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所属レスラー
(2011/3/31現在)




天山 広吉
1971/3/23

京都府京都市出身。新日本プロレス所属。血液型O型。本名および旧リングネームは山本 広吉(やまもと ひろよし)。


棚橋 弘至
1976/11/13

岐阜県大垣市出身。新日本プロレス所属。現在マセキ芸能社と業務提携。

棚橋弘至ブログ


後藤 洋央紀
1979/6/25

新日本プロレス所属。三重県桑名市出身。

後藤洋央紀ブログ


岡田 かずちか
1987/11/8

愛知県安城市出身。新日本プロレス所属。


三上 恭佑
1983/12/29

新日本プロレス所属。新潟県長岡市出身。血液型O型。


タマ・トンガ
Tama Tonga
生年月日不明

トンガ王国・ヌクアロファ出身のプロレスラー。アメリカ・フロリダ州インディー団体を経て新日本プロレスで活動中。

父親は元大相撲・朝日山部屋出身の力士であり、米国団体を渡り歩いてきたキング・ハク(他にもプリンス・トンガキング・トンガのリングネームとして知られる)。

兄弟はWWE傘下のFCWに所属するドニー・マーロウことテヴィタ・フィフィタ、FCWに所属していたピート・フィフィタ。


長州 力
1951/12/3

本名(通名):吉田 光雄(よしだ みつお)、韓国名:郭 光雄(クァク・クァンウン、곽광웅)は、山口県徳山市(現:周南市)出身のプロレスラー。血液型O型。在日韓国人2世である。

海外遠征時のリングネームはリッキー・チョーシュー。ニックネームは「革命戦士」。入場曲は平沢進作曲のオリジナルテーマ曲「パワーホール」。最終学歴は専修大学卒業。



永田 裕志
1968/4/24

日本のプロレスラー。千葉県東金市出身。千葉県立成東高校、日本体育大学卒業。

父は高校の校長兼野球部監督、妹(永田貴子)はネイルアーティストで米国で開催されるネイルトレードショーのWINBAで1999年入賞、2000年優勝の実績を持ち、兄の裕志、弟の克彦のコスチュームデザインも行う。実弟はシドニーオリンピックレスリング銀メダリストの永田克彦。新日本プロレスの試合でレスリングルールによる対戦もしている。ケンドー・カシンとはチームJAPANでユニットを組む等、特に仲がよい。カシンが大学院に合格した際には「東金デストロイヤー」なる覆面レスラーとして「祝福」に訪れた。

永田裕志ブログ


井上 亘
973/8/27

東京都江東区出身。新日本プロレス所属。


平澤 光秀
1982/3/27

日本のプロレスラー。新日本プロレス所属。北海道札幌市出身。


キング・ファレ
King Fale
1982/1/8

トンガ王国のプロレスラー。新日本プロレス所属。本名・ファレ・シミタイトコFale Simitaitoko)。ラパハ出身。血液型O型。


スーパー・ストロング・マシン/平田 淳嗣
1956/12/20

神奈川県平塚市出身。新日本プロレス所属。

デビュー時のリングネームは、当時の本名である平田淳二だったが、その後本名を平田淳嗣と改名したためリングネームも改名した。そのレスラーとしてのキャリアにおいて、覆面レスラーのストロング・マシン、またはのリングネームで知られる。

派手なテクニックや大技は無いが、大きく頑丈な体躯と長いキャリアを生かした重厚なレスリングを身上としている。若い頃は飛び技なども器用にこなす万能型のレスラーであり、またフィニッシュ・ホールドの「魔神風車固め」をここ一番という時のみに使用することで、未だ唯一無二のオリジナル技としての説得力を持たせ続けている。


真壁 刀義
1972/9/29

本名は真壁 伸也(まかべ しんや)。神奈川県相模原市出身。新日本プロレス所属。血液型B型。神奈川県立城山高等学校→帝京大学出身。


本間 朋晃
1976/11/18

山形県東根市出身。新日本プロレス所属。


ジャイアント・バーナード/Aトレイン/アルバート
1972/11/14

マシュー・ブルームMatthew Bloom)は、アメリカ合衆国のプロレスラー。新日本プロレス所属。マサチューセッツ州ピーボディ出身。リングネーム、、などで知られる。

WWEに所属していたときは、その背中の毛の濃さから「Shave your Back!(背中を剃れ!)」とのコールを観客から受けることが多かった。現在は体毛は剃っており全身に新たにタトゥーを入れていて、乳首や耳にピアスを付けている。日本でブレイクした元WWEレスラー。


カール・アンダーソン
Karl Anderson
1980/1/20

アメリカ合衆国のプロレスラー。新日本プロレス所属。ノースカロライナ州アシュビル出身。コール時や試合中にマシンガンを撃つポーズをする。


中西 学
1967/1/22

京都府京都市出身。血液型A型。新日本プロレス所属。宇治高等学校(現:立命館宇治高等学校)・専修大学卒業。


ストロングマン
1972/1/8

ジョン・アンダーセンJohn Andersen)は、アメリカ合衆国・カリフォルニア州サンフランシスコ出身のプロレスラー。


獣神サンダー・ライガー
1989/4/24

日本の覆面レスラー。新日本プロレス所属。本名は非公開。永井豪宅出身、もしくは広島県広島市。血液型AB型。

上記のプロフィールはライガーとしてのもの。


金本 浩二
1966/10/31

兵庫県神戸市出身。新日本プロレス所属。大阪芸術大学環境計画学科(2004年度より環境デザイン学科)卒業。愛称は阪神タイガースの同姓である金本知憲にちなんで「アニキ」。

後に「新日本の喧嘩番長」と言われる程ハードヒットな打撃技を特徴とし、現在もジュニアヘビー級の選手として活躍中。

2000年以降になると「アニキ」の異名で熱狂的ファンがつくまでに公私共に慕われた。

金本浩二ブログ


タイガーマスク
1970/10/20

日本の覆面レスラー。タイガーマスクの4代目であり、現行のタイガーマスクである。通称は「黄金の虎」。


KUSHIDA
1983/5/12

本名は櫛田 雄二郎(くしだ ゆうじろう)。東京都出身。

KUSHIDAブログ


吉橋 伸雄
1982/5/25

新日本プロレス所属。愛知県愛知郡出身。血液型はO型。


高橋 広夢
1989/12/4

新日本プロレス所属。東京都八王子市出身。血液型A型。


田口 隆祐
1979/4/15

新日本プロレス所属。宮城県岩沼市出身。宮城県仙台第一高等学校卒業。


プリンス・デヴィット
Prince Devitt
1981/7/25

本名:ファーガル・デヴィットFergal Devitt)は、新日本プロレス所属のプロレスラー。アイルランド・ダブリン出身。


中邑 真輔
1980/2/24

日本のプロレスラー、総合格闘家。画家。京都府峰山町(現・京丹後市)出身。新日本プロレス(以下新日本)所属。京都府立峰山高等学校、青山学院大学卒業。


矢野 通
1978/5/18

東京都荒川区出身。新日本プロレス所属。


飯塚 高史
1966/8/2

日本のプロレスラー。本名は飯塚 孝之(いいづか たかゆき)。北海道室蘭市出身。新日本プロレス所属。


石井 智宏
1975/12/10

神奈川県川崎市出身。身長170cm、体重100kg。リキプロ所属。


邪道
1968/9/28

本名は秋吉 昭二(あきよし しょうじ)。東京都港区出身。


外道
1969/2/20

日本の男性プロレスラー。本名は高山 圭司(たかやま けいじ)。東京都武蔵村山市出身。


田中 将斗
1973/2/28

本名:田中 正人(読み方同じ)は、日本のプロレスラー。和歌山県和歌山市出身。ZERO1所属。ニックネームは「弾丸戦士」「DANGAN」。

ヘビー級でありながらジュニア戦士並にリングの内外を所狭しと動き回り、主にハードコア路線を主軸にしている選手であるがラフ殺法のみならず、ねちっこいレスリングにも充分対応が出来るオールラウンドプレイヤー。

