートン/ヘラクレス・ヘルナンデス
第4回 1994年 武藤敬司/馳浩 蝶野正洋/スーパー・ストロング・マシン
Jrタッグ 1994年 大谷晋二郎/ワイルド・ペガサス ブラック・タイガー/ザ・グレート・サスケ
第5回 1995年 蝶野正洋/天山広吉 木戸修/山崎一夫
第6回 1996年 橋本真也/スコット・ノートン 武藤敬司/リック・スタイナー
第7回 1997年 武藤敬司/蝶野正洋 橋本真也/中西学
第8回 1998年 武藤敬司/小島聡 藤波辰爾/橋本真也

G1 TAG LEAGUE 歴代優勝者
開催 優勝者 準優勝 備考
第1回 1999年 武藤敬司&スコット・ノートン 永田裕志&中西学 18選手9組による1ブロック・リーグ戦で開催
第2回 2000年 永田裕志&飯塚高史 天山広吉&小島聡 14選手7組による1ブロック・リーグ戦で開催
第3回 2001年 天山広吉&小島聡 マイク・バートン&ジム・スティール 16選手8組による1ブロック・リーグ戦で開催
第4回 2003年 天山広吉&西村修 高山善廣&TOA 16選手8組による1ブロック・リーグ戦で
2年振りに開催
第5回 2006年 蝶野正洋&中邑真輔 棚橋弘至&金本浩二 20選手10組による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで
3年振りに開催
第6回 2007年 ジャイアント・バーナード&トラヴィス・トムコ 棚橋弘至&金本浩二 16選手8組による1ブロック・リーグ戦で開催
タッグ2冠達成
第7回 2008年 天山広吉&小島聡 真壁刀義&矢野通 20選手10組による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
全日本プロレスの世界最強タッグ決定リーグ戦に優勝し
初のメジャーW優勝を飾る
第8回 2009年 ジャイアント・バーナード&“ザ・マシンガン”カール・アンダーソン 田口隆祐&プリンス・デヴィット 20選手10組による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
バーナード組が初の全勝優勝
第9回 2010年 永田裕志&井上亘 高橋裕二郎&内藤哲也 24選手12組による2ブロック・リーグ戦+決勝トーナメントで開催
なおジュニアヘビーの選手はこの大会直後に行われる「J SPORTS CROWN ?SUPER J TAG LEAGUE?」に出場する為、エントリーしていない

J SPORTS CROWN〜無差別級6人タッグトーナメント〜
体重無差別の選手同士の組み合わせで参加する6人タッグトーナメント形式の大会である。

この大会を機に「IWGP6人タッグ王座」の設立も検討されている。

2010年

開催日:6/28 - 6/30
開催地:ディファ有明

参加選手

  • 後藤洋央紀&田口隆祐(Apollo55)&プリンス・デヴィット(Apollo55)※優勝
  • 棚橋弘至&TAJIRI(SMASH)&KUSHIDA(SMASH)※準優勝
  • 高橋裕二郎(CHAOS・NO LIMIT)&内藤哲也(CHAOS・NO LIMIT)&ディック東郷(フリー)
  • 中邑真輔(CHAOS)&石井智宏(リキプロ・CHAOS) &田中将斗(ZERO1・CHAOS)
  • 真壁刀義(G・B・H)&本間朋晃(G・B・H)&オースティン・クリード(元TNA)
  • ジャイアント・バーナード(BAD INTENTIONS)&“ザ・マシンガン”カール・アンダーソン(BAD INTENTIONS) &キング・ファレ
  • 長州力(リキプロ)&タイチ&AKIRA(フリー)
  • 中西学&金本浩二&エル・サムライ(フリー)
  • 永田裕志(青義軍)&井上亘(青義軍) &平澤光秀(青義軍)
  • 矢野通(CHAOS)&飯塚高史(CHAOS) &外道(CHAOS)
  • 本田多聞(フリー)&志賀賢太郎(フリー) &橋誠(フリー)
  • スーパー・ストロング・マシン(マシン軍)&ピンク・ストロング・マシン(マシン軍)&トンガ・ストロング・マシン(マシン軍)

J SPORTS CROWN 〜SUPER J TAG LEAGUE〜

開催日:11/9日 - 11/13
開催地:ディファ有明

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