田中将人ブログ


ダニエル・ピューダー
Daniel Puder
1981/10/9

アメリカ合衆国の総合格闘家、プロレスラー。カリフォルニア州クパチーノ出身。アメリカン・キックボクシング・アカデミー所属。


キラーラビット
正体は不明。

新日本プロレスに登場する覆面レスラー。


高橋 裕二郎
1981/1/13

日本体育大学卒業。新潟県新潟市出身。新日本プロレス所属。


内藤 哲也
1982/6/22

東京都足立区出身。新日本プロレス所属。


小島 聡
1970/9/14

東京都江東区出身。血液型A型。オレンジを基調としたコスチュームがトレードマーク。VOODOO-MURDERSに加入していた時期は、黒と赤を基調としたコスチュームがトレードマークだった。

小島聡ブログ


TAKAみちのく
1973/10/26

KAIENTAI-DOJO所属。有限会社かいえんたいどうじょう代表取締役社長。本名は吉田 貴男(よしだ たかお)。岩手県盛岡市出身。出生は千葉県であり小学生低学年までは四街道市で過ごしたため、千葉県四街道市出身を自称することも多い。

TAKAみちのくブログ


タイチ
1980/3/19

本名は牧 太一郎(まき たいちろう)。北海道石狩市出身。新日本プロレス所属。

タイチブログ


モンテル・ボンタビアス・ポーター
Montel Vontavious Porter(通称:MVP
1973/10/28

アルヴィン・バーク・ジュニアAlvin Burke, Jr.)は、アメリカ合衆国のプロレスラー。フロリダ州マイアミ出身のアフリカ系アメリカ人。



永田 克彦
1973/10/31

日本の総合格闘家。千葉県東金市出身。新日本プロレス NEW JAPAN FACTORY所属。日本体育大学卒業。2000年シドニーオリンピックレスリンググレコローマンスタイル69kg級銀メダリスト。

プロレスラーの永田裕志は実兄。

シドニーオリンピックで銀メダルを獲得するまでは警視庁に勤務しており、兄のトレードマークである敬礼ポーズの元ネタとなっている。

永田克彦ブログ

 

レッドシューズ海野
1967/2/16

本名:海野 宏之(うんの ひろゆき)は、日本のプロレスのレフェリー。埼玉県鳩ヶ谷市出身。身長173cm、体重76kg。新日本プロレス所属で、審判部長を務める。

 

マーティー浅見
1973/1/3

日本のプロレスレフェリー。本名:浅見 佳広(あさみ よしひろ)。埼玉県入間郡出身。身長157cm、体重62kg。現在は新日本プロレスに所属している。


タイガー服部
1945/7/20

日本の元レスリング選手、プロレスリング・レフェリー、マネージャー。本名は服部 正男(はっとり まさお)。東京都中央区出身。身長165cm、体重68kg。血液型はAB型。

 

尾崎 仁彦
1972/7/11

新日本プロレス所属のリングアナウンサー。東京都杉並区出身。

 

林 督元
1949

本名:雅之(読み同じ)は医師、スポーツドクター。千葉県出身。



三沢 威
1969/11/28

日本の元プロレスラー、現メディカルトレーナー。新日本プロレス所属。秋田県大館市出身。身長180cm、体重105kg。血液型はA型。


 

練習生
  • 渡辺高章
レフェリー
  • 佐藤健太





 
 



歴代社長


アントニオ 猪木(1972年 - 1989年、1983年8月 - 10月は社長から降格)
1943/2/20

神奈川県横浜市鶴見区出身の元プロレスラー、経営者(新日本プロレス設立、イノキ・ゲノム・フェデレーション設立など)元参議院議員、事業家。本名は猪木 寛至(いのき かんじ)。血液型AB型。キャッチフレーズは「燃える闘魂」。愛称は「アントン」。



坂口 征二(1989年 - 1999年)
1942/2/17

日本の元プロレスラー、柔道家(五段)。福岡県久留米市出身。世界の荒鷲と呼ばれた。

長男は総合格闘家の坂口征夫、次男は俳優の坂口憲二。2005年にはホンダ・エアウェイブのCMで憲二と親子共演を果たしている。

 

藤波 辰爾(1999年 - 2004年6月)
1953/12/28

日本のプロレスラー。本名は藤波 辰巳。大分県出身。血液型はO型。ニックネームは「ドラゴン」もしくは「ドラゴン藤波」。第77代NWA世界ヘビー級王者。一時期、リングネームをドラゴン藤波、ドクター(ドクトル)藤波としていた。

藤波辰爾ブログ

 

草間 政一(2004年6月 - 2005年5月)
1950/11/11

日本の実業家。さまざまな企業の要職を経て、現在は株式会社草間ビジネスネットワーク代表として千葉県流山市を拠点に草間せいいち名義でも活動している。


 

サイモン・ケリー猪木(2005年5月 - 2007年3月)
1973/12/2

本名:猪木 サイモン(いのき さいもん)、旧姓:サイモン・ケリー)は、日本の実業家。元新日本プロレス社長。


菅林 直樹(2007年3月 - )
1964/7/13

日本の実業家、現新日本プロレス株式会社代表取締役社長。北海道札幌市出身。


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過去の主な所属選手/
スタッフ

(50音順)

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AKIRA
1966/3/13

日本の男性プロレスラー、俳優。本名、野上 彰(のがみ あきら)。プロレスラーとしてはSMASHに所属、俳優としては浅井企画に所属している。妻は女優の佐伯玲子であったが離婚。

AKIRA ブログ


ドン荒川
1945/3/6

日本のプロレスラー。本名は荒川 真(あらかわ まこと)。鹿児島県出水市出身。


安沢 明也
1981/1/9

日本の元プロレスラーである。新潟県刈羽郡刈羽村出身。最終所属は新日本プロレス。同じくプロレスラーであった安沢たく(1984/3/11)は実弟である。


石澤 常光/ケンドー・カシン
1968/8/5

石澤 常光(いしざわ ときみつ)は、日本のプロレスラー、総合格闘家。

新日本プロレスでプロレスデビュー後、海外遠征を経てケンドー・カシンとして覆面レスラーに転向。2000年以降は本名で総合格闘技にも参戦する。リング内外での破天荒なパフォーマンスとは裏腹に、レスリングに裏打ちされた確かなレスリング技術を持ち、ウィットに富んだ言動で多くのプロレスファンから注目を集める「問題児」。入場テーマ曲:『Skywalk』


アントニオ 猪木
1943/2/20

神奈川県横浜市鶴見区出身の元プロレスラー、経営者(新日本プロレス設立、イノキ・ゲノム・フェデレーション設立など)元参議院議員、事業家。本名は猪木 寛至(いのき かんじ)。血液型AB型。キャッチフレーズは「燃える闘魂」。愛称は「アントン」。



永源 遙
1946/1/11

日本の元プロレスラー、元大相撲力士(立浪部屋所属)。石川県鹿島郡鹿西町(現在の中能登町)出身。プロレスラー時代は多くの団体を渡り歩き、現在はプロレスリング・ノアの相談役。


大谷 晋二郎
1972/7/21

日本の男性プロレスラー。山口県山口市出身。ZERO1所属(代表)。その性格や戦いぶりから「日本一熱いプロレスラー」と言われる。

大谷晋二郎ブログ


大矢 剛功
1964/7/2

おおや ひさかつは、日本の男子プロレスラーである。石川県金沢市出身で、現在は兵庫県神戸市在住。身長185cm、体重105kg。現在はフリーランスとして日本の各団体に参戦している。かつての本名は大矢健一であったが、法的手続きを執り、本名も「大矢剛功」に変更している。

大矢剛功ブログ


小原 道由
1967/11/15

日本の元プロレスラー、元格闘家である。長野県松本市出身。


キラー・カーン
Killer Khan
1947/3/6

春日野部屋所属の元大相撲力士、元プロレスラー。新潟県西蒲原郡吉田町(現在の燕市)出身。本名は小澤 正志(おざわ まさし)。キラー・カンとも表記される。大相撲時代の四股名は越錦(えつにしき)で、最高位は幕下40枚目。

居酒屋かんちゃん


垣原 賢人
1972/4/29

かきはら まさひとは、日本の元プロレスラーである。愛媛県新居浜市出身。通称「カッキー」。最終所属は新日本プロレス。

垣原賢人ブログ


片山 明
1964/7/12

新日本プロレス、SWSに所属した元プロレスラー。


北尾 光司
1963/8/12

三重県津市出身で立浪部屋所属の元大相撲力士で第60代横綱・双羽黒 光司(ふたはぐろ こうじ)、元プロレスラー、元総合格闘家、元スポーツ冒険家。現在は大相撲立浪部屋のアドバイザー、ナイフ評論家。


北沢 幹之
1942/2/15

日本の元プロレスラー、レフェリー。大分県出身。現役時代は魁 勝司(かい しょうじ)というリングネームで活躍した。


木戸 修
1950/2/2

日本のプロレスラー。神奈川県川崎市出身。ビッグマウス所属。褐色の肌と、どんなに激しく動いても乱れないヘアスタイルが特徴。寡黙だが、カール・ゴッチ直伝のグラウンド技術で「いぶし銀」のプロレスラーと呼ばれる。長女はプロゴルファーの木戸愛(めぐみ)。


木村 健悟
1953/9/4

日本の元プロレスラー、宮城野部屋所属の元大相撲力士。本名は、木村 聖裔(きむら せいえい、きむら たかしと紹介しているプロレスラー名鑑もある)。愛媛県新居浜市出身。プロレスラーとしての最終所属は新日本プロレス。ニックネームは「稲妻戦士」。


ラッシャー木村
1941/6/30 - 20105/24

日本の元大相撲力士、元プロレスラーである。本名は木村 政雄(きむら まさお)。北海道中川郡中川町出身。金網の鬼、ラッシング・パワー、吠える闘将などのニックネームで呼ばれた。2003年よりプロレスリング・ノア終身名誉選手会長。


ラッシャー木村追悼特集

闘将 ラッシャー木村~ファイト&マイク メモリアル
闘将 ラッシャー木村~ファイト&マイク メモリアル


会場 対戦カード
1976/3/28
蔵前国技館
鶴田試練の十番勝負
ラッシャー木村vsジャンボ鶴田
1977/12/10
宮城県スポーツ
センター
世界オープンタッグ選手権
ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田vs
ラッシャー木村、グレート草津
1977/12/14
大阪府立体育
会館
世界オープンタッグ選手権
大木金太郎、キム・ドクvs
ラッシャー木村、グレート草津
1978/2/18
蔵前国技館
全軍激突戦
ジャイアント馬場vsラッシャー木村
1984/12/8
愛知県体育館
世界最強タッグ決定リーグ戦
ジャイアント馬場、ラッシャー木村vs
ジャンボ鶴田、天龍源一郎
1985/3/9
両国国技館
6人タッグ
ジャイアント馬場、石川敬士、マイティ井上vs
ラッシャー木村、鶴見五郎、剛 竜馬
1985/6/21
日本武道館
PWFヘビー級選手権
ジャイアント馬場vsラッシャー木村
1988/8/29
日本武道館
馬場と最後のシングルマッチ
ジャイアント馬場vsラッシャー木村
1991/1/27
後楽園ホール
お笑いライバル対決
ラッシャー木村vs永源 遙
2001/6/24
愛知県体育館
還暦試合
ラッシャー木村、百田光雄vs
永源 遙、菊地 毅
2003/3/1
日本武道館
現役最後の試合
ラッシャー木村、百田光雄vs
永源 遙、川畑輝鎮
2004/7/10
東京ドーム
VTRによる引退発表
2010/6/26
ディファ有明
お別れの会


栗栖 正伸
1946/111/15

日本の男性プロレスラー。鹿児島県肝属郡出身。身長175cm、体重100kg。




剛 竜馬
1956/3/23


バッドニュース・ブラウン/バッドニュース・アレン
Bad News Brown/Bad News Allen
1943/10//22 - 2003/3/6



越中 詩郎
  • (→新日本プロレス→WJプロレス→フリー)

1958/9/4

日本のプロレスラー。東京都江東区出身。血液型はB型。フリーランス。

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小島 聡
  • (→フリー)

1970/9/14

日本のプロレスラー。東京都江東区出身。血液型A型。

オレンジを基調としたコスチュームがトレードマーク。VOODOO-MURDERSに加入していた時期は、黒と赤を基調としたコスチュームがトレードマークだった。

小島聡ブログ


小杉 俊二
1960/2/17

新日本プロレスに所属していた元プロレスラー。新潟県佐渡郡出身。

新日本プロレスにおける若手の登竜門的大会であるヤングライオン杯の第1回優勝者(準優勝は山田恵一)。

後に内臓疾患(腰痛との説も有る)により引退し、現在は故郷に戻り酒販店(妻の実家)を経営している。


後藤 達俊
1956/5/25

日本のプロレスラー。愛知県常滑市出身。フリーランス。Mr.バックドロップ大魔人などのニックネームを持つ。レスリングキャリアのほとんどでヒールユニットに属し、反則技を中心とした試合運びで観客を沸かした。

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小林 邦昭
1956/1/11

日本の元プロレスラー。長野県小諸市出身。関係者の間では「サンペイちゃん」の愛称で親しまれる。

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ストロング小林
1940/12/25

日本の元プロレスラー、俳優、タレント。本名は小林 省三(こばやし しょうぞう)。プロレスラーとしての全盛時のリングネームはストロング小林だが、俳優・タレントに転じてからはストロング金剛(ストロングこんごう)を芸名に活動した。東京都青梅市出身。現役晩年以降はスキンヘッドが特徴。


齋藤 彰俊
8/8

宮城県仙台市出身。愛知県に長い間居住しているため愛知県出身を自称することがある。プロレスリング・ノア所属。

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ヒロ斎藤
1961/5/25

本名:斎藤 弘幸(さいとう ひろゆき)は、日本のプロレスラー。ドラディション所属。


マサ斎藤
1942/8/7

元レスリング選手、元プロレスラー、健介オフィススーパーバイザーである。本名斎藤 昌典(さいとう まさのり)。東京都中野区出身。信条は「Go for broke」(当たって砕けろ)である。


坂口 征二
1942/2/17

日本の元プロレスラー、柔道家(五段)。福岡県久留米市出身。世界の荒鷲と呼ばれた。

長男は総合格闘家の坂口征夫、次男は俳優の坂口憲二。2005年にはホンダ・エアウェイブのCMで憲二と親子共演を果たしている。

 

ケンドー・ナガサキ
1948/9/26

桜田 一男(さくらだ かずお)は、日本のプロレスラー。本名(戸籍上の表記)は櫻田 一男(読みは同じ)。北海道網走市出身。


佐々木 健介
1966/8/4

本名同じ。福岡県福岡市南区出身。東福岡高校卒業。

2008年7月よりプロレスリング・ノアを主戦場とする。健介オフィス所属で同社取締役を務めるほか、タレント活動も行っている。妻は、全日本女子プロレス出身の元プロレスラーで健介オフィス代表取締役の北斗晶(佐々木久子)。

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佐野 直喜
1965/2/2

北海道苫小牧市出身。プロレスリング・ノア所属。プロレスラーとしてのキャリアにおいて、様々なリングネームを名乗っているが、現在は佐野 巧真(さの たくま)としての活動で知られる。


エル・サムライ
1966/4/19

本名は松田 納(まつだ おさむ)。岩手県花巻市出身。元新日本プロレス所属、現フリーランス。侍(兜)をモチーフにした覆面レスラーである。


佐山 聡
1957/11/27

日本のプロレスラーおよび総合格闘技・シューティング(現・修斗)の創設者、掣圏真陰流協会会長。山口県下関市出身。

覆面レスラー・初代タイガーマスクとしてプロレス界で活動。その後は、総合格闘技団体・シューティングを創設した。佐山サトル名義でも活動している。


柴田 勝久
1943/12/4 - 2010/1/16

日本の元大相撲力士、元プロレスラー、レフェリー。三重県桑名市出身。大相撲時代の四股名は、三重ノ山 勝久(みえのやま かつひさ)。朝日山部屋(入門時は大鳴戸部屋)所属。柴田勝頼は実子。


柴田 勝頼
1979/11/17

日本の総合格闘家、プロレスラー。三重県桑名市出身。Laughter7所属。

プロレスラー、レフェリーとして活躍した柴田勝久は実父。


アポロ菅原
1954/2/10

日本のプロレスラー。本名は菅原 伸義。秋田県男鹿市出身。


鈴木 健想
1974/7/25

日本の男性プロレスラーである。本名および旧リングネームは鈴木 健三(読み同じ)。愛知県碧南市出身。レプロエンタテインメント所属。

現在は全日本プロレスと契約し、同団体でKENSO(ケンソー)というリングネームで活動している。


鈴木 みのる
1968/6/17

本名:鈴木 実は、日本のプロレスラー。神奈川県横浜市出身。パンクラスMISSION所属。

鈴木みのるブログ
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高岩 竜一
1972/7/5

日本のプロレスラー。本名は同じ漢字で「たかいわ りゅういち」。京都府亀岡市出身。ZERO1-MAXを退団しフリーランスとなった。ジュニアヘビー級きってのパワーファイターで「超竜」の異名を持つ。在日コリアンであることを告白している。


髙田 延彦
1962/4/12

たかだ のぶひこは、日本のプロレスラー、元総合格闘家。現在はタレント、俳優、実業家として活躍をしている。本名は高田 伸彦。神奈川県横浜市泉区出身。血液型はA型。

格闘技ジム高田道場主宰者であり、格闘技イベントPRIDE統括本部長を務めていた。芸能マネジメントはレプロエンタテインメントが受け持っている。妻はタレントの向井亜紀。

高田延彦ブログ
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高野 俊二
1964/2/16

日本の男性プロレスラー。本名は(たかの しゅんじ)。福岡県北九州市出身

キャッチフレーズは野良犬。実兄のジョージ高野(ザ・コブラ)もプロレスラー。


ジョージ高野/ザ・コブラ
1958/6/23

高野 讓治(たかの じょうじ)は、福岡県北九州市出身のプロレスラー、元俳優、元大相撲力士。大相撲時代の四股名は高野(たかの)。


竹村 豪氏
1972/8/21

たけむら かつしは、日本の男子プロレスラー。本名:竹村 克司(読みは同じ)。京都府城陽市出身。東京愚連隊所属。


長州 力
1951/12/3

吉田 光雄(よしだ みつお)、韓国名:郭 光雄(クァク・クァンウン、곽광웅))は、山口県徳山市(現:周南市)出身のプロレスラー。血液型O型。在日韓国人2世である。


蝶野 正洋
1963/9/17

アメリカ合衆国ワシントン州シアトル生まれ、東京都三鷹市育ち。闘魂三銃士の1人。

ARISTTRIST」(アリストトリスト)という、マルティナ夫人をトップとするグッズブランド・個人事務所も持っており、夫人がデザインした黒色のガウン、レッグガード付きロングタイツを試合時に着用。プライベートでも主に黒色の服を着用している。「オレだけ見てりゃいいんだオラ! I AM CHONO!」が決め台詞。

デビューから長らく新日本プロレスに所属していたが、2010年より夫人の経営する事務所であるアリストトリストの所属となり、フリーランスとして活動している。

蝶野正洋ブログ


寺西勇
1946/1/30

富山県射水郡(現・射水市)出身で立浪部屋所属の元大相撲力士、元プロレスラー。本名は、寺西等(てらにし ひとし)。大相撲時代の四股名は寺西(てらにし)、最高位は三段目1枚目。


タイガー戸口
1948/2/7

東京都葛飾区出身のプロレスラー。キム・ドクタイガー・チャン・リーのリングネームでも知られる。


長井 満也
1968/11/10

本名は長井 弘和。北海道砂川市出身。



長尾 浩志
1979/12/26

日本の総合格闘家。infection.G.C所属。元バレーボール選手、元プロレスラー。大阪府大阪市出身。


仲野 信市
1963/3/14

日本の元プロレスラー。神奈川県横浜市保土ケ谷区出身。身長185cm、体重110kg。血液型O型。


成瀬 昌由
1973/3/15

日本のプロレスラー、総合格闘家。東京都杉並区出身。

成瀬昌由ブログ


新倉 史祐
1957/8/23

神奈川県横浜市出身の、元プロレスラー。186cm、108kg。


西村 修
  • (政治活動に専念する為)

1971/9/23

日本の男性プロレスラー。東京都文京区出身。階級はヘビー級。ミスター無我無我の継承者のニックネームを持つ。グラウンドでのサブミッションホールド(関節技・固め技)技を中心としたプロレスを得意とし、そのようなスタイルはしばしば「西村ワールド」と形容される。

西村修ブログ


ジョシュ・バーネット
Josh Barnett
1977/11/10

アメリカ合衆国の総合格闘家、プロレスラー。ワシントン州シアトル出身。現無差別級キング・オブ・パンクラシスト。元UFC世界ヘビー級王者。

ニックネームは「ベビーフェイスド・アサシン」(ベビーフェイスの暗殺者)。また、漫画・アニメをこよなく愛し、おたく文化にも造詣が深く、特に『北斗の拳』のケンシロウの熱烈なファンであることから、日本では「蒼い瞳のケンシロウ」、「世界最強のオタク」の異名を持つ。

K-1 ROMANEXではボブ・サップを指導したことから、「野獣の調教師」と紹介されていた。


橋本 真也
1965/7/3 - 2005/7/11

日本のプロレスラー。俳優、声優としても活動。闘魂三銃士の1人。岐阜県土岐市出身。血液型AB型。リングへは鉢巻きを付けて印を結んで上がるというスタイルをとった。

 
PWF会長

馳 浩
1961/5/5

旧姓: 川辺は、日本の政治家、元プロレスラー。衆議院議員(4期)。参議院議員(1期)を務めた。


アニマル浜口
1947/8/31

日本の元プロレスラーでボディビル指導者。本名は濱口 平吾(はまぐち へいご)。ボディビルダー出身で国際プロレスや新日本プロレスで活躍し、闘将のニックネームで呼ばれた。武蔵野学院大学日本総合研究所客員教授。アニマル浜口トレーニングジム主宰。女子レスリング選手の浜口京子(1978/1/11)は長女。


グラン浜田
1950/11/27

日本の男性プロレスラー。本名は濱田 廣秋(はまだ ひろあき)。群馬県前橋市出身。身長167cm、体重90kg。その軽量な体を生かしてルチャリブレを活動の中心としている。また最も著名な日本人ルチャドールの1人とされ、日本およびメキシコにおいて顕著な活躍を残している。


福田 雅一
1972/5/17 - 2000/4/19

栃木県大田原市(旧那須郡黒羽町)出身の日本の男子プロレスラーである。最終所属は新日本プロレス。


藤田 和之
1970/10/16

日本のプロレスラー、総合格闘家。千葉県船橋市出身。八千代松陰高校、日本大学文理学部卒業。

プロレスラーアントニオ猪木を師匠とし、「猪木最後の闘魂継承者」と呼ばれる。猪木のテーマ曲だった「炎のファイター」のオーケストラ・ヴァージョンをテーマ曲にしている。


藤波 辰爾(1999年 - 2004年6月)
1953/12/28

日本のプロレスラー。本名は藤波 辰巳。大分県出身。血液型はO型。ニックネームは「ドラゴン」もしくは「ドラゴン藤波」。第77代NWA世界ヘビー級王者。一時期、リングネームをドラゴン藤波、ドクター(ドクトル)藤波としていた。

藤波辰爾ブログ

 

藤原 喜明
1949/4/27

ふじわら よしあき)は、日本のプロレスラー(フリーランス)。学校法人日本医科学総合学院理事長。同学校法人は文部科学省認可の専修学校朋友柔道整復専門学校を運営している。

プロレスラー以外に俳優・タレントとしても活躍している。関節技の鬼という異名をとり「藤原組長」の愛称で親しまれている。


船木 誠勝
1969/3/13

日本のプロレスラー、総合格闘家、俳優。プロレスラーとしては全日本プロレス、総合格闘家としてはARMS所属。

若手時代は本名でリングに上がっていた。バツイチで再婚、現在の妻は元舞台女優、喜山いづみ。弘前大学教育学部附属中学校卒業。


パンクラス ビデオ紹介
U系DVD紹介
船木誠勝vsヒクソン・グレイシー動画

船木誠勝ブログ
船木誠勝ブログ



ブラック・キャット
Black Cat
1954/10/17 - 2006/1/28

マル・ビクトル・マヌエルMar Victor Manuel)はメキシコのプロレスラー、レフェリーである。メキシコシティ出身。プロレスラー、およびレフェリーとしての最終所属は新日本プロレス。愛称は「ネコちゃん」。


ブルー・ウルフ
Dolgorsüren Serjbüdee
1946/12/1

本名:Долгорсүрэн Сэржбүдээ 、ドルゴルスレン・セルジブデ)は、モンゴルのプロレスラー。ウランバートル出身。元新日本プロレス所属。血液型はA型。愛称は「ブデ」。入場曲は蒙古狼星。

総合格闘家のドルゴルスレン・スミヤバザル(1974/1/7)は実兄、元横綱の朝青龍(1980/9/27)は実弟である


ミスター・ポーゴ
1951/2/5

日本のプロレスラー。群馬県伊勢崎市出身。リングネームは一時期、ザ・グレート・ポーゴポーゴ大王大ポーゴ大王を名乗ったこともある。本名は、関川 哲夫(せきがわ てつお)。大相撲出身。バックボーンは柔道。


星野 勘太郎
1943/10/9- -2010/11/25

元プロレスラー、プロモーター。本名は星野 建夫(ほしの たつお・韓国名:呂建夫(ヨ・コンブ、여건부))。兵庫県神戸市出身の在日コリアン。


保永 昇男
1955/8/11

日本の元プロレスラー。東京都足立区出身。拓殖大学北海道短期大学卒業。現在はリキプロ所属のレフェリー。えり足を伸ばし、刈り込みの入った金髪のパンチパーマがトレードマーク。現役時代は終始スポットライトの当たる選手では無かったが、独自のプロレス感と対戦相手を引き立てる技術で試合を作り上げる職人レスラーであった。


前田 日明
1959/1/24

まえだ あきらは、総合格闘技黎明期に活躍した元プロレスラー、元総合格闘家。リングスCEO。元HERO'Sスーパーバイザー。総合格闘技大会THE OUTSIDERのプロデューサー。大阪府大阪市大正区出身。元在日韓国人三世(日本国籍に帰化済み。)。

プロレス界にキックボクシングやサンボの要素を持ち込み、格闘技を日本人にとって身近なものにした。また、プロモーターとして格闘技の大規模興行を成功させ、そのノウハウはK-1に受け継がれている。総合格闘技という言葉の創始者(佐山聡が使い始めたという説もある)とされ、佐山聡らと共に、日本の「プロレス」が現代の「総合格闘技」へと発展拡大していく流れを作った中心人物である。また、前田はリングス初期に試合会場を予約する際に「フリー・ファイト団体」として「プロレス」との差別化をはかろうとしていた。


三沢 威
1969/11/28

三沢 威士、みさわ たけしは、日本の元プロレスラー、現メディカルトレーナー。新日本プロレス所属。秋田県大館市出身。身長180cm、体重105kg。血液型はA型。





1972/11/29

日本のプロレスラー。本名は田中 稔(たなか みのる)。愛知県小牧市出身。妻は元・女子プロレスラーの府川唯未。

様々なリングネームを名乗っているが、「WRESTLE LAND」参戦時には田中として活動している(演出上は別人扱い)。

稔ブログ


ミラノコレクションA.T.
1976/8/27

日本の元プロレスラー。本名は澤藤 章人。岩手県盛岡市出身。通称ミラノ

ハンサムな顔立ちと、腕と足が非常に長いのが特徴。このモデル体型を活かし、数々の関節技を開発した。

ミラノコレクションA.T.ブログ


武藤 敬司
1962/12/23

日本のプロレスラーで全日本プロレス代表取締役社長。神奈川県横浜市青葉区在住、山梨県富士吉田市出身。山梨県立富士河口湖高等学校卒業。闘魂三銃士の1人で、タレントとしてサラエンターテイメントにも所属している。「武藤塾」の塾長、山梨県の観光大使も務めている。『日本マット界の至宝』と言われる。血液型はB型。娘は子役で「マハリガールズ」メンバーの武藤愛莉。

武藤敬司ブログ
武藤敬司ブログ

焼肉”武藤道場”
焼肉”武藤道場”


安田 忠夫
1963/10/9

日本の元プロレスラー、元大相撲力士。東京都大田区出身。実娘AYAMI(1987/3/31)はレースクイーンをしている。


谷津 嘉章
1956/7/19

日本の元プロレスラー。群馬県邑楽郡出身。血液型B型。長髪に無精ひげを生やし、サイドにJAPANと描かれた(但しそのいでたちは海外遠征中で、日本では殆どJAPANの文字は無しのタイツ。逆にマサ斉藤は日本でもその文字はあった)ひざ部分までのロングタイツ(俗に「田吾作スタイル」と呼ばれる)がトレードマーク。


山崎 一夫
1962/8/15

やまざき かずおは、元プロレスラー、整体師、タレント。通称山ちゃん。東京都港区出身。

ワールドプロレスリング解説者。


山本 小鉄
1941/10/30 - 2010/8/28

日本の元プロレスラー。本名は山本勝(やまもと まさる)。リングネームは豊登の命名。神奈川県横浜市南区出身。新日本プロレス所属。タレントとしても活動、芸能事務所、インターテイク所属であった。

現役引退後は、解説者・レフェリーとして活躍した。


ヨシ・タツ/山本 尚史
YOSHI TATSU
1977/8/1

やまもと なおふみは、日本のプロレスラー。WWEのRAWに所属。岐阜県岐阜市出身。WWEでは東京出身という設定になっている。

ヨシタツ


吉江 豊
1974/1/5

日本のプロレスラー。群馬県前橋市出身。

体重160kgを誇り、その体型を生かした技も使用する。

実兄はフリー(かつてはWAHAHA本舗に所属)・ラジークイーンのよしえつねお(貧乏生活で『銭金』に「ビンボーさん」として出演)。

吉江豊ブログ


スタッフ


新間 寿 
1935/3/28

元新日本プロレス専務取締役営業本部長、新間事務所代表、元WWF(現・WWE)会長。

過激な仕掛け人」の異名を持ち、昭和期の新日本プロレスを語るのに欠かすことのできない人物である。実父は東京プロレスを立ち上げ、新日本プロレス役員も務めた新間信雄。息子の新間寿恒もユニバーサル・プロレスリングを立ち上げるなどプロレス業界の裏方で働いている。



上井 文彦
1954/4/4

新日本プロレスでは長年に渡って営業職・執行役員として貢献。その後退社し、プロレス興行事務所「ビッグマウス」を立ち上げた。2007年4月4日、53歳の誕生日に上井二三彦と改名。


永島 勝司
1943

かつて複数のプロレス団体の運営に携わった人物である。新日本プロレスでは取締役、WJプロレスでは専務取締役を務めた。島根県出身。


中村 祥之
1966/5/22

日本のプロレス団体ZERO1を運営しているファースト・オン・ステージ(FOS)前社長で、グローバル・レスリング連盟(GPWA)事務局長。東京都荒川区出身。

中村祥之ブログ


田中 ケロ
1959/1/6

日本のプロレスリングアナウンサー。本名は田中 秀和(たなか ひでかず)。愛知県稲沢市出身。愛称はケロちゃん(顔がカエルに似ていることから名づけたられたと言われており、本人曰く「子供の頃からの渾名」。ただし、永源遙が新日時代に名づけたという説もある)。父親の転勤で日本各地を転々とし、高校時代は青森県の弘前市で過ごす。


ミスター高橋
1941/1/24

日本の作家、小説家、元新日本プロレスのレフェリー、マッチメイカー。本名は高橋 輝男(たかはし てるお)。ニックネームは『ピーター』。


田山 正雄
1971/1/2

(本名・金田正雄(旧姓・山田)は、元新日本プロレス所属のレフェリーである。愛知県西春日井郡出身。


スタッフ

  • 倍賞鉄夫(1972年-2005年)リングアナウンサー、副社長(後に猪木事務所社長)
  • 山中秀明(1983年-2006年)営業部長、代表取締役専務
  • 田中米太郎(1973年-1982年、引退)レフェリー

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ワールドプロレスリング

 



ワールドプロレスリング』(World Pro Wrestling
1969年から、NETテレビ(日本教育テレビ)⇒テレビ朝日及び系列局で放送されているプロレス中継番組である。略称はワープロもしくはWPW。生中継の時期もあったが、現在は録画中継番組。2007年10月からハイビジョン制作番組となっている。


日本プロレス中継時代

日本プロレスの中継番組として、1969/7/2に放送開始。開始当初の時間は毎週水曜日21:00 - 21:56であった。

中継開始当初の取り決め

  • 日本プロレス時代のNETテレビ(現・テレビ朝日)における中継では日本テレビとの取り決めがあり、以下の試合は日本テレビの独占中継とし、NETテレビでは放送してはならないことになっていた。
    • ジャイアント馬場や坂口征二の両選手に絡む試合
    • インターナショナルヘビー級選手権試合
    • インターナショナルタッグ選手権試合
    • ワールドリーグ公式戦
  • そこで、アントニオ猪木を番組上でのメインイベンターに抜擢した形で放送した。またその後、坂口の試合とワールドリーグ公式戦はなし崩し的に放映することになった。これが引き金となり、日本プロレスは馬場派と猪木派に二分し、後に分裂の危機に立たされることとなった。
  • しかし1971年12月に猪木が追放処分となって看板を失い(猪木は1972年3月に新日本プロレスを創立)、1972年4月よりジャイアント馬場をNETの中継試合に出場させたことから日本テレビ側が激怒し同年5/12を以って同局での中継が終了(1972/5/19以降は『日本プロレス選手権特集』として過去の名勝負集を同年7/14まで放送した後、同年10月から『全日本プロレス中継』がスタート)となり、日本プロレスの中継はNETが独占する形となった。
  • そして1972/7/28、日本テレビでのプロレス番組が完全に放映を終えた2週間後、同局の「金8枠」(毎週金曜日の20:00 - 20:54)の中継を引き継ぐ形で『NET日本プロレスリング中継』という中継枠が設けられ10月改編期まで暫くの間は旧来の『ワールドプロレスリング』としての放送枠(当時は月曜20時台であった)と並行して放送、その間は日本プロレスの中継枠がゴールデン枠に2つ存在していた。ただし同年10月からは金曜20時の『NET日本プロレスリング中継』枠に一元化、月曜20時の『ワールドプロレスリング』は同年9月をもって一旦廃枠となる。
  • その後、坂口が新日本プロレスに加入するならという条件で、1973年3/30で『NET日本プロレスリング中継』を打ち切り、翌1973年4月から、第2期『ワールドプロレスリング』として新日本プロレスの中継を開始した。

新日本プロレス中継時代

ゴールデンタイムでの放送

  • 1973/4/6、新日本プロレスの中継番組として放送開始。それまでの『NET日本プロレスリング中継』枠同様に「金8枠」に主に生放送され裏番組の日本テレビ系列『太陽にほえろ!』、TBS系列『3年B組金八先生』と激しい視聴率争いを繰り広げた。
  • 1976/2/6の「格闘技世界一決定戦・猪木vsウィレム・ルスカ」の生中継で、最高視聴率34.6%(ビデオリサーチ・関東地区調べ)を記録する。
  • 1982 - 1983年は古舘伊知郎の過激な実況(当時テレビ朝日アナウンサーだった古舘にとっては「出世作」となる)、タイガーマスクの登場、長州力らのプロレスアナーキーこと「維新軍団」の反乱、殆どが実況生中継という要因によって視聴率も20%超えの絶頂期を迎える。
  • 新日本プロレスの海外遠征に帯同しての現地からの中継や各シリーズの最終中継日に次期シリーズ来日レスラーの紹介(BGMとしてジェフ・ベックの『スター・サイクル(Star Cycle)』が流れる)など、現在では見られなくなった企画もあった。後者は当時、現在とは違って日本人VS外国人という図式がメインで、シリーズ毎に目新しい外国人選手の出場が多かったため。日本人同士の抗争がメインになって以降は、登場する外国人も殆ど変わらず、対戦カードの変更こそあれ総体的な陣容に特に変化が無い、日本人同士の対決に重きを置いたため、これはマンネリ気味な面もあり行われていない。
  • これから戦う選手名(つまり対戦カード)のテロップが表示されるのは、この頃にはすでに導入されている。ただし、1982年辺りの視聴率がピークの頃は、古舘の実況に合わせる様に選手が花道を入場してくる際に“燃える闘魂”“人間山脈”“超人”“世界の荒鷲””SUPERロデオマシン””激怒 アニマル浜口”などといったレスラーの別名(ニックネーム)のテロップが場を盛り上げていた。また前述の「次期シリーズ参加外国人選手」の予告にも同様に、古舘の実況の文言がテロップで矢継ぎ早に表示された(例:「マット上、戦況は混沌としております。内乱・テロ・リボリューションと様々な断面を見せながら、過激なプロレスを超えたシュールな戦い模様であります」「燎原の火、逆巻く次期ブラディファイトシリーズにどうぞご期待下さい」「○○(西暦)年の掉尾を飾りますMSGタッグリーグの参加チームを覗いて見ましょう」「新日猪木砦に黄色信号。維新決起の大坂夏の陣」「世界各地域を勝ち抜いてきた列強がひしめき合う第○回IWGPの出場選手の紹介です)。
  • 1986年10月、裏番組『痛快なりゆき番組 風雲!たけし城』(TBS系列)が高視聴率を獲得した影響を受け、月曜20:00-20:54に移動。現在も続く『ミュージックステーション』が後番組として始まった。
  • 1987/4/7、火曜日の20:00からの放送に移行した際、テコ入れとしてバラエティの要素を加えた『ギブUPまで待てない!!ワールドプロレスリング』として番組を新装。「プロレス+バラエティ=面白すぎるスポーツ番組の登場!」といったコンセプトのもとに、山田邦子をメインパーソナリティとしたスタジオ収録のバラエティを中心にそれに試合中継を挟み込む構成とした。これに伴い、試合は全て録画中継となった。また当初は、試合会場とスタジオとを二元中継の形で結ぶこともあった。しかし初回から試合中の良い場面で「驚く山田の顔がアップになる」などの的外れな演出に、プロレスファンが猛反発。前週まで10%台あった視聴率が5%以下に落ちたともいわれている。このバラエティー部分は後にスタジオでの選手へのインタビュー中心に変わり、末期には消滅した。この番組の中期、山田が一時帰国中の馳浩にインタビューした際「(試合中の怪我による)血って簡単に止まるものなんですか?」と聞いたのに対し、馳が「止まる訳ないだろ、つまんないこと聞くなよ!」と山田に向かって憤慨したエピソードがある。
  • 1987年10月からは再び月曜日の20:00に復帰、「ワールドプロレスリング」のタイトルが復活したうえ番組も元の試合中継のスタイルに戻る。前番組の名残りかこの時オープニングテーマとして使われたのは自局のスポーツテーマではなく、CHAGE and ASKAの『狂想曲 〜ラプソディ〜』だった。

ゴールデンタイム撤退

  • 1988年4月より初めてゴールデンタイムを外れ、かつて『ビッグスポーツ』を放送していた土曜日の16:00 - 16:54に移行。タイトルも「'88 (エイティエイト) ワールドプロレスリング」と改められる。田中信夫による「川口浩探検隊」を彷彿とさせるナレーションを冒頭に入れるというスタイルを導入するが、1989年1月から3たび「ワールドプロレスリング」に戻る。この時間帯はゴルフ中継が頻繁に放送され、しかもそちらの方が優先されたことから毎週の放送ができずにファンからは不評だった。
なお1990年頃より、テレビ朝日系列のなかのネット局においても深夜帯など時差ネットに切り替える動きが出始めた(例:1990年4月に、朝日放送と名古屋テレビが深夜帯に移動)。
  • 1994年4月から土曜の深夜時間帯に移動しほぼ毎週放送されるようになったが1996年1月、2000年4月の東京ドーム大会は即日に特番で放送。猪木が引退した1998年の東京ドーム大会では、後日特番でゴールデンで放送された。
  • 2001年4月、大阪ドーム大会(4月9日)の特番に突如としてタレントの乙葉が「ワールドプロレスリングイメージガール(番組イメージキャラクター)」なる肩書で登場。以後、2002年までの約1年にわたりビッグマッチの度にゲスト解説を務めた。この起用の狙いを番組プロデューサーは「プロレスを知らない彼女が出来たとしたら、貴方はどのようにしてプロレスに興味を持たせるかという一種のシミュレーションと考えてくれればいい」と当時語っていた。実際、乙葉本人はプロレスに関して全く知らず勉強もしていなかったようで「三沢さんって強い人だったんですね、知りませんでした」などの爆弾発言で物議を醸した。同様に2003年、無名時代の安めぐみをイメージキャラクターに起用したが数回登場した後に番組の縮小もあり「イメージキャラクター」そのものが事実上立ち消えとなった。これは、安がタレントとして売れて多忙になったのも一因と考えられている。以後は番組イメージキャラクターの設定はない。

現状

  • 現在はANNフルネット24局のみでの放送だが、かつてはクロスネット局や他系列局でもネットしていた。
  • 2010年8月現在テレビ朝日では土曜深夜に放映されているものの、同時ネット局は1局もない。系列局によっては1週間から3週間以上遅れて放送されており、そのため例えば2005年の10月に行われた東京ドームのビッグマッチが地方によっては11月を過ぎてから「10・8ドーム大会全カード発表」といったケースもあった。
  • 2004年4月には、放送時間が30分に短縮された。放送時間短縮後はジュニアヘビー級の試合がタイトルマッチとリーグ戦以外ほとんど放送されなくなり、1試合かせいぜい2試合しか放送しなくなった。時を同じくしてBS朝日では全カードを中継する『ワールドプロレスリング 完全版』がスタート。2005年4月からは地上波未放送試合をカバーする目的で『闘魂スーパーバトル』と題した60分のレギュラー番組にリニューアルしたが、これも2008年に終了。2008年4月からはスカパー!のテレ朝チャンネルで再び新作の『-完全版』が放送されている。
  • この放送時間の短縮は、「年6回の特番を放送するという新日本プロレスとの条件付き」とされた。しかし、2005年現在では東京ドーム大会などのビッグマッチでも特別編成での放送は全く行われていないのが現状である。かつてはゴールデンタイムでの特番や日曜夕方の生放送特番を年数回行っていたが、2002年5月の放送を最後にプライムタイムでの特番は放送されていない。またかつてはG1 CLIMAXの決勝戦を日曜夕方にて放送していたが、こちらも2003年が最後となっている。
  • 現在は新春特番として年1回程特別番組が組まれることがある。2006年1月4日の東京ドーム大会についてはテレビ朝日と一部系列局で3時間に渡って放送されたが、深夜の非常に遅い枠だった。
  • 2009年3月を以って『プロレスリング・ノア中継』(日本テレビ系)が終了したため、同年4月以降は地上波において全国中継されるプロレス中継では『ワールド-』が唯一の番組となった。このように、地上波でのプロレス中継自体が減少している現在、毎年3月頃になると絶えず打ち切りの噂が広まるが実際に打ち切られておらず噂の範囲内にとどまっている。
  • 新日本プロレスの中継がメインだが近年はプロレス団体の門戸が開いたことに対応し、他団体に乗り込む新日本プロレス所属選手の戦いぶりを映像素材を借りて放送することも多くなった。特にプロレスリング・ノアやビッグマウス・ラウドといった団体の試合も登場する。
  • 最近は放送される殆どの大会をHD(ハイビジョン)で収録している。同じ映像素材を使用するBS朝日の『闘魂スーパーバトル』は番組開始当初からHDでの放送であったが、『ワールド-』は2007年9月まで4:3SDでの放送であった。同年10月からHDでの放送がスタート。
  • 2006年、藤波辰爾主宰の無我ワールド・プロレスリングというプロレス団体が発足。同団体の設立に際し、同年3月に藤波の個人芸能事務所「シーホース・コーポレーション」社が「ワールドプロレスリング」の商標登録申請をした(しかし結果は拒絶査定となっている)。
  • 2007年12月よりテレ朝チャンネルにおいて過去の当番組の映像を再放送する『ワールドプロレスリング クラシックス』の放送が開始されたことに伴い、同じテレ朝チャンネルで放送される他の番組でも過去映像の使用が解禁された。これに伴い『上田ちゃんネル』など一部の番組で、過去の試合を振り返る企画がスタートしている。これとは別でスカイ・エースポーツプラスでも『ワールドプロレスリング不滅の闘魂伝説』を以前から放送している。


主な実況アナ/解説者
プロレス関連商品
AMAZON

絶叫のワンダーランド
実況ストロングスタイル
絶叫のワンダーランド 実況ストロングスタイル



古舘 伊知郎
1954/12/7

日本の、フリーアナウンサー、タレント、司会者、ニュースキャスター。古舘プロジェクト所属。元テレビ朝日アナウンサー。東京都北区出身。血液型はAB型。北区立滝野川第二小学校、千代田区立今川中学校(現、神田一橋中学校)、立教高等学校(現・立教新座高等学校)、立教大学経済学部経営学科卒業。


よしなり
1961/3/29
本名: 義就
フリーアナウンサー、タレント。元テレビ朝日アナウンサー。埼玉県岩槻市(現・さいたま市岩槻区)出身。血液型はA型。


古澤 琢
1971/8/12


吉野 真治
1978/7/25


大西洋平


野上慎平


吉岡 晋也
1937 -
2005/12/31


舟橋 慶一
1938/2/6


山崎 正
1944/1/1


銅谷 志朗
1944/4/30


石橋 幸治
1951/2/23


佐々木 正洋
1954/7/17


保坂 正紀
1958/1/17


朝岡 聡
1959/10/26


藤井 暁
1960/4/3


田畑 祐一
1960/6/14


真鍋 由
1965/9/17


中丸 徹
1975/8/25


小松 靖
1974/11/29


星 恭博
1969/11/29


中村 昭治
1982 -
2010/5/30

伊津野 亮
1960/3/8


櫻井健介
1977/6/3


高島 宗一郎
1974/11/1


主な解説者


金澤 克彦
1961/12/31

プロレス・格闘技ライター、編集者。北海道帯広市出身。青山学院大学経営学部卒業。

週刊ゴング編集部時代はGKゴング金沢)と呼ばれ、現在もその呼称で呼ばれることが多い。眼鏡と長髪が特徴。


安田 拡了
1954/5/27

フリーのプロレス・格闘技ライター。岐阜県出身。ニックネームはヤスカク


桜井 康雄
1936/12/23

日本のスポーツ新聞記者、プロレス評論家。東京スポーツ記者、取締役編集局長。東京都牛込出身。正確には「櫻井康雄」。


パーソナリティ・イメージキャラクター


  • 山田邦子(「ギブUPまで待てない!!〜」時代)(1960/6/13)
  • 笑福亭笑瓶(同上)(1956/711/7)
  • 男闘呼組(同上)
  • 志村香(同上)(1969/7/30)

  • 乙葉(1981/1/28)
  • 安藤弘司(SEX MACHINEGUNS) ※ 本名で出演(1970/4/28)
  • 安めぐみ(1981/12/22)


ナレーター


  • 堀秀行(『ギブUPまで待てない!!〜』時代)(1954/3/23)
  • 屋良有作(同上)(1948/3/15)
  • 玄田哲章(同上)(1948/5/20)
  • 田中信夫(『'88〜』時代)(1935/8/1)
  • 伊津野亮(同上)(1960/3/8)

※ 深夜に移行後は、テレビ朝日のアナウンサーが担当する場合がある (過去に実況担当の田畑らが兼ねた例もあった)。



テーマ曲

  • ワールド・プロレス吹奏楽団『ワールドプロレスリングのテーマ』 ※ 行進曲風のもの。
  • ANBオーケストラ『テレビ朝日スポーツ・テーマ』 ※ モスクワオリンピック中継用に製作されたバージョン
上記2曲の演奏者は、共にレコードのクレジット上のもの。また上記のうち、下段の『テレビ朝日スポーツ・テーマ』は、完全な形でのソフト(音源)化が現在でも成されていない。
  • 『テレビ朝日スポーツ・テーマ 朝日に栄光あれ』(1982年4月 - 1987年3月)
当番組のオープニングで流したものは、他の競技の中継でのバージョンに若干アレンジを加えていた。
  • 男闘呼組『夜を撃て』(オープニング・1987年4月 - ?月)
  • 男闘呼組『Midnight Train』(エンディング・1987年4月 - ?月)
  • 久保田利伸『Olympicは火の車』(オープニング・1987年?月 - 9月)
同上のインストゥルメンタル・バージョンを、エンディング後の提供読みのBGMに使用。テーマ曲変更のあった1987年10月から暫くの間も、これをエンディング後の提供読みの際に引続き使用。
  • 久保田利伸『Missing』(エンディング・1987年?月- 9月)
  • CHAGE and ASKA『狂想曲 ~ラプソディ~』(オープニング・1987年10月 - 1988年3月)
  • ASKA『MY Mr.LONELY HEART』(エンディング・1987年10月 - 1988年3月)
  • MECO『MOONDANCER』(エンディング・1988年4月 - 12月)
  • エマーソン・レイク・アンド・パウエル『ザ・スコアー』(オープニング・1989年1月 -今日に至るまで)

古舘伊知郎の功罪

ワールドプロレスリングで実況を担当したアナウンサーの多くは、テレビ朝日の中核をなすアナウンサーへと成長した。そのなかでも古舘伊知郎が実況を担当していた時期(レギュラーは1979年から1987/3/26まで。その後、当時猪木の最後の試合になると噂された1988年8月8日の藤波vs猪木のIWGPヘビー級選手権、及び1998年4月4日の猪木引退試合を担当)は、新日本プロレスの隆盛と共に番組の視聴率も最高潮だった。プロレスを「闘いのワンダーランド」と形容し、数々の名実況を残した古舘はプロレス実況を卒業した後もフリーアナウンサーとしてF1中継の実況やバラエティ番組の司会として大活躍し、プロレス実況を舞台として最も成功したアナウンサーとなった。

しかし、その影響はワールドプロレスリングの後任だけに留まらず各テレビ局のプロレス・格闘技中継の実況アナウンサーに及び常に古舘の実況と比較されるようになった。ワールドプロレスリングに関しては、視聴率の面で苦戦する要因となった。後任の辻義就や藤井暁は古舘と比べられることに悩み、古舘に直接相談したこともあったという。

因みに、局アナの立場のままで、タイガーマスクの応援歌として作られた「燃えろ!吠えろ!タイガーマスク」を歌っている。これはシングルレコード化されただけでなく、ボーカル入りのバージョンがそのまま、タイガーマスク自身の入場テーマ曲としても使われた。

関連番組

『ワールドプロレスリング 完全版』
BS朝日で毎週土曜に放送されていた(2005年3月終了)。その後2008年12月よりテレ朝チャンネルで放映を再開した。
約2時間半と長い放送時間を生かし、地上波では放送しなかったカードをノーカットでHD放送(一部のカードを除く)している。
『闘魂スーパーバトル』
「完全版」に代わり、2005年4月からBS朝日で放送。放送枠は1時間に短縮され、ジュニアヘビー級のカードをメインとしてノーカットでHD放送(一部のカードを除く)。2007年4月からは毎月最終週の放送を過去の新日本プロレスの名勝負の中から毎月テーマを決め、そのテーマにそってあらかじめ番組が選んだ対戦カードの中からリクエストが多かったカードを放送する「闘魂スーパーバトルS.P.」として放送した。水曜と土曜に放送。2008年9月20日をもって終了。
『ワールドプロレスリング 不滅の闘魂伝説』
スカイ・Aでの放送。過去に放送された貴重な映像から、名勝負などを放送する(一部番組では「映像提供:テレビ朝日」のロゴが現在のtv asahiヴァージョンではなく、旧版のものが使われている)。
『ワールドプロレスリング クラシックス』
テレ朝チャンネルで2007年12月より放送開始(2008年2月より定期放送化)。「不滅の闘魂伝説」同様に過去の名勝負を放送する。
『新日本プロレス S.X.W』→『蝶野正洋プロデュース STRONG STYLE MANIA』、『J SPORTS CROWN』、『新日本プロレス クラシック』
いずれもJ SPORTSで放送される新日本プロレスの中継番組。J SPORTSの独自制作番組であり、テレ朝は制作に関与していない。

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